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猫との暮らしが小物から見える家
“猫と一緒に暮らしていこう”。そう思い立った、木津一郎さんと万里子さんのご夫妻は、猫と暮らすことを大前提にした2階建の家を建てることにした。住まうのは2階だけ。1階は居住がふたつある「Gatos Apartment」というアパートにして、貸し出すことにした。もちろんアパートの借主も猫と暮らすことができる、……というより、「Gatos Apartment」は、猫を飼っている人しか借りることのできないアパートなのだ。
2階へ続く階段を上がって家の中へ。家の廊下を曲がってキッチンへ向かう途中には寝室のドアがある。そのドアの下部には猫が出入りできるよう小さな扉が。キッチンと居間は、そのまま仕切りなくつながっていて、奥行きのある不思議なイメージの間取りになっている。白を基調にした内装は清潔感でいっぱいだ。部屋の要所要所には、猫の寝床が置いてあったり、爪とぎが置いてあったり。そんなひとつひとつの小物が、猫との暮らしを彷彿とさせる。「ふつうに掃除していれば抜け毛は気になりません。ちゃんと爪とぎを用意しておけば壁や柱で爪をとぐこともないですよ」と、一郎さん。猫はひっかかりがあればそこで爪をとぐ。つまり、きれいな状態の壁や柱であれば、猫が爪をとぐ心配はないのだそうだ。
爪とぎよりむしろ気を配ったのは、猫トイレの置き場だという。「居間には置きたくなかったので洗面所に置いてあります。ちゃんとスペースをつくって専用の換気扇もつけているんですよ」(一郎さん)。猫トイレのある洗面所もやっぱり清潔。人だけじゃなく、猫だって清潔な環境のほうが居心地がよいということだ。
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大好きな猫と一緒に暮らす毎日の木津さんご夫妻。人にも猫にも快適な空間だ
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部屋のコーナーなどにさりげなく爪とぎが置いてある。爪とぎにはちゃんと使用痕が
居間の壁にはキャットウォーク
居間から階段が続いていて、上がると屋上スペースに出ることができる。屋上にはたくさんの緑があり、それからベンチも置いてあって、晴れた日にこのベンチから街と空をのんびりと眺めると、なんともゆったりとした気分に。“屋上のある家”というのは、やっぱり魅力的だ。自分と空との間をさえぎるものがなにもない場所を所有する。この心地よさは、年齢を重ねても色あせることはない。
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屋上に出るドアの横からはキャットウォークが伸びている。居間の壁に沿うキャットウォークを優雅に猫が歩いていく。そのままキャットウォークは、居間に隣接する一郎さんの書斎まで続く。「書斎の天井はガラス張りになっているので、たまに上を見ると、猫が寝そべっていることがあります(笑)。仕事中も監視されているような気分(笑)」。
木津さんご夫妻はここで2匹の猫と暮らしている。2匹の猫は親子で、まあ、ときどきケンカもするけれど、おおむねうまくやっているのだそうだ。「ケンカすると、やっぱりお母さんのほうが強いかな」(一郎さん)。実は、この2匹の猫こそが、“猫と一緒に暮らしていこう”と木津さんご夫妻に、決意させた張本人なのだそうである。
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屋上の様子。「Gatos Apartment」の住人が遊びに来て、ここでワインを飲んだりすることも
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居間は天井が高く開放感がある。一郎さんの2畳ほどの書斎がちらりと見えている
猫が好きだから、猫と暮らしたい
いまから5年ほど前のことだ。一郎さんと万里子さんは、近所で弱っている猫を見つけて、保護することした。「もともと猫が好きだったので放っておけなくて。ところが、当時暮らしていた賃貸は、猫が飼うことのできない物件だったんです」(一郎さん)。ふたりは猫と暮らせる物件を探してみたけれど、これがなかなか見つからない。そこで思い切って、猫と暮らすことを大前提にした家を建てることを決意する。
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「というのも、ペット可の物件って犬を前提にしているところが多いのです。猫のための家って本当に見つからなくて。だったら、同じように困っている人も多いだろうから、賃貸物件を建てて、猫好きのためのアパートにしようと思ったのです」(一郎さん)。さっそくふたりは土地を探して、建築会社を選んで、建てたい家を模索しようとした。「土地は、いま家が建っているこの場所が気に入りました。でも、そうすると今度は家を建てるのが難しくなりまして。というのも、ここは防火地域であるほか、都の整理区画地域でもあったんです。家に建てるになにかと制限があって、ちょっと難しい土地だったんですよね」(一郎さん)。
いくつか大手の建築会社に相談してみたけれど、ふたりがイメージする家はとても建てられないと言われることも。なんとか建てられる家を提案してもらったとしても、よくある建売の家はどれも味気がなく、ふたりにはとてもうなずけるものではなかったのだそうだ。そこで、思いついたのが、“インターネットで建築家を探してみること”だった。
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「Gatos Apartment」のプレートには伸びをする猫の姿。そういうアパートなんです!
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「Gatos Apartment」を建てる前は、更地だったのだそう。そこに一から家を建てた
インターネットでの建築家探しにトライ
以前、IT関係の仕事をしていて、建築家に家づくりを相談できるサービス・HOUSECO(SuMiKaの前身)を知っていたという一郎さん。万里子さんは「私はインターネットで家を建てるなんて考えたこともなかったので、最初はおどろきました」と感じたそうだが、ふたりで相談して、ものは試しと依頼をしてみることにした。インターネットから申し込むと、たくさんの建築家からプレゼンテーションの資料が送られてきた。ふたりは鼻を突き合わせて資料を検討して、気になる提案をしてくれた建築家には直接会いに行き、土地も見てもらい、と、コミュニケーションを重ねていった。
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そんなふうにして、ようやくふたりは理想的な家にたどり着くことができた。土地を探して建築家に出会うまでに1年、建築家と一緒に理想の家を考えるのに1年、施工に1年半。合計3年半の月日を費やしてようやく、ほぼほぼ想い描いたとおりの住み家が出来上がった。それがこの「Gatos Apartment」というわけだ。
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部屋のいたるところに収納スペースがある。「片づけが苦手なので」と、一郎さん
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キッチンも吹き抜けになっている。屋上に続く階段から見下ろすとこんな感じ
“好き”から広がる新しい暮らし
猫と一緒に暮らせる「Gatos Apartment」は、猫好きの間で、口コミで話題となった。評判は上々で、常に入居者が入っている状態だ。ここで暮らす人は、みんな猫が好き。だからこそ、貸し手と借り手という関係を超えた交流も生まれるのだとか。「生き物を飼っていると家を空けられないから、なかなか旅行に行けないでしょう? でも、Gatos Apartmentの場合は、住居者同士が互いに世話をお願いして家をしばらく空けることができるんです」(一郎さん)。
たとえば、ある借り手は、猫を飼いだしてから、初の海外旅行に行くことができた。「旅行に入っている間は僕らが世話をしました。世話をするたびに携帯で写真を撮って、毎日、猫の様子を伝えました。そうやって、顔の見える関係性で、密に連絡をとるので、安心してもらえるというわけです」(一郎さん)。
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このような交流は住人同士の間でも盛んだ。ときには木津さん宅で、飲み会が開かれることも。一郎さんによれば、「今度、以前、借りていた方もいらして、みんなでパーティするんですよ。いま住んでいる人だけじゃなくて、昔住んでいた人も参加するケースはちょっと珍しいんじゃないかな」。確かに。そんなケースはあまり聞いたことがない。
傷ついた猫と出逢ったことからはじまった、“猫と一緒に暮らそう”という、ごくふつうの気持ち。その気持ちがいま、猫と暮らす家の建物をつくり、猫が好きな人たちの交流も生み出している。“好き”という気持ちが育んだ“暮らし”は、どうやらとても居心地がいいようだ。
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賃貸物件も、ユニットバスに続くドアに猫玄関が付いているなど、猫との暮らしに配慮
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テラスは2メートルの板で囲ってある。猫が外に出ないように、板を縦組みにしている
HOUSECO http://www.houseco.jp
Gatos Apartment http://gatos-apartment.com
設計 アトリエ スピノザ 井東力
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text:井上晶夫
photo:伊原正浩
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