建築家と家づくり 好きに暮らそう SuMiKa
家族と家のものがたり
記事作成・更新日: 2015年10月22日

家を建てるには特殊すぎる?
「崖と手をつなぐ家」の話。

【建築家との家づくりケーススタディ Vol.01】

家を建てる敷地には、ひとつとして同じ条件のものはありません。
みんな少しずつ、あるいは多くの違いがあって……。
そうなると、家を建てるときには、世界にただひとつだけの、
その土地のことを理解してくれる人がそばにいてくれたら
どんなに心強いでしょう。

Rさん、M子さんのご夫妻、そしてお子さんたちの堀さん一家が、
ひと目ぼれをして購入したのは、急傾斜崩壊注意区域に指定された、
ちょっと(……いや、かなり?)特殊な、まるで崖のような土地でした。
そんなオンリーワンの土地に家を建てるため、
堀さん一家は建築家の井上玄さんに家の設計を依頼することになります。

スタートしたプロジェクト「崖と手をつなぐ家」。
崖の上という課題がたくさんありそうな土地に、
どうやって家を建てることができたのでしょうか。
堀さんご夫妻と、建築家の井上玄さんに話をうかがいました。

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崖の上だとつくりたい家がつくれない!

堀さん一家が、家を建てるために土地を買ったのは、
いまから約4年前、2011年のこと。
子どもが生まれてから、家族で暮らす家の計画を立てはじめました。
子育てのために落ち着きたい家なので、
土地探しはM子さんの実家に近いところを第一候補に。
こうして神奈川県伊勢原市に目星をつけたのだそうです。

住宅地のように
四方を家に囲まれた場所じゃないところを探しました。
都会から離れて、
少しのんびり暮らせたらいいなって思ったんです。(M子さん)

そんなふうに探しているときに、
不動産屋さんに紹介してもらったのがいまの土地です。
敷地面積は450平米くらいなのですが、
そのうち平面部分は全体の25%くらい。
あとは南側に崖のような傾斜が広がる扇形の土地でした。
でも、ひと目見て気に入りまして。
なにしろ景色がとにかくよかったんです。(Rさん)

なるほど。
傾斜地なので南に向けて開けていて見晴らしはよく、
この先、南側に大きな家が建つなんて心配もなさそうです。
でも、土地の75%が傾斜、それもかなりの急こう配ということで、
家を建てる具体的な話はそんなに簡単ではなかったようです。

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ダイニングで語る堀さんご夫妻。3人のお子さんの末っ子のお嬢さんはこの家をつくっていた時に誕生。

ハウスメーカーを何社もまわって、
いろんな提案をしてもらいました。
でも、どれもしっくりくるものがなくて。

自分たちの要望とハウスメーカーの提案には
常に温度差がありました。

せっかく崖がある土地なので、
それを活かした家づくりがしたいと思って、
ハウスメーカーではその要望について伝えていました…。
                    (Rさん)

あと、家のどこにいても家族の気配が感じられるような、
そんな家にしたかったんですよね。(M子さん)

でも、ハウスメーカーからの提案は、
“僕らの暮らしに合わせたもの”ではなく、
“ハウスメーカーのできること”だったんです。
大手のハウスメーカーだから、
質のいい施工を低価格で提供できるのはわかるんです。
でも、土地や暮らしに合わせた提案ではなかったんですね。
それだと、結果的に
僕らは望む暮らしができない気がしたのです。(Rさん)

そこで、ご夫妻は “建築家に直接家づくりを依頼する”
という新しい選択肢の検討をはじめたのだそうです。

住まい手が本当に暮らしたいのはどんな家?

建築家に家づくりを依頼してみる──。

堀さん一家にとって、それはとても魅力的な発想でした。
でも、これまで家を建てたことなんて一度もなかったから、
とにかくどんなふうにはじめればいいのかよくわかりませんでした。

“建築家の人って職人気質で気難しいのかも……”
“ハウスメーカーに頼むより予算がかかってしまうのでは……!? ”
“そもそも、どうやって出会えばいんだろう……”。

そんな不安が付きまといます。

そんななか見つけたのが
「家を建てたい人」と「家づくりをサポートする建築家」の
マッチングサイト HOUSECO(現SuMiKa) でした。

建築家を募集するプロジェクトを開始したら、
次々に建築家の人から手があがりました。
ハウスメーカーさんから、“ちょっと難しいですね……”
と言われ続けた後だったので、
その反応は素直にうれしかったです。(Rさん)

ご夫妻は吟味を重ねてたくさんの建築家をチェック。
最終的に3名の建築家に絞り込んで
プランを出してもらったのだそう。
その中のひとりが、その後、
実際に設計をお願いすることになる 井上玄 さんでした。

ポイントとなったのは、やはり崖に対するアプローチでした。
崖も家の一部であるという発想で提案していただいて
絞り込ませていただいた3名だったんです。(Rさん)

崖に対するアプローチは建築家3者が3様。
そんななか予算も含めて“崖のある家での暮らし”という課題に対して、
もっとも親身になって、そして的確に応えてくれている
と感じられたのが井上さんの提案だったのだそうです。

井上さんは、堀さんの物件に関わらず、
施主にファーストプラントつくるときに
気をつけていることがあると言います。

お施主さんから最初の要望を伺う際、
私はそれを半分疑いながら聞いています。(井上さん)

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設計を担当した建築家の井上玄さん。

たとえば、インナーテラスがはやっている時期に、
「インナーテラスが欲しい」という要望があっても、
井上さんはそのまま鵜呑みにすることはしないそう。
どんな暮らしを描いているのかを聞いて、
本当にインナーテラスが最適なのかを吟味し直すのだそうです。

家を建てたい人の要望の本質がどこにあるのかを見抜き、
要望の先にある住まい方に沿ったものを提案します。
その住まい方を実現するために
建築家にしかできないプロフェッショナルな提案をする、
という感じです。(井上さん)

住まい手の気持ちにどこまで寄り添うか

井上さんが提案した図面は、
二つの棟が扇形に広がる崖に対して
ハの字に開いているような設計になっていました。

眺めのいい敷地に計画すると、
だいたい遠くだけを見ようとします。
遠くの海が見えるとかですね。
でも、堀さんの家の場合は眺望以上に、
いかに目の前の崖を庭として取り込めるか
ということがテーマだと思っていました。(井上さん)

ハの字型に広がる二棟は
短冊基礎と木造ラーメン構造を組み合わせたつくりにすることで
その地形的なデメリットを解消することに。
短冊基礎で基礎のボリュームが
費用的に負担になりすぎないようにしながら、
木造ラーメン構法で眺望を妨げる耐力壁を省き、
住宅のどこからでも景色が楽しめるようにしたのです。

また、二棟のブリッジとなる部分には
デッキテラスや吹き抜けを用意して、
デッキテラスから家の直下にある傾斜が
庭として捉えられるようアプローチしました。
このファーストプランは、
その後竣工された現在の家に近いのですが、
ただ、そこにたどり着くまでには、
ほかのアイデアの検討も行われましたといいます。

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内部から見て左の棟には客室としても利用できる和室を。
右の棟にはリビングを配置し、その間をダイニングで繋ぐ。
右の写真は和室からダイニング、
その奥のリビングを臨んだところ(撮影/井上玄)

いただいたファーストプランを拝見すると、
リビングと客室がテラスを挟んで別々の棟にありました。
それはさすがにちょっと離れ過ぎているような気がして。
そこで井上さんに、リビングと客室を寄せた
もう少し建物全体が一体感のある案もお願いしたんです。
                     (Rさん)

僕はずっとハの字型で大丈夫だと思っていました。
リビングと客室が離れているといっても、
実際に住んでみると、まず気にならない距離です。
ただ堀さんは建築のプロではありませんから、
図面や模型を見ても
よくわからない部分が出てくるのは当然です。
そこで、ハの字型ではない、
最も一般的な長方形プランを提案しました。(井上さん)

二つ目の案を見て、
“なるほど、ハの字型のほうがいいな”って、すぐに思いました。
井上さんが、ちゃんと僕らの要望を聞いて
2案目を提案してくれたことは安心感につながりました。
それで、このときはっきりと思いました。
この家は井上さんにお任せしよう、と。(Rさん)

3人の建築家からわたしを選んでもらったあとに、
“ハの字型に戻しませんか?”と、
改めて提案させていただいたんですね(笑)。
そして、もう一度細かいところを練り直したのが第3案目で、
それが最終案となりました。(井上さん)

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井上さんに建築をお願いしようと思ったのは、
こんなふうに「親身になって考えてくれる姿勢が見えたから」とRさん。
それともうひとつ。

井上さんにお願いしようと思ったのは、
世代が近いことも大きいです。(Rさん)

プロジェクトにエントリーしてくれた方には、
名のある建築家の方や大学の先生もいらっしゃいました。
そういう方にお願いしてみたいなっていう気持もありました。
でも、あまりにも肩書が立派だと気遅れして
言いたいことがいえなくなるんじゃないかんって思ったんです。
                      (M子さん)

あ、とはいえ、井上さんを
尊敬していないわけじゃないですよ(笑)。
ただ、専門家ではあるのだけど、
最初からいろいろと話がしやすい雰囲気の人だな
と思っていました。(Rさん)

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暮らしてはじめてわかることもある。暮らしと家が馴染むまで。

この「崖と手をつなぐ家」に暮らしはじめてから、
そろそろ3年目。
住み心地はいかがでしょうか。

家にいるときはキッチンに立つことが多いのですが、
キッチンからの見晴らしがとてもすばらしくて。(M子さん)

キッチンに立っているときも、
リビングの大きな窓から景色がよく見えるようになっています。
天井を張ってしまうのではなく、
2階の床根太を現わにしているので、
この根太が連続することで空間の方向性を助長しています。
                     (井上さん)

そうなんです。それがすごくきれいなんですよ。
それから、キッチンからは家の中がよく見わたせるので、
子どもたちにも目を配りながら家事ができるのがいいですね。
                      (M子さん)

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崖にはハンモックがあって、野菜も植えています。
自分たちで育だてた野菜が食卓に並ぶので、
子どもたちへの教育にもいいかなって思います。(Rさん)

それから、知人にヤギを飼っている人がいて、
以前、そのヤギを少しの間、預かったんです。
ヤギは崖に離して草を食べてもらっていたのですが、
それを見た近所の子どもたちが家に遊びに来て。
それをきっかけに近所の人たちが
たくさん遊びに来る家になりました(笑)。(M子さん)

暮らしてはじめてわかることってあるんですよね。
“ああ、あのとき、井上さんが言っていたのは
こういうことだったのか”
って。図面を見て、話を聴いているときはわからなかったけど、
実際に暮らしてみたらすごくよくわかったことが
いくつもありました。
もちろん、リビングと客室の関係も
これで正解だったなと思っていますよ(笑)。(Rさん)

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家を買うなんて、人生にそうあることではありません。
それだけに、施主にとっては失敗のできない一大行事です。

建築家はいかに施主になりかわれるか?
も重要だと思います。
ここは堀さんの家ではあるけれど、
わたしの家でもあるという思いがあります。(井上さん)

そもそも、コンペに応募しようと思ったきっかけは、
堀さん一家の家に対する気持ちに
共感する部分が大きかったから、
と井上さんは話します。

同じ予算で都会で小さな家を建ててもいいし、
郊外でゆったりとした家を建ててもいい。
堀さんは後者を選んだわけです。
いい景色を楽しみながら、家族とのんびり過ごしたい。
そのライフスタイルに共感したからこそ、
チャレンジしてみたいと思いました。
だから、この家は堀さんの家ではあるけれど、
僕の家でもあるんです。
つくってわたして、ハイ、おしまいじゃない。
一緒にライフスタイルをつくっていくパートナーなんです。
そんなスタンスで、
これからも施主と一緒に家づくりをしていけるといいですよね。
                       (井上さん)

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text: 井上晶夫 photo:伊原正浩

【家づくりのデータ】

所在地
:神奈川県 伊勢原市
家族構成
:夫婦+子ども3人
設計
:井上玄
施工
:大同工業株式会社
設計期間
:2012年3月〜2012年12月
工事期間
:2013年1月〜2013年8月
竣工
:2013年8月


▼詳しくはこちら
崖と手をつなぐ家   井上玄/GEN INOUE

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