「今ある世界観~その秩序を乱さずに新たな建物を加えること。そして、さらにその魅力を深めていくこと。」 それがこの度の建築計画の大きな柱である。その柱を大切にし、現存の庭園をそのまま生かしながら母屋の建て替えを行うことになった。
現地を初見した際、日本庭園の印象深さは特筆に値するものであった。同時に、長い時間をかけて大切に愛でられてきたことも理解ができた。庭園は施主様にとって「住まうという概念」に組み込まれているものである。暮らしの中に庭園があり、庭園があって日々の暮らしがある。
よって、建物も庭園と同様の力量を持つべきであると考えた。この場合の力量とは、佇まいにおける印象を指している。どちらかの主張が強すぎたらバランスを崩しかねない。双方の在り様は均衡を保つ必要がある。
建築地は岡山県倉敷市。豊かな自然に恵まれ、歴史・文学と深く繋がる趣深い土地である。古き良き日本の姿を随所に垣間見ることができ、そこに暮らす施主様の庭園にもその豊かさが表れている。庭園は回遊式であり、三尊石が配された築山と数々の名木が美しい。
建物に求められるのは相応の風格と落ち着いた佇まい、そしてこの場所に違和感なく馴染む「新しい魅力」であった。基本構造は在来の木造軸組工法であるが、一部に構造体ではないコンクリートの意匠壁を設置することで質感と重厚感を高めている。独特の屋根形状は、昔からの日本家屋の趣を表現。軒を深く取り、構造共視覚的にも低重心の落ち着いた佇まいとしている。 軒の深い家は日本の気候と相性が良い。さらに陰陽のコントラストが、建物に風雅な美しさをもたらす。影の効果は伝統的日本家屋の粋であり、この庭園の中の建物には必要な要素であった。なぜなら日本庭園の魅力も単に景観の美しさが論じられるばかりではないからだ。そこには見立ての世界観がある。自然風景をモチーフにし、石ひとつにも様々な意味を持たせている。日本の造形文化には想像の投影があり、それは四季を持つ日本の美学に通じる。
軒の深さは、室内から庭園を眺める際にもその効果を発揮する。窓先に軒先の線と地面が平行にあり、その線の並びと壁の間隔が景色に遠近感をもたらす。居室のひとつは部屋の窓を全開できるようにしており、壁の小口に収納できる。それによって見事な梅の古木を絵画のように観賞できる。
居室配置については、前述のように庭園を愛でることを基本構成としており、建物中央部に収蔵庫を設けている。それを取り囲むように居室を配し、全室が庭園に面して開かれている。LDKからは敷地東面の大きなモミジが堪能できる。
床材はムアガ・フローリング、部分的にトラバーチンを使用。木目と石目の組み合わせによりインテリア性を高めている。天井は床材同様ムアガ材であるが、一部漆喰を採用している。和室は竿縁天井に炭ボードを使用。壁は部分的にコンクリート(杉板型枠)を組み込み、全体を漆喰塗で仕上げている。開口部は適宣に設けているため風通しも良好だ。
暮らしにとって大切なことは、呼吸であると言われている。身体的にも心情的にも深い呼吸が出来る場所は、人々の暮らしを豊かにする。この建物において最も大切だったことは日本庭園との融合であり、その着眼点にはっきりとした軸を持たせ、現代に建築する意味合いを「行き過ぎないモダニズム」で表現した。各所の設えに自然素材を多用したことは、高い居住性および視覚的美しさという点において理にかなっていると思われる。
建物は建ったばかりなので物理的には新しい。しかし、これまで育まれてきた庭園の歴史に寄り添わせることで「時間の記憶を受け継ぐ精神性」を持たせたかった。日本の文化は日本だけのものであり、大切に継承していくべきと考えている。「文化の継承」という観点から建築が持てる役割について、今後も深く考察を重ねていきたい。我々にとって建物の在り方を問い続けることは、あらゆる意味で必要不可欠な要素であると感じている。
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