鎌倉逗子ハイランド内にある西に森を背負った南西角地。家族3人の住まい。クライアントの希望は懐かしく暖かい家。懐かしさはエイジングの美しさにつながるというコンセプトで素材を究極に吟味しました。屋根は銅板の緑青の変化を愉しみ、外壁は土佐漆喰の経年変化を、内部には自然素材の塗料を使用し、木に染み込む色のうつろいを堪能することができます。また、天井を3mの高さに設定しているため、1・2階の断面構成が豊かになっています。大きな空間の暖かさは床暖房と薪ストーブでまかなう。家具などもトータルでデザイン・コーディネイト。アンティーク家具でひっそりとした落ち着きのある意匠でまとめ、昭和の塵がかった時間軸を空間の中に納めています。12年目を迎え、メンテナンス工事を行いましたが、緑青の美しさは何にも変えられない尊さを感じます。
銅版の屋根と土佐漆喰の外壁
柿渋に松煙を混ぜて塗装したインテリアの木部
アンティーク家具と調和するインテリア
大正ロマンの洋館をモチーフに、サンルームをリビングに併設した小さいが、しかし天井の高い広々とした気持ちのいい空間。家族が始終マグカップを手に、寛げる重要なコミュニケーションの場だ。
この雰囲気を作り出すために多田ご夫妻とどれだけの時間を調査・議論に費やしたか。近くの「華頂の宮邸」に行ったり、横浜山手の洋館を一緒に見学したり。コンセプト作りに嫌な顔せず付き合ってくれた(面倒な依頼者でごめんなさい)
しかし竣工すると、3方の窓の外は緑に囲まれ、冬には薪ストーブの炎が食卓越しに楽しめる。銅板の屋根、冴え冴えとした漆喰の壁。家族一同「気に入っている」
建売を買うのと、建築家に頼む違いがここにあると思う。理想を実現するために妥協をしないこと。何を捨て何を残すか。それは依頼者の理想だけでは実現できない。多田ご夫妻は、私どもが気づかなかった「家への思い」を具象化してくれた。感謝しています。
Hさんご家族とはじめてお会いした日が丁度14年前の今日。2006年7月21日。その際の議事録を見ると18個の要望が書かれており、今や全てが叶っています。敢えて1つだけ私共よりご提案したのが「西側の湿気を遮断する」という負の要素を「西側の森の緑を借景として取り込む」とメリットに転じるという案。それは1番にリビングのピクチャーウィンドウの素晴らしさを得るものでしたが、ランドスケープデザインも共におこない森の緑に庭をつなげたこと、さらにキャンバス地のような漆喰の壁に森の影が写り「葉の影が揺らぐことで風を感じる」という街の景色を演出するような役割も果たしてくれる存在となるまでに昇華できました。素材、意匠、機能、そのどれ1つとして妥協されなかったからこそ、負を転じ、さらに魅力にまでしてしまうことができたのだと。心より感謝しております。
また、自然の素材を使うことは職人たちの腕と知恵が顕著に現れるものですが(設計者の力量も^^;)銅板の屋根は見事なまでに美しい平葺きで納まった証として、そこにふく緑青が美しい経年変化を遂げ、洗練された美、つまり歳を重ねることの美しさを代弁してくれているようです。
本物は嘘をつかない。だから本物に対峙する私達も嘘をつけないのだと、この建築は教えてくれます。建築に意思があり命が宿っている。だからこそ命あるまで寄り添い、見届け、共に時間を重ねていきたい。さらなる10年後、20年後をとても愉しみにしています。
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