都市部の産科施設。従来の医療施設は機能性重視の建築計画によって、閉塞的で、ややもすると非人間的になる傾向がある。それらを踏まえここでは新たな方法として、地形や街中を歩いているような、様々な気配の連なる地理のようなもの(環境の地理)をつくることによって、不安で緊張した気持ちで訪れ滞在する人々にとって、安心し気持ちが開放され、居心地良く、発見的で、寄り添いのある場所をつくることを目指した。それらは、以下の方法によって実現しようとした。
1.既存環境を取り込み、多様化する:不整形な土地形状や高低差を利用し、建物内に多様な場をつくるきっかけとした。土地の形状は平面の軸となり、また植栽鉢、天窓、雨受けの形状として現れ、場に変化や密度を与えている。周辺にはほとんど緑が無いため敷地角の既存大樹(欅と桜)を保存し、それらを避けて1階を配置し、内部とも関係づけをしている。
2.内外を連続的に扱い、ほどかれた場所をつくる: 幹線道路等に囲われ外側には開放しづらく、内側に様々な様相の光庭を配した。建物中央には、複数の光庭を内包する大きな中庭もある。各光庭やその周辺内部空間を含め、あまり仕上には使われない二次的な素材を内外連続的に使用し、ラフさのある開放的な雰囲気とした(床:モルタル・RC平板、壁:CB積み・吹付材・RC打放し、仕切り・建具:エキスパンドメタル、照明:ラインブラケット、など)。
3.自然や生命を感じられる、発見的な環境をつくる:敷地内には地域在来の植物のみを植え、あちらこちらで移ろう光やこの土地の花々、それらに誘われた鳥や蝶などと出会う。雨の日には、各所の天窓に降り落ちる雨の波紋が、壁や床でさざめき、光庭では「雨走り」や「雨落し」によって小さな川や滝が現れる。各所にもうけた窓の間を風がわたり、また抜けや吹抜の向こう側には、新しい母親の姿や、生まれ出てきたばかりの命の姿が垣間見え、時おり力強い泣き声も聞こえてくる。
4.包摂されたような、感情的な気配を配置する:ペンダントやブラケットの落ち着いた温かみのある灯光や、その凹凸を自然から採った2色に彩色した木毛板、様々な色合いの家具を、その場の性質に向き合いながら配置し、感情的な気配を重ねた。感情の起伏(不安、悲しみ、安らぎ、喜び、など)に応答したいと考えた。
5.周辺と向き合い、多様な連関を結ぶ:敷地三方に歩道をつくり、2つの敷地角の既存大樹の周りには、まち角の広がりをつくった。南東角では隣接する高層建物に向かって徐々に屋根を持ち上げ連動させるとともに入口の表情をつくり、また各開口部は内外の環境を反映したサイズと配置とし、固有の表情を持たせた。外観は地域の外壁に多く見られるグレー色を基調に、植物を引き立てる濃いグレーとした1階のリング状のボリュームに対し、ズレて浮かんだ2,3階の外壁は薄いグレーとし、対比しつつも調和させている。
日本建築学会 建築九州賞 奨励作品、JIA優秀建築選 撮影:矢野紀行(一部、鈴木理考)