瀬戸内国際芸術祭2013の参加作品として、香川県の離島、伊吹島につくった公共のトイレです。
周縁から中心へ
伊吹島の伝統的民家では、トイレは、大抵、母屋から分かれた離れの水屋に置かれています。伊吹島では、水屋は、家からはじかれた、周縁の空間なのです。
その母屋と水屋の関係は、どこか、四国本島と伊吹島、あるいは、大都市と僻地の関係に似ています。
今、伊吹島は、観音寺からの定期船で、本土とつながるだけで、小さな離島は、四国の、そして、日本の周縁となっています。
しかし、遡れば、伊吹島は、上方と船で直接つながり、上方の流行もすぐに来る場所であり、その頃の名残で、古い京言葉が残っています。かつては、自立した小さな中心だったのです。
この「トイレの家」では、周縁だった空間を伊吹島の中心に変え、周縁となった伊吹島に強度を持たせようとしています。いつも母屋からはじかれ、家に入れてもらえないトイレが、一つに集まり、寄り添って、家の形をまとうと、核としての力を持ち始めます。
ローカリティー/インタナショナリティー
その家に、伊吹島固有の時間と、伊吹島を中心とした世界のつながりを重ね合わせました。
伊吹島の伝統的行事「島四国の日(旧暦3月21日)」「夏祭りの日(7月15日)」「秋祭りの日(10月1日)」そして、夏至と冬至の日の午前9時の太陽方位に合わせて、建築の中をスリットが通り抜けます。年に1回、その時間に、建築の中を一筋の光が通り、島民に、季節の訪れを知らせます。伊吹島のアイデンティティーを浮かび上がらせる仕掛けです。
一方、伊吹島から世界の6大陸州の主要都市(東京、ロンドン、ナイロビ、ニューヨーク、サンパウロ、シドニー)へ、最短距離で向かう光の線も、建築の中を抜けています。世界とのつながりを意識することで、かつての伊吹島の矜持を取り戻してほしい、と考えました。
伊吹島のアイデンティティー(ローカリティー)と世界とのつながり(インターナショナリティー)を重ねてみると、ニューヨークの方向に、午後2時の光が抜け、ローカリティーの延長にインターナショナリティーが見えてきます。
そして、この6つの角度の軸が交差する場所は、世界で伊吹島だけであり、世界とのつながりは、実は、伊吹島の位置を示す座標、ローカリティーそのものでもあるのです。
島の景観とのつながり
外観は、この島のふつうの民家に近いつくりです。唐突に、現代建築が舞い降りたような形にはせず、昔ながらの気配の残る島の景観を意識しています。
屋根の勾配を合わせ、外壁の色は、島の民家の色彩調査に基づいています。圧倒的に多い第1群ではなく、それに次ぐ第2群の色で仕上げたのは、景観と連帯しながら、違和感がない程度に自立した状態をつくりたかったためです。
光のスリットで、3つの棟に分かれ、その間に生まれた路地は、迷路のような伊吹島の路地につながって行きます。
路地の外壁や、洗面所の外壁は、この島に多い、焼き杉の外壁をモチーフにしていますが、まったく同じ訳ではなく、表面に風景を映し出すポリカ波板を重ねたりして、どこか引っ掛かるように、少しだけ違えています。
そして、室内最奥の大便器ブースに行くと、屋根に大きな開口部が空いています。光や雨が室内に落ちますが、丁度、伊吹島の民家で、雨水を貯めるために地中に掘った井戸を、底から見上げた形となります。
島民にとって当たり前でも、外から訪れると、伊吹島らしさとして、際立って見える路地や焼き杉、そして、雨水を貯める井戸。
それらを映し込んだ「トイレの家」で一休みしてから、島に歩き出した観光客には、伊吹島の風景が見えやすくなることを、そして、見慣れているため忘れている島民には、島らしさを、今一度、思い出していただく場所となることを願っています。
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