「旧武家屋敷地域に建つ住宅と店舗」
大分県杵築市は、国東半島の南端部に位置し、別府湾に面する旧城下町である。八坂川に沿って南北に二つの丘が並び、その丘上に武家屋敷、間の谷に沿って町屋が続く景観は、「坂道の城下町」「サンドイッチ型城下町」と謳われている。敷地は、南台武家屋敷地域にあり、石垣、槇の生垣による往時の面影を残す通りに面し、また「杵築市城下町地区地区計画」により、外観の仕上げ等の修景基準が細かく定められている。旧屋敷は取り壊されて久しく、門があったと思われる階段、瓦葺の漆喰塀を残すのみで、庭は荒れたまま放置されていた。
クライアントは、新しくこの地に住まうこととなった夫婦、伯母の3人家族。パン屋を営むための店舗、厨房を併設すること、環境に相応しい静かで落ち着いた空間であることを条件とした。
設計にあたっては、門正面と庭中心付近の梅の木、井戸を残し、それらを生かしたL型の平面形とした。Ⅼ型の1辺を正面に店舗、玄関、和室を配し、低い軒の平入りとすることで、道路側外観が、武家屋敷地域らしい凛とした佇まいとなるよう注力した。住まいへは門より既存梅の木を正面に見て、折れ曲がりながら外玄関、入口へと導く。店舗入口は敷地南端に配した。住宅と店舗、通りが違和感なく繋がり、かつ独立性を保つよう図った。
修景基準に基づき、屋根はいぶし銀鼠一文字瓦葺、外壁は周囲と馴染む濃い鼠色の左官仕上げとした。内部の壁は漆喰塗り、天井はラワン合板をやや濃い色に仕上げている。リビングに設えたベンチからは、100年以上は経つ梅の木を間近に感じることができる。
既存の階段、塀、瓦は、敢えて補修等手を入れず、経年変化のままの肌理を残し、景観の保存に配慮した。
観光客もまばらであった通りに生まれたささやかな空間は、施主にとっても近隣の住人にとっても、生活の一部としての新たな風景になりつつあるようである。
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