地方都市に多く眠る古いアパートやビルを住まい手に合わせてカスタマイズ。そんなリノベーションの可能性を紹介している「リノベのススメ」(『コロカル』で連載中)より。
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“このはな”で出会った、風呂なしの木造二階建て
はじめまして。NO ARCHITECTSの西山広志です。
大阪の此花(このはな)区梅香というところで建築の仕事をしています。
このあたりは、大阪の中でも昭和の下町情緒あふれるまち並みが残る地域で、
ここ数年、アーティストのアトリエやギャラリー、
カフェやショップ、住居、事務所など、
リノベーション物件が、少しずつ増え始めています。
ぼくらもこのはなで開催されるイベントのお手伝いや地域情報の広報活動、
内装の設計やデザインで何軒か関わっています。
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「このはなの日2013」というまちなかイベントのときのマップです。「このはな」と呼んでいるエリアはこんな感じです。
ぼくらの自宅もこのはなにあり、「大辻の家」と呼んでいます。
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外観。外装は廃材の銀色の波板を使っています。このはなのまちなかでよく見かける素材です。家の脇にある路地の奥にアパートと屋上への階段があります。
この家と初めて出会ったのは、2009 年。
「見っけ!このはな」というイベントの中の空き物件ツアーでした。
当時の印象は、玄関が北を向いていてどんよりした感じ。
中に入っても、雨戸が閉まっていたせいもあって真っ暗。
お風呂もありませんでした。
かろうじてキッチンのタイルはいいなあと何となく覚えていた程度。
立地もT字路に面していて、窓をあければ目の前は道路が奥に伸びています。
つまり、全く惹かれない物件でした。
まさか、自分が住むことになるとは、想像もつきませんでした。
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こちらが大辻の家のビフォー。
しかし、2011年 に事務所をこのはなに移したことをきっかけに、
ここに住む人たちとの関係を深めていく中で、
このはなに住むことを考えるようになりました。
賃貸なのに改修可能で、
辻(十字路やT字路のこと)に面していることは、
逆に言えば、見通し、風通し良好ということ。
いつのまにかこの物件を魅力的だと思うようになっていきました。
そして、自分たちが住み、リノベ−ションしていくことで、
この物件の特性を活かしながらも、
理想的なライフスタイルを表現できると確信しました。
さらに、「大辻の家」と呼ばれるこの一軒家は、
裏にあるアパートとは、階段室で繋がっていて、少し特殊な建ち方をしています。
全体をまとめて借りることで、アパートの屋上が自由に使えたり、
コストも抑えられた事から、友人とともにシェアすることになりました。
自分たちの暮らしに合わせて、
ひとつひとつリノベーションを考えていきました。
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1F奥のアトリエ。事務所で終わらなかったデスクワークをしたり、簡単な木工作業場として使っています。
暮らしを豊かにする方法
引っ越す前に、トイレとお風呂とキッチンの整備などの大規模な工事だけは、
工務店と大工さんにお願いしました。
このはなには、素敵な銭湯がたくさんあるので、
お風呂をつけるかどうかは最後まで迷ったのですが、
結局、洗濯機置き場だったところにお風呂の小屋を増築しました。
理由は、3年間銭湯に通ったときのコストの比較の結果と、
お風呂にまつわるおもしろいプロジェクト「風呂ンティア」を続けている、
画家の権田直博さんに銭湯画描いてもらいたかったから。
彼は、個人宅のお風呂に銭湯画を描いています。いろいろ要望にも応えてくれて、
ぼくらは大小の円形のフレームの中に、「宇宙インコ」と、
「富士山とシカ」を描いてもらいました。
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お風呂の内観。小さなユニットバスですが、とても広く感じます。
トイレはタイル敷きの和式便所が窮屈だったので、
洗面スペースと一体にして洋式の便座を入れました。
床を敷き直して、壁も塗り直すと、とても清潔感のあるトイレになりました。
窓からは磨りガラス越しに隣のおばあちゃんが毎日手入れしている
庭の植木が見えます。
たまに枝切りばさみのカチカチという音がして、ほっこりします。
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1F内観。もともと玄関だったところの半分がお風呂の入口になっています。
タイルが気に入っていたキッチンはできるだけ、そのまま使いたくて、
ボロボロになっていたシンクの内側部分のタイルだけ壊して、
ステンレスのシンクを上からカポッとはめました。
食器棚は、ぼくのお父さんが学生時代に使っていた本棚で、
ダイニングテーブルは、相方のお父さんが子どもの頃から使っていた勉強机です。
古いものが特別好きというわけではなくて、
もともとあったものを最大限に有効利用して、最小限の手を入れています。
全体的に意識したのは、ガスや水道、電気、ネット、排水まで、
できるだけ隠さず、目に見えるように取り付けています。
どこから来て、どこに流れて行くのか。
日常生活の中で忘れてしまいがちな感覚を、少しでも実感できるように。
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キッチン。流しの前のすりガラスの柄も気に入っています。あと、豆苗を観葉植物として育てています。
家具は生活していくなかで必要になったら、
急かされるように、少しずつ、つくり足しています。
その都度、必要な場所に必要なサイズで。
今は、ちょうど玄関の踏み板をつくっているところです。
コスト面から考えても、少しでも無駄なものはつくらないほうが良いと思っているので。
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寝室とリビングの間の壁。今は出窓のように開口部だけ突き出していますが、家型の壁一面を棚にする予定。
照明も同じです。生活に合わせて、明るさをコントロールできるように、
2階の5つある照明は、6段階に調整できます。
そのほうがずっと健康的です。
そんな些細なことが、実は重要だったりします。
自分たちの理想の生活に合った家は、
もしかしたら、低コストで見つけることができるかもしれません。
最低限の豊かな暮らしを心がけることが、
NO ARCHITECTSの目指すところでもあります。
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2F内観。寝室は、空の色が映り込むように白く塗っています。リビングは、天井を抜いて屋根裏ギリギリのところまで空間を広げています。
ゆるやかに友人たちとつながる暮らし
裏のアパートの2部屋に住んでいるふたりは、大学からの友だちです。
ひとりが近所にあるモトタバコヤというスペースでカフェをしているパティシエ。
もうひとりは、服をつくっています。
シェアハウスと言えど、それぞれ住居スペースは独立していて、
階段室と洗濯機置き場と屋上を共有しています。
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屋上へは、2Fのクローゼットの奥の勝手口からも出ることができます。
各々の生活にあった暮らし方を束縛することなく、
時には、共有スペースの使い方を、住人みんなで話し合いながら、
より楽しい生活になるように、つくり足していっています。
リノベーションは完成させてしまうことよりも、
生活に合わせて更新していけるようにしておくことが大事だと思っています。
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天気の良い日は日向ぼっこしたり、みんなでバーベキューをしたりしています。
writer’s profile
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HIROSHI NISHIYAMA
西山広志
1983年大阪生まれ。建築家。NO ARCHITECTSを共同主宰。神戸芸術工科大学デザイン教育センター非常勤講師。神戸芸術工科大学大学院芸術工学専攻 (鈴木明研究室) 修了後、2009年 奥平桂子と共に活動を開始。2011年事務所を此花区に移すと同時に〈NO ARCHITECTS〉設立。建築をベースに、設計やデザイン、インスタレーション、ワークショップ、まちづくりなど、活動は多岐にわたる。
information
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NO ARCHITECTS
住所 大阪市此花区梅香1-15-20【map】
http://nyamaokud.exblog.jp/
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