筋書のない建築への試行
奥に細長い短冊状の敷地が街道に沿って並ぶかつての商家の町割りを崩しながら、無機質な高層化が進んでいく街の中に、間口9.1m、奥行き38.4mの細長い土地が残されていました。この特徴的な土地形状が持つ可能性を具に読み込み、大きく外に開きながら近隣や自然環境との動的な関係を築き続ける、新たな積層建築の在り方を試みます。
要望を積み上げると5層で収まるところを敢えて7層へ引き上げたこの建物は、ヴォリューム換算すると半分近くが半屋外空間となっており、さらに縦に住むことを後押しするためメゾネット形式を基本としています。1、2階が店舗と事務所、3、4階が一人暮らしのための賃貸住宅、5、6階が離れを持つ大きなオーナー住戸、7階が庭と一体となったオーナーのご両親の住戸で構成され、異なる用途やスケールが複合する、街がそのまま立ち上がったような建築となっています。
ここで私たちはそれらの異なる用途やスケール、状況、環境に対し、“それぞれがそれぞれのままに在る”ことで、生き生きとした状態をつくり出すことができるのではないかと考えました。
各々の空間やエレメント、そしてディテールの部分部分に至るまで、お互いが尊重し合いながら自然体として存在している。それは何か一つのルールで作られる抽象化された建築ではなく、ましてや強い全体性から作られる建築でもない。ここに立ち上がる建築は、きっかけに満ちた秩序と強度に支えられつつ、その場その場の状況や環境に反応しながら空間やモノが紡ぎ出されていく。そんな“筋書のない建築”が自由を獲得し、新しい時代の豊かさに繋がるのではないかと考えました。
ここでまず、立ち上がっていくそれぞれの場が、外部との関係を自由に築いていくことができるように、壁やブレースといった耐震要素に縛られることの無い柱梁のラーメン構造を採用しました。そして細長い土地に対し、千鳥状に柱を配置することで、周辺との繋がりが生まれる開かれた系を作ります。さらに長さも径も異なる角柱と丸柱が同時に立ち上がり、そこへ巨大な梁が掛けられていきます。中央二列に並ぶ柱が600角、600φ、外周に並ぶ柱が300角、355φとなっており、中央の太い柱は上層階へ上るにつれて負担が軽くなり、徐々に本数が減っていきます。このムラのある雑木林(Grove)のような構造フレームを頼りにしながら、周辺建物との距離や密度感、動線の引き込み方や光の入り方、風の抜け方、雨の受け方から緑への流し方、そして機能寸法に至るまで、その場その場の合理に従いかたちが決められていきます。またここでは梁の上にプレートが掛かり、その上にヴォリュームが載るという構成を採ることで、いくつもの軽い人工地盤が雑木林に引っ掛かったような作り方となっています。こうして壁が構造から解放されることで、自由に開口を設けられるだけでなく、ヴォリュームの周りにはテラスが回り、内外一体となった空間が随所に展開していきます。
隣地に合わせて緩やかに下っていく1階では、店が少しずつ顔を出すようにヴォリュームが置かれ、人は奥へ奥へと自然と導かれていきます。ヴォリュームの間からは、隣の家やアパートに住む人たちの気配が、光や風と共に心地よく流れ込みます。3層分の高さまで伸びる柱によって明るく開かれた場が生まれ、その柱の間を縫うように歩いていくと、それはまるで木立の中を散策しているような気にさえなります。そして奥へと続く緩やかな階段をぐるりと回り3階まで上っていくと、隣の建物の屋根の上まで到達します。そこは明るく遠くまで景色の広がる町の廊下です。そこから、内外の柱と梁を編み込むように場所を見つけながら自分の家へと帰っていきます。
こうしてたっぷりと外部を纏いながら新たな建築が立ち上がっていきます。このアドホックな作り方によって生まれる筋書のない建築が、内外一体となった空間の中に多様で発見的な場を作り出し、ここに息づく人々の能動性を喚起していくことを期待しています。
(※ SDレビュー2022 鹿島賞受賞 プロジェクト)
資料請求にあたっての注意事項