東京・山手線の外周部、オフィスやマンション、戸建て住宅が混在する地域で、旗竿形状ゆえに分割されずに残されていた土地に、長らく空き家となっていた祖父母の住宅を建て替える計画です。
初めて敷地を訪れた時、交通量の多い都道から奥へ入っていくと、草木が生い茂る静かな庭が広がっていました。大通りの喧騒が感じられないひっそりとした庭、そこで人知れず育っていた植物たち。その中で、崩れかけた倉庫を避け、他の木にもたれかかりながら枝を伸ばす1本の桜が目に入りました。塀で囲まれた敷地の外側には、都道に面してビルが建ち並ぶ一方で、もう一方には煉瓦蔵が残る親戚の住宅の広い庭があり、庭のつくりや庭石の種類から、こちら側とかつて一体の庭であったことがうかがえました。敷地は、現在は都市計画上、防火地域・7mの最低限高度地区に指定され、道路沿いに都市の防火壁となる建築が誘導されるエリアにあります。都市計画道路が整備される以前には旧道に面して屋敷が建っていた土地が、新たなレイヤーで上書きされていく。その境目の土地でした。
こうした都市計画の制約に対し、建主は老後を見据え、夫婦でゆったりと過ごせる木造平屋を望んでいました。そこで、相反する街の要素を桜の古木を手がかりに繋いでいくことを試みました。道路から隣地の庭へと緑の連なりが抜けていくように建物を奥に配置し、南側を桜のある大きな庭として残しました。旧道側の北側にも小さな庭を設け、建物がふたつの庭を繋ぐように考えました。防火地域であるため、コスト面から建物は準耐火建築で可能な100m2未満となるよう面積を抑えながら1階で生活が完結する間取りとし、ふたつの庭に向かって半屋外のテラスを広げていきます。そして桜の庭の軒先を低く抑えながら、7mの最低限高さをクリアするよう上方へ空間を膨らませていくと、住宅のスケールを超える天井高の空間が現れました。上空に生まれた余白は、街の喧騒からも人の生活からも少し離れて、庭の木々の声が流れ込み、住まい手が奏でる音楽と響き合います。
竣工から半年。春を迎え、庭の表情は大きく変化しました。つぎつぎと緑が芽吹き、花が咲き、鳥が訪れます。さまざまな存在の時間が重なっていることを、日々変わる庭の景色が気づかせてくれます。
□ 既存の桜の木を活かした庭
□ 2つの庭に向けた半屋外のテラス
□ 高い天井高で開放的な内部空間
構造 正木構造研究所
照明 コモレビデザイン
庭園デザイン 温室
施工 モノリス秀建