「暮らしのものさし」では、ただ消費者として暮らしを営むのではなく、自分の暮らしをデザインする、“暮らしのつくり手”たちを紹介しています。※この特集は、SuMiKaとgreenz.jpが共につくっています。
「わたしたちエネルギー」は、これまで“他人ごと”だった「再生可能エネルギー」を、みんなの“じぶんごと”にするプロジェクトです。エネルギーを減らしたりつくったりすることで生まれる幸せが広がって、「再生可能エネルギー」がみんなの“文化”になることを目指しています。
シェアハウスやタイニーハウス、あるいは古民家のリフォームなど、これまでの建売住宅やマンションとは異なる「住まい方」をする人が今どんどん増えています。
その考え方の基礎にあるのは、「これから」に向けてどのように環境に配慮し、かつ周辺の人々とつながりを持っていくことを大事にするということだと思います。
そのような考え方を実現する方法をいろいろな人が試しているわけですが、フリーで広告制作の仕事をしながら家族5人で鎌倉に暮らす蓮見太郎さんは、パッシブハウスという方法でそれを実現しようとしています。
そもそもパッシブハウスとは、1991年にドイツのパッシブハウス研究所が定めた省エネ住宅のスタンダードです。パッシブハウスかどうかは床面積当たりの消費エネルギーや冷暖房負荷で判定されるのですが、簡単に言うと高気密高断熱の建物に太陽の熱をうまく取り込んで、冷暖房に頼らず内部を快適に保つことでエネルギー消費を抑える建物ということになります。
そんなパッシブハウスに暮らす蓮見太郎さんにその住み心地と、暮らし方の変化について聞いてみました。
パッシブハウスに住むということ
蓮見さんはもともと、都内で育ち、2009年に鎌倉に引っ越す前は家族で調布に住み、新宿に通勤していたといいます。そこからどのようにして鎌倉にパッシブハウスを建てることになったのでしょうか。
ロバート・ハリスさんの『人生の100のリスト』という本を読んで面白くて、自分でも真似して人生でやりたいことを100個書いてみたんです。その中の一つに「自然に囲まれた土地でスーパーエコ住宅を建てる」と書いたんです。
それで家を建てることになった時に、知り合いの建築家の森みわさんに相談したら、「エネルギーを使わないパッシブハウスというエコハウスがある」と聞いて、面白そうだからやってみようということになったんです。
鎌倉にしたのは、バルセロナに1ヶ月滞在した経験から、身近に自然があって、歴史に囲まれていて、そのくせ新しい文化の生まれる場所に住みたいな、と思ったのがきっかけでした。
蓮見さんの話を聞いているとまず「面白そう」というところから始まっていることが印象的です。面白そうなことならやってみればいい、そんな発想から日本で始めてのパッシブハウスが生まれたのです。しかし、もちろん実際に建てるのは簡単ではありませんでした。
森さんは当時アイルランドにいて、ほとんどスカイプで話して決めました。当時は彼女も日本国内での実績がなかったし、私も義理の両親に「大手のハウスメーカーに頼んだほうが安心だ」なんて反対されていました。
さらに、この土地はあまり日当たりも良くないし、土地自体が狭いので、パッシブハウスを建てる条件としてはあまり良くなかったみたいです。
でも、森さんから色々聞いて知るに連れて、パッシブハウスはほんとうに面白いし、躯体をしっかりつくって熱を逃さないというだけでエネルギーをつくらなくて済むという新しい考え方にすごく共感したんです。
エネルギーをつくるのではなく、なるべく使わないエコな家という考え方、その仕組みをもう少し詳しく見てみましょう。
パッシブハウスは熱交換換気システムというシステムを利用します。このシステムは、換気をする際に、出す空気と入れる空気の間で熱交換を行い、室内の温度変化を最小限に抑えます。
蓮見さんの家の場合、この交換率は90%で、例えば、室内が20度で外気が0度の場合、室内の空気を2度にし、外気を18度にして換気を行います。それによって温度変化を最小限に抑えるのです。
この換気システムの配管と断熱のため壁を厚く(蓮見さんの家の場合約30cm)する必要があり、それだけ部屋は狭くなってしまうのですが、広さを犠牲にしてもパッシブハウスにしてよかったと蓮見さんは言います。
森さんが「壁は厚くなっているけれど、部屋がどこも同じ温度だから隅々まで使える。だから有効に使える面積を考えると、むしろ広いといえるんじゃないか」という話をしていて、なるほど面白い発想だなと思ったんです。寒くて行きたくない部屋があるような家よりこっちのほうがいいなと。
パッシブハウスの最大の特徴は快適さです。「エコ」というと何かを我慢しなきゃいけないという感じがありますが、パッシブハウスにはそれがなく、快適に、そして楽にエコができるのです。
ただ住んでいるだけで省エネに貢献できる、“楽”な家
夏でも冬でも、エアコンなりで一度快適な温度になってしまえば、後は快適に過ごせます。来客がある場合には換気する量を調整したりしますが、それ以外には操作やメンテナンスも不要で、とにかく楽なんです。意識が高い人じゃなくてもただ住んでいるだけで省エネに貢献できる、そんな家なんです。
とにかくパッシブハウスは「エコで、快適で、楽」というわけですが、「快適さ」というのはなかなか理解してもらいにくいものです。そこで、蓮見さんはこんな例をあげてくれました。
家を建てる前は「大手のハウスメーカーがいい」と反対していた義理の両親が、実際に建って、遊びに来てみたら「寒くなくていいなぁ」と言って、しょっちゅう遊びに来るようになったんです。呼ばなくても来るくらい。
それに遊びに来る友人も、3時間くらいいると「暖かいね」「気持ちいいね」なんて言ってくれます。妻も、冬に人が集まるときには「蓮見家にしよう」ってなってるみたいですし。
快適に暮らせる家だけに、自然と人が集まる家になっているようですが、実は蓮見さんは「人が集まって人が出入りする家がいいということもやりたいこと100のリストに入っていて、友達の友達みたいな人が平然と出入りする家がいいと思っていた」そうで、パッシブハウスによってもう一つのやりかったことも実現できたのだといいます。
快適だから、人が自然と集まる家に
パッシブハウスに暮らしてもうすぐ6年になる蓮見さんですが、この6年間で暮らし方はどう変わり、今後どのような暮らしをしていこうと考えているのでしょうか。
人が集まる拠点になったらいいなと思ってます。今も庭にピザ窯をつくっているんですが、みんなで集まってつくろうなんて言いながら、バーベキューをして飲んじゃって、つくらずに帰っちゃうみたいなことがあって、そういうのもいいなと。
でも、日本で最初のパッシブハウスということで少し使命感もあって、良さをわかってもらうために長時間過ごしてもらえるようなワークショップなどを週末にやったりしています。それもいろいろな人と知り合うきっかけになって、また人が集まってくれればいいなと思っています。
「ソラコヤ」という名前でワークショップや朝ヨガ教室などもやっているという蓮見さん。人が集まる場所をつくり、集まった人たちにパッシブハウスの良さをわかってもらう。環境のためにどんどん普及させなくちゃと考えるよりも、自分が楽しみながら、その楽しさを伝えることで家の良さも伝えていく、そんな「楽」なやり方が家の快適さに加えて人が集まってくる理由なのかなと感じました。
最後に、日本におけるパッシブハウスが今後どうなっていくのか、蓮見さんの考える展望を聞いてみました。
海外の事例を見ると、学校やショッピングセンターといった大きな建物が多くて、日本では今10戸くらいの事例がありますが、どれも個人の家なので、もう少し大きな規模の建物でパッシブハウスが実現できたらいいですね。
この家については、あまり自分の所有物という感覚がなくて、もし引っ越して離れるとしてもオーナーが変わって街のものとして残るような価値のある家になったらいいなと思います。そうしたら、少しは社会にとって価値のある投資になったんじゃないかと思えるので。
未来のことや環境のことを考えて田舎に移住して自給自足を目指したり、オフグリッド住宅を建ててみたりするのは本当にすごいことだとは思いますが、「そこまでは…」という人でも簡単にとは言いませんが、決して難しくはなくできる選択肢が「パッシブハウス」だと感じました。そして、建てること自体がすでに社会への貢献でもあるのです。
パッシブハウスに引っ越したことで蓮見さんの暮らし方は快適で楽しいものになったことは間違いありません。そんな暮らしについて話を聞いて、パッシブハウスは多くの人にとってもっと自分らしい「住まい方」の一つの選択肢に十分なり得ると思えました。
住宅について、エネルギーについて、どう建てるか?どうつくるかは、いろいろ難しいことはありますが、やっぱり楽しいこと、気持ちいいことが一番。みなさんも、エネルギーをつくるのではなく、使わない…という方法で自分が楽しそう!と思えるポイントを、探してみませんか?
※この記事はgreenzに2015年7月30日に掲載されたものを転載しています。