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【特集】小商い
2017年 4月17日

震災から武道大学、そして移動式自転車屋台を開業『Spaice coffee』


今、気になるキーワード「小商い」。そこには、自分の”好き”を見つめて生業にしたい、まちや社会とつながりたい、といった背景があるように思います。「特集 小商い」は、好きに暮らすイメージをつくるための連載です。



千葉県いすみ市に住む、編集者/ライターの磯木淳寛です。
東京から約2時間、都市部に人口が流出し過疎化が進むこの房総いすみ地域に数年前に住まいを移して、なにより驚いたのは自分の好きなことを小商いとして成り立たせ、生計を立てている人たちと、それを支えるマーケットの多さでした。
もちろん、好きを仕事にするということには苦労もともない、工夫も必要ですが、それ以上に大きな喜びを手に入れられることは確かなようです。
小商いで自由に暮らすとはどういうことだろう?どんな工夫で小商いを自分の仕事にしていったんだろう?そんな疑問を一冊の本にしたのが拙著『「小商い」で自由にくらす』です。

ここでは、書籍の中からいくつかの事例をご紹介します。

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千葉県の房総半島。
太平洋に面した勝浦市という小さな漁師町で移動式自転車屋台のコーヒー屋を営むのは、この町の大学を卒業したばかりの紺野雄平さん。
小商いをする人の多い房総いすみ地域でのなかでも、2017年3月時点で24歳と、もっとも若い部類に入ります。

主に店を出すのは、小さな通り沿いにあるNPO事務所の軒下や、ラーメン店の前。移動しやすい自転車屋台ながら、小さな町のいつもの場所にいるため、お客さんとも顔なじみで、とても近い関係性ができています。
そして、この関係性の近さこそが紺野さんが小商いに求めたものでもあるのです。

なぜ大学新卒で小商いなのか。なぜ移動式自転車屋台なのか。
その動機の源には、生まれ育った福島県での東日本大震災の体験があったといいます。

生かされた自分は夢を追うべき

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紺野さんは高校を卒業するまでは実家の福島市暮らし。
その後、国際武道大学に進学するために勝浦にやって来ました。福島で震災に遭ったのは高校を卒業して大学に入る直前の3月だったと言います。

「あの震災は、やはり僕にとってすごく大きかった。震災の翌日くらいには、自分の高校の体育館も避難所になりましたし。幸い僕は家族、親戚、家そのものも含めて被害がなかったので、すぐにボランティアに行ったんですが、昨日おととい家族や友達を失った、家がもうない、という人たちを目の前にして、何もできることがないんですよ。その場で一番感じたのは無力感でした」。

‟もしかしたら、自分自身も被災していたかもしれない”。その思いは、やがて紺野さんに「亡くなっていった方たちのために今、生かされてる自分にできることは、あきらめずに夢を追うことなんじゃないか?」と考えさせる出来事でした。

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大学にはいってからは、スポーツトレーナーの勉強をしながら、それとは別にアリゾナ州へ短期留学。ここでも人生観を変える出会いがあったそう。

国も年齢も違ういろいろな人たちとホームステイ先で一緒になって、「人」の文化ってなんて多様なのかと驚かされました。たとえば、自分の興味に従って専門分野と学校を次々と移っていく大学生や、50歳代で大学に通っているお母さんがいました。こんな自由さも、あちらでは普通なんですよね。年齢とか世間体とか関係なく、自分のやりたいことや夢に向かって正直に突き進む姿勢が、純粋にすごいなと思いました。

留学先での経験から視野が広がると、海外や東北のボランティアに行ったりと、それまでやらなかったことに積極的に取り組んでみるように。
前向きに動き回るうち、今度は勝浦市内で店を出していたキッチンカーのハンバーガー屋さんと知り合います。
このハンバーガー屋さんは、まったく知らないお客さん同士が、帰るときには友達になってしまうような‟場”だったのだそう。その不思議な魅力に紺野さんは惹かれていきます。

たとえば沖縄でゲストハウスをやっている人と知り合って、僕が沖縄へ行ったときにはそこへ泊まったり。その場かぎりじゃなく、つながりからいろんな何かが生まれていくことが面白いと思いました。今ぼくのやっている「Spaicecoffee」の目標のひとつも、そのハンバーガー屋さんのように人と人とのつながりを通して刺激を受けられる空間を作ること。だから店名も“Spice”ではなく、間にaを入れた“Spaice”。スペースとスパイス、つまり空間と刺激というふたつの意味を込めているんです。

お金がないなりに、やってしまえ

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福島で体験した東日本大震災。アメリカでのホームステイ。キッチンカーのハンバーガー屋さんとの出会い。この3つが大きな動機となって、やがて新卒で移動式屋台のコーヒー屋を営むことになった紺野さんですが、大学卒業を前にして一時は就職活動もおこない、内定ももらっていたといいます。
しかし、そこで頭をもたげてきたのが、震災以降ずっと考えていた「自分にできることは夢を追うことなんじゃないか」…という思い。
苦悩の末、とうとう思い切って就職辞退。今では応援してくれているという親にも当時はさんざん叱られたのだそう。

ではそこまでしてなぜ移動式自転車屋台のコーヒー屋を始めたのでしょうか。

最初に思い立ったのは、「あのハンバーガー屋さんのように人と人とがつながるカフェを開きたい」ということでした。この町にはカフェがほとんどなかったですし。けれど、もちろんカフェを開けるようなお金なんて全然ありませんでした。
それで、カフェといえばまずはコーヒーだろうと。そして、お店を借りられなければチャリンコでやればいいや!と考えて、今の移動式自転車屋台になったんです。

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『Spaicecoffee』の現在の基本的な出店スタイルは、平日にまちのNPO事務所の前を借りて、朝9時から夕方5、6時くらいまで店を開き、土日は、月の前半は近所のラーメン屋さんの前。後半は、400年以上続く朝市がNPO事務所のある通り沿いで開かれるため、平日と同じNPO事務所前の場所に出店しています。

お休みは週に1日と、雨の日。かなり地元密着型ながら、ほかの場所でおこなわれるマーケットに出店するために自転車で40キロくらい離れた場所まで片道6時間くらいかけて行ったこともあると言います。体育系の大学出身ということを感じさせるエピソードです。

けっこうなラフロードだったので、僕の自転車では歩いているのと同じくらいのスピードしか出せないんですよ。でも、行き帰りの道中も人に見てもらえて、いい宣伝になりました。

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しかし、やはり気になるのは就職を蹴ってまで始めた「小商い」による収入面と暮らしのこと。今の仕事は『Spaicecoffee』だけなのかと聞いてみると…。

はい、始めてから1年以上、ずっとこれだけでやってきました。…ただ正直なところ、一度お金に困って親、彼女、そして勝浦の方々に支えてもらったことがあったんです。そのおかげで復活できたので、本当にみなさんには感謝しています。それに最近は彼女と出かけたりするお金も作りたくて、少しバイトも始めました。アパートの家賃が2万5000円ですし、生活費が安いので、「Spaicecoffee」としては僕ひとり分なら何とか賄えるくらいだと思います。

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つまり今は1杯300円のコーヒーで、月に最低でも3万円以上の売上がコンスタントにある、ということ。とはいえ勝浦は房総でもかなり小さい町。それでも最初から「Spaicecoffee」だけでやっていけると思っていたのでしょうか。

なんとかなるだろうと思ってました。1杯300円というのは物価の安い勝浦の土地柄を考慮したのと、学生でも買いやすい価格にという設定なんです。でも、やっぱり町の人通りは少ないですし、始めるときには多くの人から「やめたほうがいい」と言われました。だけど僕の目指すところは売れるかどうかよりも、人がつながる場をつくること。人がいないからこそ、人を集めるためにやるのであって、人がすでにたくさんいるところでやるのでは面白くない。実際にやってみて、経済的には確かに最初に考えていたより甘いものではなかったですが、続けていけばできないことではないとも感じています。

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この取材は平日の午前中に、紺野さんがいつも屋台を出しているNPO事務所前でおこなったのですが、約1時間の間に数人しか人が通りません。紺野さんに聞くと、本人の出身大学である国際武道大学の学生も時々通るそうですが、「勝浦では週末に朝市が行われて人も増えますが、平日の人通りはだいたいこのくらい」とのこと。

やっぱり全然人がいなかったところに徐々にでも人が増え始めていくほうが、僕にとっては断然、面白いんです。僕が人の多いところで出店するんじゃなくて、むしろ東京やよその地域から、「自分も田舎で何かやってみようかな」とこちらへやってくる人が増えていったら、もっと楽しいし、うれしいです。今後は、できるならコーヒー屋だけじゃなく、スポーツ好きな人を対象にした旅を企画したり、いろいろなものをひっくるめて人がつながる場づくりをする会社を、仲間たちと作れたらいいなと思っています。

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紺野さんの話は驚きの連続でした。勝浦という町は、大学はあるものの、房総いすみ地域のなかでもとくに過疎化の進んでいる場所のひとつ。そんな町の、さらにほとんどひとけのない通りでひっそりと出店しながら、コーヒーの販売を主たる生活の糧にしていたから。

ただ、約1時間半の取材中、5人くらいが屋台の前を通り、紺野さんはその多くの人から声をかけられ、結局そのうち2人がコーヒーを買っていきました。およそ1年半ほぼ毎日、同じ場所で店を開いている紺野さんの「Spaicecoffee」は、確実に地元で認知され、愛着を持たれていたのです。やがて彼の店の、かぎられた馴染み客の間に「つながり」が育まれていくかもしれません。

「彼のような小商いは若いからできるんだ」と言ってしまうことは簡単です。しかし、経済的な安定を求めて都市部へ向かう物わかりのいい大人ばかりになってしまっては、過疎地域の過疎化はますます進みます。
紺野さんが「東京には興味がない」と言ったように、震災以降、とくに若者は過疎地域に自分のフィールドを求めることも増えてきました。小商いから始まる紺野さんの夢の続きを追いかけていきたいと思います。

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書籍『「小商い」で自由にくらす ~房総いすみのDIYな働き方』は、2017年1月20日の発売から「社会と文化」「経済学」の両部門で1位。好きを仕事にするために「小商い」で自由に働き、大きく生きる可能性を収めた記録です。小商い実践者らの単価・売上・販路・初期投資・生活費などの具体的なデータも記載。ぜひお手に取ってみてください。

「小商い」で自由にくらす ~房総いすみのDIYな働き方
著者:磯木淳寛
発行:イカロス出版
価格:本体1,400円+税

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