※この記事は2018年12月に公開されたものです。
建築家の隈研吾さんと岡山県の「植田板金店」がコラボレーションしたモバイルハウス「小屋のワ」。その名が示すように「連結」をコンセプトとし、今までの既成概念を覆すものとなっています。
身近で美しいデザインに職人の手技、最先端の建築技術が融合した「小屋のワ」について、隈さんと植田板金店代表取締役の植田博幸さんにお話を伺いました。
「連帯できる小屋」は、新しいライフスタイルを生む
始まりは植田板金店からのアプローチ。建築板金業では地元岡山で年間3,000棟以上の施工実績がある同社ですが、新規事業として小屋づくりを選択。新商品を開発するため「小屋をやるなら隈さんに」と熱い思いをメールでぶつけたのだそうです。
その時のことを「ただ小屋をつくるのではなく、新しいライフスタイルを生み出したいという情熱が感じられました」と振り返る隈さん。同じ思いがある同志なら面白いことができそうだという思いの元でプロジェクトはスタート、半年後に完成したのが「小屋のワ」でした。
タイトルが示すように、特徴は連帯です。単体はもちろん複数なら横一列や円型などいろいろな形にできます。庇(ひさし)をつけたので、単体では庭との連帯が、また複数の小屋なら共用空間をつなぐ形での連帯が生まれます。小屋が単位となり新たなネットワークが形成できる。これはすごく画期的なことだと思ったんですよね。(隈さん)
一般的には単体で使う印象の強い小屋。この連帯という考え方はどんなきっかけで生まれたのでしょう。
本来の小屋は庭にあるものではなく、庭と一体になって成立しています。つまり、僕らが連帯に気づいていないだけ。地面に置かれ周囲に緑があること自体が大きな魅力なんです。ですから、そこを最初から意識してデザインすれば、より大きな連帯をつくることができるわけです。(隈さん)
20世紀は空調完備の室内で快適に暮らすという思想が席捲した時代でした。でも、そんな暮らし方は人間にとって幸せではないですよね、と隈さんは話します。
そこで今回は半屋外の空間、外と中の中間領域の豊かさを追求しました。実は設計でいつも悩むのが屋根の勾配なんです。閉じると親密になり、開くと迎える印象を与える部分ですが、それならこの広さを調節できればいいんじゃないかと。そこで庇の空き具合を6段階調節できる構造にしました。庇の明るさ感も重要なので、半透明のプラスチック材を選んでいます。(隈さん)
さらに前面はガラスのフルオープンに。中の空間は小さくても、ガラスを通して庭を見るれば、広々と感じられるつくりです。ちなみに構造面でのポイントはブレース構造。サッシの影に細い鉄骨を組み込むことで、強度と美しさ、開放感のすべてを実現させました。
そもそも隈さんと小屋の関係は、古くは幼少期にまで遡ります。祖父が畑に建てた小屋に家族で住み、兄弟が増えると大工さんに外壁と屋根を作ってもらい、家族で内装を仕上げる暮らし。小さな空間を継ぎ足すことが身近にありました。自ら「僕の建築の原点はそこにあったと思う」と語ります。そう考えると、隈さんが連帯する小屋をデザインしたのは必然的なことだったのかもしれません。
板金職人の技術 vs 建築家 隈研吾のこだわり
もう一つの特徴が、ガルバリウム鋼板に「応力図」を描き出した外壁。植田板金店の板金職人の技術がなければ完成しなかったという、非常に難易度の高いものです。このデザインはどのようにつくられたのでしょうか。
応力図とは壁に力をかけた時の流れを表す図です。研究室のコンピュテーショナルデザインで扱うのですが、この曲線をいつか外壁に使えないかと思っていました。自然界の力の流れを表した曲線ですから、自然の真理のようだとも感じていたんですよね。ほぼ直線、曲線も楕円や円しかない一般建築でこの有機的な曲線が表せたら素晴らしいだろうな、植田さんの職人さんの技術ならできるかもしれないと思いをぶつけてみたら、本当に実現してもらえました(笑)。(隈さん)
湿気の多い日本で複雑な形状の屋根に鍛えられたがゆえの技術。これは難しいかもと思いながら要望を伝えると、何でもないかのようにクリアしてしまう。繊細で丁寧な細工に「こちらも欲が出てしまって」と隈さんは笑います。でも、職人さんを率いる植田さんからすれば、毎回が冷や汗もののやり取りです。
やったことのないことばかりで確かに大変でした。隈さんにいただいた図面に『こんなの絶対できん!』と思いつつも、とりあえず職人さんに叩いてみてもらおう、その繰り返し。板金屋人生の中で、一番ひたむきに板金と向き合いました。(植田さん)
30センチピッチで折りつけるガルバリウム鋼板は、サッシ周り、屋内の留め仕上げなど、1mmのずれも許されない厳しい仕上げ。完成品を見た建築関係者からは必ず「変態の域だね」と尊敬を持って言われるのだそうです。
金属は世界中で使うけれど、これほどの細工ができる職人がいるのは日本くらいじゃないかな。壁の細工はもちろん屋根のエッジの収まりも本当に美しい。どんな数寄屋建築にも負けないくらいの仕上げですよ。金属なのに繊細さがあるとか全体に透明感が生まれるとか、ちょっとした部分で全体の印象が変わるんです。そこを植田さんの技術に助けられました。(隈さん)
日本の小規模なものづくりのよさを再確認する
こうした細工も含め、双方が随時モックアップを確認し、精度を高めていった「小屋のワ」。こうした密な仕事の仕方は、隈さんが普段手がける大きなプロジェクトでは叶わないことが大半です。
でも、植田さんとは直に『こうすればできるかも』と言える関係なんです。つくる人と図面書きとの距離が本当に近い。こういう部分が日本のものづくりの最も重要な所なんだと再確認できた気がします。(隈さん)
もし直接お願いした自社製品でなく下請けだったとしたら、その労力と大変さにお断りしていたと思います。面白いものができるとわかっても、時間とコストが相当かかる。それくらい次元が違う、途方に暮れるようなご要望だったんです。ですがこれは自社製品です。私たちも少しでもいいもの、面白いものを発信したいとの思いがあったからこそ実現できたと思っています。(植田さん)
スケジュール調整の面でもかなりの苦労がありました。職人さんの技術が隈さんのものづくりの魂に着火したためか、設計2カ月、組み立て2カ月の計4カ月で完成する予定が大幅にずれこんでしまったのです。
壁のデザインがまったく決まらない。何パターンもつくってご確認をお願いするんですが、そのたびに『こんないいものができるならもっとできるのでは』と仰るんです(笑)。結局設計に3カ月半かかってしまい、その後の調整がとても大変でした。(植田さん)
と言いつつも、熱を入れれば入れるほどいいものができていくのが楽しくて仕方なかったと嬉しそうです。
「やわらかなデザイン」と私たちの暮らし
「小屋のワ」の化粧柱で利用されているのは、岡山で取れた檜の無垢材。隈さんが提唱してきた木造建築における「やわらかなデザイン」との繋がりが感じられます。
日本の木造の軸組建築は、ヨーロッパの石造建築やコンクリート建築に比べて非常にやわらかいものです。 細い木の柱や梁は、耐震性が富んでいる上に人が触ると親密な感じがあります。そういう木造の軸組建築は世界的にほぼ絶滅危惧種なんですが、日本にはちゃんと残っている。ですからこの文化を残し、さらに世界に広める気持ちでやっていきたいんですよね。(隈さん)
例えば、2020年開業の高輪ゲートウェイ駅の設計でも、一般建築でおなじみの10.5センチ角材を使ったり、空間やスケール感を調節して小屋にも通じる親密さを生み出しているのだとか。こうした隈さんの建築や暮らしに対する思いが一般の人に届けられるという意味でも、「小屋のワ」は大きな意義があると言えます。
無垢の檜を安価に準備するなんて、東京ではできないことです。これこそ、私がマイクロエコノミーと呼ぶ『地方の底力』であり、日本の潜在力だと思います。植田さんの地元岡山には、そのマイクロエコノミーの逞しさがとても感じられました。(隈さん)
小屋を通じて人々のライフスタイルを変えていきたい、との思いで作りあげられた木と金属の美しい空間。こうしたモバイルハウスは、今後の人々の暮らしにどのように関わり、影響していくのでしょうか。
人間の住まい方は今非常に大きな転換期に来ています。簡単に言えば、20世紀の工業化社会では都会のコンクリートマンションが中心でしたが、今後は人口が減って少子高齢化が進むので再び自然に戻ることになる。その時に最も面白いのが小屋なんです。小屋は自分を自由にする住まい方ですが、だからこそ『小屋のワ』のように開いたものであるべきだし、繋がれるものでなくてはならないのです。(隈さん)
今の時代、家では家族に気を使い、会社でも周りに気を使ってなんとなく自由になれないという人は多いはず。そんな人にこそ使ってみてほしいと語ります。小屋は自分だけの時間をつくり出してくれる安息所のようなもの。そんな空間で自由になる楽しさを幅広い世代の人に感じてもらいたい、とも。
将来的には小屋を使ったリゾートをやってみたいですね。今アジアではヴィラが流行りだけど、普通のリゾートヴィラでは物足りないはず。皆もっと自然に近づきたいと考えているだろうから、そういった人々を効果的な技術で喜ばせてみたいです。(隈さん)
「小屋のワ」は完成したばかりですが、隈さんの燃える小屋への思いは留まるところを知らない様子。植田板金店とのコラボレーション第2弾も目下検討中とのことで、今後の展開に目が離せません。
文 木村早苗
写真 関口佳代