「暮らしのものさし」では、ただ消費者として暮らしを営むのではなく、自分の暮らしをデザインする、“暮らしのつくり手”たちを紹介しています。※この特集は、SuMiKaとgreenz.jpが共につくっています。
2年ほど前、こちらの記事でご紹介した「つみき設計施工社」。「自分でつくることは豊かさの根本」、そんな想いから、住まい手参加型の設計施工を行っている代表・河野さんの取り組みは、多くの読者の共感を集め、この記事は2012年のGOOD IDEA of the Year!BEST [いいね!] 賞を受賞しました。
「暮らし」をつくることを仕事にしている河野さん。では、河野さんご自身はいったいどんな暮らしを送っているのでしょうか?
今回は、仕事ではなく、プライベートな暮らしに対する想いを聞くため、「つみき設計施工社」の河野直さん、そして奥様であり仕事のパートナーでもある河野桃子さんのおふたりの自宅兼事務所を訪ねました。そして、こんな問いを投げかけてみました。
「あなたの暮らしを言葉にしてみると?」
おふたりには、昨年7月にお子様が誕生したばかり。「つみき設計施工社」のおふたりの“暮らしのものさし”、彼らの等身大の言葉から感じてみてください。
仕事も暮らしも、ひとつの場所で。
千葉県市川市。JR武蔵野線、市川大野駅から徒歩15分ほどの場所に立つマンションの一室に河野夫妻の自宅兼事務所はあります。ベビーカーの置かれた入口を入ると、大きな重みのあるテーブルが置かれたダイニング、そして広々としたリビングが広がります。
この場所を中心として、扉一枚挟んだ部屋が「つみき設計施工社」の仕事部屋、もう一部屋は仕事のパートナーである夏目奈央子さん(なつめ縫製所)の作業部屋、その他の部分は赤ちゃんも暮らすプライベートスペース。赤ちゃん用品がところどころに置かれ、赤ちゃんの声が聞こえる空間からは、3人の暮らしの息づかいが感じられます。
ここで、河野さんご一家はどんな日常を送っているのでしょうか。
直 僕は、現場があるときは朝から晩まで出ているのですが、設計のときは、仕事部屋にこもってやっていて、ご飯は3食ここ(ダイニング)で食べます。でもそれ以外のときも、今はこの子が最高潮にかわいいので、隣の部屋で声がしたりすると、仕事部屋から出てきちゃいますが(笑)
桃子 この子がちょっと「ふにゃ〜」って言うと、すぐ部屋から出てきちゃう(笑)
直 出てくるでしょ(笑)今は仕事と暮らしの境目がほとんどないような暮らしをしているのですが、どうやって働くことと暮らすことを分けるか、というのは今の大きな課題でもあります。
1年前、ここに引っ越したことを機に自宅と事務所をひとつにして、さらに娘さんが産まれたことで、働き方・暮らし方を見つめ直しているように見える直さん。
一方の桃子さんは、それまで「つみき設計施工社」の仕事に100%の力で取り組んできたところを、妊娠して50%に、出産して10%に。仕事も暮らしも大きな変化のまっただ中にいます。
桃子 私は今は基本的に子育てをしているので、娘とここ(リビング・ダイニング)で生活をしています。今やっている仕事は、会計処理と、「つみきの学校」という木工教室。
会計処理の仕事をするときは娘をあやしながらリビングにパソコンを持ち込んで。「つみきの学校」も、娘を抱っこしながら、この場所でやっています。「つみきの学校」は、仕事というより、私にとっては暮らしの延長線上にあるので、事務所が一緒の場所にあるのはいいなって思います。
仕事も暮らしも、3人の時間がすべて詰め込まれた、3人の空間。赤ちゃんが産まれて間もない慌ただしさや戸惑いはありながらも、幸せな暮らしぶりを窺い知ることができます。
きっかけは“畑”でした。
そして河野ご一家の暮らしにとってもうひとつの大切な場所、それは家から徒歩10分ほどのところにある“畑”です。
実はおふたりがこの場所に引っ越すことになったのは、この畑がきっかけだったのだとか。
直 この近くに、20人ほどで共同でやっている大きな畑があるんです。僕らは3年ほど前からその畑に通い始めたんですが、代表の方が移住して、ここが空き家になっていて。「住まないか?」と声をかけてもらったのがきっかけでした。
毎月、みんなで収穫体験してご飯を食べるイベントもやっていて、当時は行徳に住んでいたので家から40分ほどかかったのですが、月に2〜3回くらいは来ていたんです。最初は誘われたから来ただけで、あまり乗り気じゃなかったんですけど、来てみたら二日酔いだったのになんだか気持ち良くなって(笑)
遠かったのに、気持ちよかったから継続できたんですよね。
桃子 もうちょっと畑に頻繁に来たいな、と思っていたときにそのお話があって。部屋はちょっと広いけど、いいな、って思いました。
「もっと畑に通いたい」。彼らをそんな気持ちにさせて、引っ越しまで決意させた最大の理由は、その畑に集まる“人”にあったようです。
桃子 そこに集まる人たちが今となってはすごくいい仲間で。子どもが産まれたときに「ベビーカーを探してる」ってポロッと言ったら、みんなで探してくれたり。結局、共同で出資して買ってくださったんです。無償の愛に溢れていて、あたたかい感じ。
直 子どもから高齢の方まで、面白い人たちがいっぱいいる。彼ら無くしては、ここに住んでいる理由はないですね。
そんな畑の仲間に導かれるようにこの地にやってきた河野夫妻。引っ越す頃には、桃子さんの身体に小さな命が宿っていることがわかり、住む場所も暮らしも大きな変化のときを迎えました。
でも、ここには既に仲間がいる。そんな気持ちが、ふたりの気持ちを後押しし、不安なく新しい生活をスタートさせることができました。
今では、週末に通うだけではなく、直さんは仕事の合間に畑に行ってリフレッシュしたり、畑があることが暮らしの中でとても大きいと感じているのだとか。
家があって、畑があって、大切な仲間がいて。都心に出るには1時間ほどかかる、決して便利とは言えない場所ですが、「その分、家での暮らしが充実した」と語るふたりの言葉に、今の暮らしに対する満足度の高さを感じます。
「つくる」「たよる」暮らし
お子さんと3人家族になり、新しい暮らしを模索しつつも楽しんでいる様子の河野夫妻。おふたりにとって、“自分らしい暮らし”とは、いったいどんなものなのでしょうか?
この問いに対し、直さんと桃子さんは、お互いの想いを確認し合うようにしながら、暮らしの中で大切にしていることについて、ゆっくりと語ってくれました。
桃子 「欲しいものはつくる」ことかな。このテーブルは直くんが大工の相良さん(相良工務店)と一緒につくったものですし、この離乳食用のスプーンは私がつくりました。この家の自給率はどんどん上がってる。つくったときの愛着とか思い出があるから、よく使うようになりますね。
直 そうですね、このテーブルはすごく気に入っていて、表面は何も塗っていないので、どんどんエイジングしていくし、娘がおもちゃを投げたりして傷がついても、もう一度カンナをかければきれいな表面が出てきますしね。長く使うものになると思います。
住まい手の方と“ともにつくる”をコンセプトにした「つみき設計施工社」の想いは、プライベートな暮らしにもそのまま息づいている様子。さらにお話を伺っていくと、どうやら「つくる」のはおふたりだけではないようです。
直 自分たちだけじゃなくて、このカーテンは今、事務所をシェアしている夏目さんが、リビングのテーブルはパートナーの相良さんがつくってくれたものです。
自分でつくったから思い入れが強い、というのももちろんあるんですが、夏目さんにつくってもらったとか、相良さんにつくってもらったとか、一緒につくったとか、そういう有り難いものに囲まれているという想いの方が、ぼくにとっては強いです。
自分たちの手で、そして身近な人の手でつくっていく暮らし。そんな直さんのお話に頷いていた桃子さんから、また新たなキーワードが浮かんできました。
桃子 つくってもらうこともそうですが、「人にたよる」ということを私は最近覚えてきたかも。ベビーカーもなくて困ってるということでも、言ってみることで仲間が増えるんだな、ってことを最近実感しています。
直 あ、そうだね。僕らがこう言っちゃダメなんですけど、頼るとそれを喜びに感じてくださっているな、という場面がけっこうあって。
桃子 夏目さんも、私が「つくって」って言ったら、すごく楽しんでやってくれるんです。
夏目 頼られるとうれしいですね。「じゃあ、すぐつくろう!」って思っちゃう。
桃子 私は今まで、割と自分で何でもやろうとしていたんですけど、妊娠・出産でできないことが増えて、頼れるようになった気がします。そのことで人をもっと信頼できるようになったし、「私も助けてもらってるから、助けが必要な時は言ってね」っていう関係ができる。
直 うん、「つくる」と「たよる」かな。自分で「つくる」、もそうだし、できないものは教えてもらって「たよって」「つくる」。そのつながり、その過程がとっても大事なのかな、と思います。
人が生きていく上で必要な根本のもの、食べるものとか、暮らしの中のものを自分の手でつくったり、仲間を集めてつくったり、僕らわからないものは教えてもらってつくったり、ということを通して、人とのつながりというか、信頼関係というか、人と人との一つひとつの関係ができている感じがします。それで、暮らし全体が形作られているようなイメージですね。
「つくる」、そして、「たよる」暮らし。様々な変化のときを経て、2人らしい暮らしのキーワードが見つかりました。
衣食住のうち、“住”は仕事、“食”は畑の仲間に教えてもらいながら勉強中。今度は“衣”についてもチャレンジしたいと言うおふたり。「つくる」「たよる」を軸としたふたりの生活は、これからも形を変えながら、育まれていきそうです。
長く続く仕事と暮らしのために。
おふたりにインタビューをしていてとても印象的だったのは、大切にしているキーワードが、仕事にも暮らしにも共通していること。暮らしの話をしていても、いつの間にか同じキーワードで仕事の話が語られている場面が多々ありました。
「つくる」は、もちろんなのですが、「たよる」についても、直さんはこんな風に語ってくれました。
直 僕が一度、去年の4月頃に身体をこわしちゃって。それまではひとつの仕事に全力を注いで、設計だけじゃなく施工の方まで入り込んでいっていて、それはとても勉強になったんですけど、心も身体もぼろぼろになってやってました。
でも、それをきっかけに「これを続けたらダメだな、働き方を変えなきゃな」って。この1年は、人に頼るところは頼って、想いを同じくする仲間と関係をつくっていくことに取り組んできました。
やっぱり長くいい仕事をしていこうと思ったら、そうやって丁寧に人との関係をつくっていくことかな、っていう当たり前のことをこの時点でやっと気付いたんですよね。
「長くいい仕事をしていきたい」。「今」に全力だった視点が長期的なものにシフトした根底には、やはりお子さんとの暮らしへの想いがありました。
直 2人だったら、今までのやり方で良かったんです。でも、彼女が妊娠して出産して、そういう働き方ができなくなってきて。そんな状況の中で負担が増えたら当然身体もダメになるし、責任ある働き方とは言えないですよね。
子どもが産まれて、働く理由が増えて、仕事に対する責任をより強く意識するようになって。「その場しのぎじゃない価値を提供していきたいな」という思いを抱くようになりました。長く物事を見るようになってきたんですよね。
暮らしの変化が仕事に対する意識を変え、それがまた、そのまま暮らしのものさしとなって。働くことと暮らすことの境目がなく、暮らすように働く河野夫妻の言葉は、どこまでも自然体。ふたりが積み上げている確かな暮らし、確かな生き方への手応えを感じさせてくれます。
「つくる」「たよる」河野家の暮らし、そして「つみき設計施工社」の取り組みが、お子さんの成長と共にどのように形を変えていくか、これからがますます楽しみです。
あなたの暮らしのものさしは?
インタビューを終えて、原稿を読んでくださった直さんからこんなコメントをいただきました。
いままで言葉にすることなかった曖昧な暮らしというものを、私たちの言葉を紡いでくださったことで、私たち自身が、「わたしたちはこういう暮らしをさせていただいていたんだ」と、感じるものでした。過ごす毎日への感謝の気持ちが湧いてきます。
何気なく過ぎていくように感じる毎日の暮らし。でも、それを言葉にしてみると、自分自身も気付かなかった、自分の中にある”ものさし”を発見し、感情が芽生え、そこからまた、自分だけの新たな暮らしが形づくられていくのかもしれません。
あなたの暮らしのものさしは?
一度ゆっくりとした気持ちで、自分自身に問いかけてみるのもいいかもしれませんね。