「暮らしのものさし」では、ただ消費者として暮らしを営むのではなく、自分の暮らしをデザインする、“暮らしのつくり手”たちを紹介しています。※この特集は、SuMiKaとgreenz.jpが共につくっています。
おいしい野菜を求めて、キャンピングカーに乗って旅する2人。そう聞けばどこか映画『イージーライダー』の自由な雰囲気すら彷彿とさせますが、彼らは八百屋、屋号は「ミコト屋」。
若くてお金持ちでない人でもオーガニックでおいしいものを食べられるようにとの思いから「青果ミコト屋」を立ち上げ、自然栽培による野菜を、買いやすい価格で販売しています。
実際に農業を経験した2人だからこそ、一般的な野菜の流通とは違った仕入れ方、売り方を追求。どこへでも車を走らせるパワーと、生産者、消費者への細かい気配り、その両方をあわせもち、今年で創業から4年目。全国の生産者とのネットワークも広がっています。
ミコト屋とは、何者か?
お付き合いしている生産者は北海道から奄美大島まで100軒近く。まず生産者のもとへ出向き、信頼関係をつくった上で仕入れをする。青果ミコト屋(以下、ミコト屋)では、主に自然栽培による野菜を、地元青葉台や、イベント出展で出会ったお客さんに宅配で届けています。移動仕入れ、移動販売のユニークなスタイルが注目され、最近ではさまざまなイベントにも引っ張りだこ。
そんなミコト屋の売りは、オーガニックな野菜や果物の値段が比較的手頃なこと。
鈴木さん もともとオーガニックというと、どうしてもお金のある人が買うもの、というイメージがありました。
若い頃は特に、洋服にはお金をかけても、食べることって毎日のことだからつい安く済ませてしまいがちですよね。でも人生をつくっている日々の食事をおざなりにするのはハッピーじゃない。だから少しでも、若い人たちに気軽に買ってもらえるおいしい野菜を売りたいと思ったんです。
一見寡黙でクールな山代徹さんと、エネルギッシュで人を惹き付ける話力の持ち主、鈴木鉄平さん。2人はもともと同じ高校の同級生。それぞれサラリーマンとして働くなかで仕事に疑問を感じ、数年間農家で修業をつんだ後に、今の仕事へ。その修業期間中に感じた、野菜の流通の仕組みへの違和感が、2人を八百屋になる道へと導きます。
鈴木さん 例えば、朝4時に起きて、市場にトウモロコシなど持っていくじゃないですか。ばっと箱を開けて、見てもらえるのは一番上の1〜2本。少しでも色が悪かったりサイズが小さいと、ああこれは駄目ってはじかれる。驚くほど安い価格になってしまうんです。
自然栽培なので形が悪いものも多い。でも甘くておいしいトウモロコシで、僕らは毎朝生でかじっていたほどなのに、何でだろうって。収穫してそこまで持っていく手間や運賃を考えると、持っていかないほうがいいくらいなんですよ。
収穫もしないまま、つぶしてしまう畑もあったと言います。苦労してつくられた野菜も、お客さんに食べてもらわなければ、農家はやっていけない。でも栽培をしながら流通開拓をするのは容易ではない。それなら自分たちみたいな人間が、自分たちなりのやり方で流通をやってみたらどうかと考えるようになりました。
旅する、八百屋
いま2人は年に何回か、ミコト屋号というキャンピングカーで、日本全国を旅してまわります。もちろん自分たちの目で確かめて野菜を仕入れるためですが、何より生産者と会って言葉を交わし、関係をつくることが一番の目的。知人のツテで農家を訪ねていくこともあれば、偶然旅先で素敵な出会いがあることも。
「僕たちは、生産者と消費者の仲人(なこうど)のようなもの。まずは農家のことを知らなければ、お客さんに伝えようもありません」と仕入れ担当の山代さん。
山代さん かなりの頻度で、農家さんには電話を入れるようにしています。声を聞けば体調もわかるし、野菜の状態をまめに教えてもらうこともできる。
こちらが無理を言うこともあるけれど、向こうからもある野菜が大量に余っていて何とかならないかと、相談をもちかけられることもあります。それは信頼された証。売り先の見込みがなくてもまずは仕入れてから頑張ったりして、お互いさまの関係でやっています。
オーガニックにこだわりずぎず、お洒落に
2人が八百屋を始めたときにまず考えたのは、自分たちのように若くてお金のない人でも買える自然栽培の野菜を売ることでした。振り向いてほしいのは、感度の高い若者。
鈴木さん 販売しているものが野菜なので、そのまま売ってしまうとどうしても土臭いイメージになってしまいます。だから販売の仕方やロゴ、パンフレットのデザインなどには気をつかってきました。
そしてもうひとつの気配りは、自然栽培の野菜を扱うといっても“オーガニックにこだわりすぎない”こと。
鈴木さん 僕自身、ヒッピーやビーガンなど、一度はそういう精神世界にどっぷりハマった時期があったんです。でも同時に、そういう世界は、多くの人にとって自分とは関係ないと思われがち。それでは意味がないんです。
普通の人たちに手に取ってもらえない限り底辺は広がらない。僕たちがオーガニックに対して完璧主義になるとお客さんも来づらいですよね。時々はジャンクなものだって食べますし。その辺りは敢えてゆるく、排他的な雰囲気をつくらないように心がけています。
この姿勢は、生産者や生産物に対しても同じ。
山代さん 例えば、そこにあるグレープフルーツは、昨年まで有機で栽培されていたものです。でもどうしても農繁期に作業が重なって、今年は一度だけ農薬を使ったと言われたんです。その時点で有機ではないのだけれど、信頼している生産者なので今年も置いています。
こだわりはあるけれど、自然体で無理のないやり方。彼らの生き方そのものを表しているようで、これがミコト屋の人気の秘密なのだろうと思いました。
移動することと、定住すること
そんな2人も、人並みにお金を稼ぐことを目指して、サラリーマンとして頑張った時期がありました。営業として必要ないものを売って、周りの同世代よりは稼いでいたという(経済的な面では)“人生の絶頂期”に、仕事内容に納得できなくなり、退職。
時を同じくして仕事を辞めた鈴木さんと山代さんは2人で旅に出ます。そこで出会ったネパールの人々の暮らしに、心が動いたと言います。
鈴木さん まず働き方が気持ちよかったですよ。夜明け前から働いて、日が沈むと7時には消灯して。ああ幸せって金じゃないなって思いました。
この時の経験から、好きだった旅と食べることに関わる仕事がしたいと、農家で2年間修業をしたのち、数年間の準備期間を経て、今の仕事に。
旅が大きな転機となった2人ですが、今の仕事のスタイルも「移動」がキーワード。その良さを、こう話してくれました。
鈴木さん 定住して一つの場所に居続けると、どうしても受け身になりますよね。例えばお店があると自ずとお客さんを待つことになるけど、移動していれば自分から新しいお客さんに会いに行くことができます。行く先々に面白い人がいて、刺激を受けたり。
でも、やっぱり拠点となる場所は大事です。僕たちも初めは地元の人たちに育ててもらったようなものですから。これからはこの地域のお店と連携することも考えていきたいんです。
今、ミコト屋は横浜市青葉区の鈴木さんの自宅の一部をオフィスとして活用しています。2人の生まれ育ったこのエリアが彼らの本拠地。近所の公園で販売していた頃から、応援してくれているお客さんがたくさん居ます。今も、近所の人たちには、2人が直接野菜を届けているのだとか。
そんな2人の暮らしのものさしとは?
ミコト屋では、届ける野菜がどんな農家でどんな風につくられているのか伝えることを大切にしているように、自分たち自身も「人のぬくもりを感じられるものに囲まれていたい」と話す2人。
鈴木さん 例えば、このシャツも古いものをリメイクしてもらったものだし、このパーカーは知人がつくったもの。ものの先に人の顔が見えるような、安心感のあるものに囲まれて暮らしたいですね。
毎日の食卓に並ぶものも、このきんぴらはお隣さんからのお裾分けで、このみそ汁はおばあちゃんの手製の味噌、この野菜は誰がつくった野菜だよ、と。いまスーパーで買い物すると、そういうことが何ひとつわからないですから。
山代さん 僕も身近にあるものがすべて、自分のわかるものにしたい。このエプロンも知人がつくってくれたものだし、服も友人の店のもの。そんな自分らしくあることを、もっと自然にできるようになりたいですね。気付けばそうなっている、みたいなこと。
顔の見えない誰かがつくったものをただ消費するのではなく、ああこれは誰のつくったもの、あの人にいただいたもの、と思うだけで、その時間が豊かであたたかいものになります。食べ物もそうだし、食器や家具や、服もそう。
過ごす時間の質がぐっと変わる。生き方を見つめる中で、もう何年も前にそのことに気づき、実践してきたのがミコト屋の2人なのかもしれません。
(Photos:SHINSUI OHARA)