「暮らしのものさし」では、ただ消費者として暮らしを営むのではなく、自分の暮らしをデザインする、“暮らしのつくり手”たちを紹介しています。※この特集は、SuMiKaとgreenz.jpが共につくっています。
前回こちらの記事こちらの記事でご紹介したのは、雨水や太陽熱、風の力など身近にある力をつかって快適に暮らすための設備をもった家、エクセルギーハウスです。
ところが、「仕組みを取り入れればすぐに心地よい居住空間が得られるわけではない」と設計者の黒岩哲彦さんは話します。家の建つ場所、地形、風の向き、日照などさまざまな環境によって、活用できるエクセルギーも異なるのだそう。
ちょうど我らがグリーンズ代表 / Co編集長の鈴木菜央さんが、最近トレーラーハウスを購入したばかり。「どんなふうにエクセルギーを取り入れた家づくりができそうか黒岩さんにヒントをいただこう!」と、お話を伺いました。黒岩さんの提案は、私たちの想像の域をはるかに超えていて、エクセルギーの可能性に目からウロコでした。
身近にあるものをエクセルギーとして活用する
鈴木菜央(以下、菜央さん) エクセルギーの本、読ませていただきました。(黒岩さんの著書『エクセルギーをつくろう』のこと)とても面白かったです。隣にあるものを役立ててうまく循環させるエクセルギーの考え方って、自然界と同じですよね。生態系のようにすべてがつながっていて。
黒岩さん まさに、そうです。私のいうエクセルギーとは、そういう自然の現象のように、身近に散らかっているものを集めて役立てて、また隣に役立つようにと連鎖させていくもの。
肝心なのは、隣に役立つように散らかすってことなんです。プラスチックをつくってそれをリサイクルするためだけに膨大なエネルギーを使うような、独立した循環とは違います。
菜央さん 僕もなるべく自分たちの暮らしを、自然の循環のなかの輪のなかに入れていきたいという思いがあって。数年前に都内から千葉県のいすみに引っ越しをしたんですが、実は最近、土地と35㎡のトレーラーハウスを手に入れたんです。
黒岩さん ほぉ、なるほど。
菜央さん そこで「小さくて大きな暮らし」を目指していきたいと思っています。「小さい」は家のサイズ、ローン、将来への不安。「大きい」は家族友人との時間、地域のための活動の時間、将来の楽しみです。特に、暮らしの中で持続可能でないエネルギーからどのくらい卒業できるのかを実験してみたくて。自家発電を少しずつ始めていて、今はパソコン、インターネット、読書灯などで10%くらいオフグリッドになっています。今はどんなことができるのか? さまざまな方に聞きながら、ひとつずつカタチにしている最中です。
黒岩さん なるほど、いいですね。私は十数年前、40代のときに福島県会津郡にあった舘岩村というところに入って、村の人たちと一緒になって村の新エネルギービジョンをつくったことがあります。
本当に村に必要なエネルギーはどれくらいで、地域にある自然エネルギーでどれくらい代用できそうかを検討してみよう、ということを一からやってみたのです。今の菜央さんの話と同じです。
まず村で使われる石油の量を調べました。とってもアナログですが、石油を売っているお米屋さんに行ってその帳簿を借りてきて…とやるわけです。
菜央さん なるほど。
黒岩さん 全部でどれくらい石油や電気が使われたかを把握する一方で、どんな自然エネルギーがあるかを探しました。
雪、風力、温泉排熱やバイオマスなど検討した結果、雪の冷熱を夏まで取っておく仕組みをつくって夏の温泉脱衣室の冷房に用いたり、役場でのバイオマス暖房を成功させ、源泉温度の低い温泉水を、川の流れで回る水車で電気を起こさずにあたためる検討などを進めました。
その結果、村は自然エネルギーで自足できることがわかったんです。でも同時に、一人一人がもっと身近に自然の力を活用できるようにならないと、本当の意味で個人が豊かにはならないと気付いたんですね。
菜央さん 村や地域という単位でエネルギーを変えていくことも大事だけど、一人ひとりの動きも大事ということですね。
黒岩さん 最近の家は、3年くらいの流行に合わせて企画されるでしょう。太陽電池が流行っているからのっけよう、とか。そういうサイクルで家が商品化されていくと、本当に自分の暮らしにとって何が必要で何がそうでないのか、住まい手にはよくわからなくなります。
エクセルギーハウスとは
菜央さん なるほど。そういった課題意識から、エクセルギーハウスをつくり始められたのですね。
黒岩さん 第1号は、1999年の「涼の家小金井」です。その頃はまだ天井冷放射パネルだけで、太陽熱温水暖房の仕組みはありません。
その後いくつかの実験棟や「涼の家吉祥寺」を経て、2007年に、実現したいと考えていた仕組みをほとんど導入した「エクセルギーハウス横浜」が完成しました。この時に、太陽熱の温水煖房の仕組みも加わったんです。
その後、我孫子、伊豆、川越、府中など、12軒のエクセルギーハウスをつくったことになります。今年もまた、工事中や計画中のものを合わせると、8軒ほどに携わっているところです。
菜央さん エクセルギーハウスを建てるのは、どんな方が多いのですか?
黒岩さん やっぱり菜央さんと同じように、暮らしを見直したいという方も居ますし、夏は涼しく冬は暖かい快適さに惹かれたという方もいらっしゃいます。でも、この家の設計は住人の暮らしに深く関わるので、建築の過程に積極的に関わって下さる方がほとんどですね。
菜央さん 普通の家を建てるのに比べて、予算的にはどうなのでしょう。
黒岩さん 一般的なハウスメーカーで家を建てるのに比べると、やはり少し高く感じるかもしれません。予算については考え方が二段階あって、ひとつは建物の基本的な体質をしっかりすること、もうひとつがエクセルギーの設備を加えることです。
ここでいう体質とは、遮熱、断熱、排熱、排湿、蓄熱、蓄湿、通風、空気浄化などです。でも家全体ではなく、一部だけにエクセルギー設備を取り入れることもできるので、改修する空間を小さくして予算を抑えることはできます。ビオトープだけ入れたいというオーダーもありますし。
エクセルギーいろいろ
菜央さん はじめは、散らかっているものを集めて活用すると仰っている意味があまりぴんとこなかったのですが、実際にモデルハウスを見せていただいて、なるほどと思いました。太陽熱を集めて、雨水を集めて、そこに熱を吸収させてまたゆっくり家に散らしながら煖房する例など、まさに「集めて散らかす力を活かす」ですね。
黒岩さん 冷房、暖房、給湯の仕組みは、エクセルギーハウスの大切な三本柱で、「雨デモ風デモハウス」にある設備は、どこにでも使いやすい普及版としてつくったものです。
でも、エクセルギーとして活用できるものはそれだけじゃなく色々考えられます。住む人の暮らし方や環境によってさまざまです。
菜央さん 例えばどういったことですか?
黒岩さん エクセルギーハウスでは、まずその土地にある自然の営みの中から、生かせるものを発見して生かすのです。冬は、陽をうまい具合に取り込み、夏は遮ります。
風も、夏は通しますが、冬は建物に当たりにくくします。吹き抜け、階段、玄関に至るまで、湿度と温度が、自然に調整される建物をつくるのです。その結果、冬は陽が部屋の奥まで差し込み、室内を通り抜ける風によってキッチンの食器が自然乾燥しやすくなるなど、住む人の暮らしや環境と調和させています。
菜央さん 風や太陽光を、煖房とはまた違った形で利用しているんですね。
黒岩さん 住人の生業によって、さまざまなエクセルギーが考えられる場合もあります。
最近、若い就農者との出会いも増えています。農業に関わっていれば、堆肥が必要です。屋外に散らかっている堆肥からの発熱を、暖房として使うこともできます。微生物も含めて身の回りの生き物の営みから、生かせるエクセルギーを見つけるのです。
暮らしのなかで散らかっているものを集めて活用して、また隣に役立つ形で出す。これがエクセルギーの基本の考え方です。
菜央さん 自然の循環のなかにあるものを、人がちょっと借りて、また循環できる形で戻してあげるということですね。
自然にあるものだけではなくて、人が出すものも活用できる、と仰ってましたよね。
黒岩さん そうです。人が一人居れば、その体熱で3〜4度は気温が上がります。湿度もそう。今考えているのは、牛の体熱を利用した床暖房です。
まだ開発中ですが、床下に牛を飼うことでかなりの煖房効果がある。臭いなどの課題を解決して、快適な形で導入できるようにするのが、僕たち建築家の仕事です。
鈴木菜央さんの新しい家の話。エクセルギー視点からのアドバイス
菜央さん ひと家族が暮らすとなると、家にはいろんなものが入って出ていきます。それをなるべくスリムにしていきたいと思っていて。
買い物を減らせばゴミを減らすことにもなるし、支出が減れば、仕事を減らせて家族との時間を増やし、地域のことにもっと時間を使えるようになるかもしれない。暮らしのダウンサイジングをして、周りとの交流を増やして地域の活動につながっていくようにしたいんです。
黒岩さん うん、すごくいいですね。
菜央さん そこで、黒岩さんにご相談したいのは、例えば熱の問題。冷房や暖房はどうすればよいか。それにここのような水路をつくるとしたら、排水も台所排水にとどめておいたほうがよいのか…など疑問はたくさんあって。
黒岩さん それもありますが、まずは、貯めた水をいったい何に使うのか。どうやって集めてどう貯めるのか。それを考えることでしょうね。エクセルギーとして活用できそうなものに、何があるのかを探る。そこは、どんな土地ですか?
菜央さん 平地です。(図面を見せながら)隣が空き地で、敷地は75坪くらい。
黒岩さん なるほど。両隣の家はどんな家なの?隣の人たちとは仲良くできそう?
菜央さん はい、できると思います。普通の二階建て。こっちは別荘で、普段はあまり居ないみたいですね。
黒岩さん まずひとつ、提案できるのが、隣の家に行って、樋(とい)を使わせてもらえるように頼んでみることですね。
菜央さん とい?
黒岩さん そう、雨樋(あまどい)。お隣で雨水を集めさせてもらうの。
菜央さん おーー、なるほど。
黒岩さん 実はこれ、エクセルギーを考える上でとても大事なことです。公共というと、日本ではすべて行政のやることになってしまうのだけれど、本来は隣近所で組み立てていってもいいものなんだよね。
これを自分たちなりの方法でルール化することが大事。例えば、お宅の雨水をこっちにもってきて畑にお芋をつくりました。だからお芋をシェアしましょう、とかね。
菜央さん それは考えなかったなぁ。文字どおり、隣にあるものを活用するってことですね。
黒岩さん 仕事は、何をやるの?
菜央さん 基本は今までどおり、グリーンズの仕事、デスクワークです。今も週に1日半は自宅で仕事していますが、できたらそれを増やして、地域での活動もできるようにしたい。
黒岩さん その場所で住人が何をするかによっても、必要なものや出るものが変わります。畑を耕すなら当然堆肥が必要だし、廃油、生ゴミ、いろんなものを活用できます。雑草も出てくるし、収穫するものも増えるだろうし。
菜央さん そういうことですね。今も、地域にオーガニックファーマーを増やそうという活動をやっていますし、子どもの食育のためにも鶏は飼いたいと思っています。この場所を地域の人におもしろがってもらって、常に改良が続けられているような拠点にしたいんです。
黒岩さん つまりね、今は70坪くらいの土地かもしれないけれど、菜央さんの活動領域が増えていくほど、関わる範囲という意味では、一年後に2ヘクタールにも3ヘクタールにもなるということです。
菜央さん 確かに!その視点はなかったです。今、近くの薪ストーブユーザーが集まって、手入れの必要な近隣の山に入ってみんなでチェーンソーで手入れをして間伐材を薪として分け合っているんですが、これって、まさにその考え方に近いですよね。
黒岩さん そうです、どんどん広がります。考える時には自分のところの敷地に狭めない方がいい。できたら、30年後くらいまでを見据えて、こうなるといいなというビジョンを描くといいですよ。私もクライアントとは必ずそういう話をします。
菜央さん いろんな可能性がありそうですね。
黒岩さん まずは、その土地に立って愛情を注ぐことです。観察会をやったらいいですよ。どこから陽がのぼって、どこから風が吹き、鳥の声が聞こえるか。そんなことをわかった上で、何がどう活用できそうかを考えるのです。
菜央さん もっと広い範囲で見ないとってことですね。さっそく観察会をやってみたいと思います。黒岩さんもぜひいらしてください。今日はありがとうございました。
(対談ここまで)
電気をなるべく使わずに、“雨水や風の力など、そこにある資源をそのままの形で利用する”という新しいタイプの家、エクセルギーハウス。さらに、自分の敷地内に限らず、もっと広い範囲で“隣にある資源を生かす”という視点を教わりました。
あなたの家の周りにも、生かせそうなエクセルギーはないですか?
菜央さんはさっそく、探し始めることにしたようです。