「好きに暮らすってどういうこと?」。建築家は家の設計を通して、この問いかけの解を住み手と一緒に探します。
そんな建築家自身の住まいにおける「好きな暮らし」を覗いてみましょう。
建築家自らが「好きに暮らそう」を体現した「自邸のお気に入り」を紹介する本企画「建築家の棲み家」。第5回は高橋正彦さんです。
佐賀・高橋設計室の高橋正彦です。
湘南で住宅を中心に設計活動をしています。光と風があふれる、おおらかで気持ちのよい空間を提案しています。自宅は12年ほど前に鎌倉に建て、いまはその家に家族3人で暮らしています。
いまから20年以上前、僕の勤めていた設計事務所は東京にありました。しかし、その後事務所が藤沢に引っ越し。もともと湘南地域の仕事が多く、現場や事務所に通ううちに、東京から近いにもかかわらず、緑も多く、大好きな海もあるこの地域が気に入り、いつかこの場所に住みたいと考えていました。
昔から知らない場所をぶらぶら歩くのが好きな僕は、自宅が建つ場所も現場監理の帰りにひとりで歩いていた時に偶然見つけた土地でした。当時は周りに緑も多く、海にも近い落ち着いた場所で、実際に土地が手に入る前からワクワクしながら計画を練った事を覚えています。
ちなみに、現在の家に住むようになり、大きく変わった事は生活のスタイルが朝方になった点です。というのも建物の東と南に大きなハイサイドライトがあり、そこから自然の光がふんだんに入りますので朝、日の出と共に目を覚まし、活動するようになりました。仕事も午前中の静かな時間に集中してものを考えられるので、効率も良いようです。
この家の設計当時、プランニングの最初の段階から考えていた事は、『自然の光と風をたくさん取り込み、外部と内部のつながりを大切にしたい。できるだけ開放的に、一日の時間の変化や季節の変化を感じられる家にしたい』ということでした。
最近では、空調設備等により一年中快適な室内環境が得られますが、やはり自然な光と風の心地よさにはかないません。
もともと空調が苦手な家族でしたので、湘南という比較的温暖な地域という事もあり、家にはクーラーを設けませんでした。敷地も海の近くなので、午後からはオンショアの風(海から陸にむかって吹く風)が強まってきます。そのため窓の位置も風が抜けるように考えて設計し、夏の暑さのなかでも窓を開け放ち過ごすことにしました。
とはいっても、真夏のハイサイドからの強い日差しはやはり応えますので、夏場は吹き抜け部分に布をかけることになりました。
夏の始まりと共にはしごを使って、吹き抜けの部分に自分で布を張り、夏が終わった頃にまたはしごを掛けて布を外す。もう何年も続けているこの仕事。
もう少し簡単で効率の良い方法も有るのかもしれませんが、季節の変化に敏感でいられますし、何より自分の手を使って室内のしつらえを変える事は、生活をとても豊かにしているような気がします。
はしごを使って吹き抜けに布を張る、なんて大変なことでなくとも、季節の変化に合わせて、ソファーの位置を変える、カーテンを変える、クッションのカバーを変えるなどの簡単な方法でも季節を感じる事はできると思います。
先日、夏の初めに僕の自宅に遊びに来た友人が、吹き抜けの布を見て「もう夏だなぁ」と言った時は思わず笑ってしまいました。
毎日の生活は雑事の積み重ねのような部分があります。
しかし、その中で負担にならない範囲で自分の手を動かして生活していく。また、その事を楽しんでいく。それによって見過ごしてしまうような季節の小さな変化にも敏感に気がつく事ができるような気がします。そして、なにより自分の手を掛けた分だけ、自分の家が好きになっていくような気がします。
Text&Photo 高橋正彦/佐賀・高橋設計室
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