MORISH DESIGNの「9帖(6帖)の小屋」は、ライフスタイルアドバイザーの友枝康二郎さんが提案する商品。友枝さんは、20代後半に八ヶ岳の土地を購入し、10年以上の2拠点居住を経て2011年に完全移住。現在は八ヶ岳移住を考える人に暮らしや建築プランの助言を行っています。今回は、そんな活動から生まれたという「9帖(6帖)の小屋」について伺いました。
母屋にプラスする「究極の小屋」と
移住のきっかけとしての小屋
小屋の定義は制作者ごとにさまざまですが、友枝さんの場合は2種類に分けられると言います。
まず母屋がある上で建てる空間だけの小屋。水周りはありませんが快適さを追求した『究極の小屋』です。もう一つは、移住を考える人が週末に楽しむ場としての小屋。水周りもあって最低限の生活ができます。若いうちは2拠点生活の基点として、移住後に母屋ができた後はゲストルームとして活用できるので無駄もありません
この「MORISHの小屋」が生まれたのは、実は母屋のリフォームを手がけた登山ガイド・恩田真砂美さんからの依頼がきっかけでした。自ら建てるつもりで暖めていたプランを伝えると、「まさにそれ」と話がトントン拍子に進み具体化したのだそう。
つくる時にまず考えたのは『禅の心』。座して半畳寝て一畳って究極の住空間だなと思ったんです。それから部屋では後ろの壁までの距離より目に入る左右の抜けが重要だと気づいたので、この二つの要素を組み合わせて横長の長方形にしました。ですから畳1帖の長辺が奥行き、畳6帖を縦に並べた距離が横幅になっています。広さは10平方メートル以下ですが狭く感じないですよね
ミニマムな空間だけに掃除も簡単で暖房も効きやすくあります。ちなみに恩田さんは、完成後に小屋だけで生活を完結できるようにと、上下水道につながない3帖のキッチンとバイオトイレのスペースを増設されています。いずれは電源もソーラーに変える予定で、楽しみながらオフグリッドの生活を目指しているそう。
他にも、最初から水周りがついた9帖の小屋、縦横を倍にして4人用にした母屋などもあるとか。シンプルな形状だからこそ可能な多彩な展開ができるのでしょう。
日本人だからこそわかる小屋の魅力
小屋の魅力って日本人ならではのものだと思うんです。昔は四畳半にちゃぶ台を出して食堂、布団を敷いて寝室、片付けて応接間…とミニマムな空間をいろいろに活用して暮らしていたわけですからね。その後アメリカナイズされて団地や豪邸至上の思考に変わりましたが、今はその揺り戻しの時なのかもしれません
事実、他の別荘地では多くの巨大なサマーハウスが空き家となり、過疎化が進んでいるそうです。しかしその一方で、定住者の視点や経験が活かされた「MORISHの小屋」は大人気。今も助言や相談に来る人が後を絶ちません。
いらした方々の要望やビジョンをじっくりとお伺いします。明確で具体的な思いをお持ちの方であれば、次の段階として土地購入をお薦めします。小屋にしろ母屋にしろ、まずは現実に夢を描くキャンバスが必要なので
今までの田舎暮らしは、定年後など資金を貯めた後に行うのが一般的でしたが、友枝さんはそれを薦めません。なぜなら、天候や環境に慣れる体力、コミュニティに溶け込む時間などそれなりに準備が必要だから。だからこそ、若いうちに土地を購入して小屋などの小さな規模から始めるのがよいのです。
移住や小屋暮らしを実現させるポイントは何かとよく聞かれるのですが、とにかく『勢い』。考えすぎる人は絶対に実現しませんね。土地は出会い。相性も大きいだけに、自分の閃きを素直に信じて動ける人がここでの生活に向いていると思います
ビジョンや妄想を詰め込んだ
オーダーメイドのデザイン
土地を購入すると一気に現実味が感じられるのか、「まだまだ先」と話していた人も具体的な建築相談に進む場合が多いようです。
嬉しくて妄想が止まらないんでしょうね。みなさん予算の1.5〜2倍の内容で来られるので、まずは「その予算では無理です」と諭すことから始めます(笑)。でもそれでもハウスメーカーのような予算優先のプランは出しません。まずは夢そのままのプランや見積もりをつくり、その差を埋める形で調整していくんです。それだけに大変ですが、一番楽しい部分です
普段から「自分がもう一軒家を建てるなら」という視点でデザイン。それだけに建築プランも柔軟で自由です。その中で小屋は、友人と呑んだり作業をしたり、音楽を好きに楽しみたい時に籠もる場所、という位置づけなのだそう。
僕の場合はこのエアストリームですが、みなさん小屋の気楽さと巣ごもり感に惹かれるんでしょう。子ども時代の基地ごっこの進化版というか。別荘と聞くとお金持ちの物の印象ですが、こう聞くとグッと身近に感じますよね。車一台の費用で買えるものだし、仮移住の前哨戦感もある
デザインのポリシーは、「マンツーマンで要望を可能な限り実現しよう」。だからなのか、規模も形も内装も含めて同じデザインの家は一つとしてありません。
僕が純粋な建築家ではなくデザイナーだからかな。とにかくデザイン優先で、構造などはあとから一級建築士に考えてもらいます。それから意識するのは寒冷地仕様であること。例えば、高原区域だと暖かさを保つ上で西日の扱いや南壁の設えが重要ですが、町にある工務店ではその辺の様子がわからないんですよね。西側に窓を開けたい、南を全面ガラス張りにしたいと頼むと、最初のうちはいつも『なんで?』と怪訝そうな顔をされました(苦笑)。今では理解して社長さんも面白がってくれるし、職人さんも最高の仕事をしてくれますけどね
一番の嬉しさは、
お客さんの喜ぶ顔と良い家ができること
建設が始まると、日々現場を訪れて進捗や設えの細部を確認するなど、細やかに気を配り続けます。「どうしてそこまで?」と聞かれながらも、お客さんが喜んでくれることやよい家が建つことこそが喜びだから…と笑う友枝さん。今の仕事は自然発生的に生まれたものであり、自分を支持してくれる人たちがいてくれたからこそだ、とも。
うまくいかないこともありますが、2年前に尋ねてくれた方が先日土地を買ってくれたり、撒いた種が今少しずつ広がっているのかなと。そう思うと活動がムダではないと思えて嬉しいですね。そもそも、2拠点生活をしていた頃に『こんなに面白いなら情報をお裾分けしたい』とブログを始めたことが、この仕事のきっかけでしたから
今では425区画のうち50区画が友枝さん経由で土地を購入。うち20区画には住宅も建設済みです。夢は、移住組のコミュニティをつくって楽しく暮らすこと。本当はこの区画を全部MORISHの小屋にできたら…と語りつつ、別の視点でも地方移住の重要性も教えてくれました。
移住は減災にもつながるんですよ。東京でいつ大きな地震が起こってもおかしくありません。ご家族がこちらにいれば安心ですよね。何か起こってもご主人一人ならどうにかできるじゃないですか
インターネットも充実し、宅配も翌日には着く時代です。だからこそ、職種や仕事の手法も含めて考えてみてもいいのでは、と。
…とはいえ、最終的には移住は本人の心次第ですけどね。いろいろなことは一旦横に置いて、何度か遊びに来るうちに『気持ちいいから住みたいね』という流れになる形が一番なのかなと
八ヶ岳のキャンバスに描く夢の第一歩。友枝さんが提唱する小屋は、人生を自分のために楽しくデザインするための存在と言えそうです。
Text 木村早苗
Photo 砺波周平