「暮らしのものさし」では、ただ消費者として暮らしを営むのではなく、自分の暮らしをデザインする、“暮らしのつくり手”たちを紹介しています。※この特集は、SuMiKaとgreenz.jpが共につくっています。
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みなさんは、本業以外に何か別の仕事をしたいと思ったことはありませんか?
自分の得意なことや興味のあることに沿った、仕事と趣味の中間に位置する小さな商い。そんな「小商い」を営む働き方が、この数年で注目を集めています。
フリーランスで店舗設計やデザインなどを請け負うチョウハシトオルさんの小商いは、つぼ焼き芋。毎年11月中旬から3月末までの月曜と木曜、「やきいも日和」という名前のお店を神奈川県の大磯町で開いています。
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「焼き芋家」「デザイナー」ふたつの肩書きで働くチョウハシトオルさん
2008年に立ち上げた「やきいも日和」は口コミでじわじわと評判になり、いまではイベントに出店するとすぐに売り切れるように。知名度が高まるにつれて、チョウハシさんへの仕事の依頼も増えていったといいます。
焼き芋を売った先に、こんなにいい人間関係や仕事が待っているとは思ってもみませんでした。「面白いな」と思ったものには挑戦してみるものですね。
そう話すチョウハシさんに、小商いの魅力と、続ける中で深まっていった暮らしや仕事の価値観を伺いました。
“自己紹介ツール”として始めたつぼ焼き芋屋
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つぼ焼き芋とは、特製のつぼに蓋をして、練炭の熱と壺からの遠赤外線でじっくりと蒸し焼きにしたサツマイモのこと。外は香ばしく中はしっとり、皮まで美味しく食べられることが特徴です。戦前はこのつぼ焼き芋が主流でしたが、時間と手間がかかるため、効率の良い石焼き芋に取って変わられました。
サツマイモのシーズンになると、チョウハシさんは毎週月曜と木曜にJR東海道本線大磯駅から徒歩5分ほどの場所にある“ソーシャル雑居ビル”ことOISO1668の軒先でサツマイモをつぼ焼きにして販売します。休日は地元で開かれる朝市「大磯市」に出店。通販も行っています。
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シーズンになると、細い路地につぼが並びます。
そんなチョウハシさんですが、元々は東京のインテリア事務所で設計の仕事を行っていたそう。しかし、あまりの激務に「これは体力的に続けていくのは難しい」と退職。1年ほど中国の設計事務所で働いた後、帰国して地元に戻り、フリーランスとして活動していくことを決めました。
また就活して誰かに雇われて、という暮らしが想像できなかったんです。そこに労力をかけるなら、自分で仕事をつくる力を身につけたほうがいいと判断しました。
ただ、最初は友人からのちょっとした依頼しか来なくて。「地産品のデザインを手がけたい」という気持ちもあったので、地元と関わることができて、実績にもなる小商いを自分でやってみようと考えました。
“忘れ去られていきそうな魅力的なものや文化に再び光を当てること”にも興味を抱いていたチョウハシさん。目をつけたのは、昭和の風情を感じる石焼き芋でした。そこで業務用機器を調べていると、お父さまが「昔はつぼ焼き芋が主流だった」と教えてくれたといいます。
素焼きのつぼの素朴な魅力に惹かれたチョウハシさんは、さっそくひとつ購入。練炭を売っているお店、火の起こし方、サツマイモの種類、美味しく焼く秘訣など、ひとつひとつ手探りでつぼ焼きを学んでいきました。
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チョウハシさんが発行する「焼き芋マガジン」より抜粋。スイートポテトのような食感のつぼ焼き芋は一度食べると忘れられません。
デンプンが糖へと変化するのは約70度。でも、それ位の温度で焼いても中まで焼けないんです。そこで200度に上げたところ、ちょうど中が70度位になるとわかりました。焼けるようになってから割とすぐに朝市に出したんですが、トライアンドエラーで実践しながら勉強していったという感じですね。
ロゴマークや包装紙、ショップカード、イベント出店時の屋台なども自分でデザイン。つぼ焼き芋の珍しさと美味しさ、パッケージのお洒落さなどから贈り物にも選ばれるようになり、「やきいも日和」の名前は知れ渡っていきました。
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端をねじっただけのキャンディ型パッケージ。開くとお皿代わりになります。デザイン性と機能性、両方を重視しました。
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通販用パッケージ。こんなお洒落な焼き芋、ほかにありません。
当初の狙い通り、「やきいも日和」は地域に溶け込み、デザイナーとしてチョウハシさんができることを伝える自己紹介ツールとして機能したそう。多数の雑誌・書籍でも取り上げられ、さまざまな依頼が舞い込むようになりました。
モバイル屋台をつくるワークショップの講師をしたり、サツマイモを仕入れている八百屋からの依頼で移動販売ジュース店のキッチンカーを製作したりと、その内容は多種多様。どれも、小商いを営むチョウハシさんだからこそ、の仕事ですね。
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そのほか、高校生にサツマイモの栽培から収穫、販売までを経験してもらう「やきいも学」も開催中。授業では、前半で焼き芋の歴史や甘くなる仕組みなどを教えているそう。
昔はつぼ焼き芋屋さんが町の中にあって、庶民のおやつとして親しまれていたんです。それが、西洋菓子が入ってくると下火になって、お店で待っていても売れないから移動販売をするようになったんですね。つぼ焼きは練炭が崩れてしまうので移動販売には向いていません。それもあって石焼き芋が主流になっていきました。
ほかにも、江戸時代に焼き芋が飢饉から人を救った話など、焼き芋にまつわる面白い話はたくさんあるんです。「やきいも日和」では、ただ焼き芋を焼いて食べてもらうだけではなく、そういった歴史や文化の部分も伝えていきたい、と思っています。
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小商いを始めると、「自分の仕事が誰のためになるか」が明確になる
「やきいも日和」を始めて今年で7年。会社勤めをしていた頃と比べて、チョウハシさんの仕事観はがらりと変わったといいます。
会社勤めをしていた頃は、お客さんと会う機会も少なかったし、お客さんよりも上司の求めるものを探って仕事している感じで。
僕が未熟だったというのもあるけれど、目の前の仕事をこなすのに必死で、その先を考える余裕がありませんでした。分業で仕事を回すのは効率的だけど、行き過ぎると自分の仕事が何の役に立つのかわからなくなりますよね。
一方、地域の人を相手にした小商いは、誰の役に立つかが明快です。お客さんの想いを聞くとやりがいを感じるし、「期待に応えたい」と思って頑張れる。それに、基本的には全部自分でやることになるから、仕事の全体像がわかるようになります。そうすると、たとえ本業のほうで全体の一部分しか担えなくても意識が変わるんです。
相変わらず忙しいし大変ではあるんですが、矛盾やストレスを感じることがないので、仕事が楽しくなりました。
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小さな女の子から「焼き芋屋さん、いつもありがとう」と手紙をもらったり、年配の方から「子どもの頃は背が低くてつぼの中が見えなかったの。こうなっていたのね」と懐かしそうに話しかけられたり。そういった日々の出来事が仕事のやりがいにつながっているそう。
ところで、小商いも繁盛してくると「大きくしてもっと儲けたい」という色気が出てくるはず。チョウハシさんは、「やきいも日和」を大きくすることは考えていないのでしょうか。
よく「1年通してやればいいのに」と言われます。でも、たとえば本格的な店舗を構えて人を雇って…とか夏はカフェにしてサツマイモのモンブランを出して…と考えると、最初にいいなと思った要素が抜け落ちていくんですよね。全く可能性がないとは言いませんが、その辺りは慎重に進めたいなと思います。
もし、「自分もつぼ焼き芋屋をやりたい」という人が現れたら、方法を教えて週に1〜2日お店を任せる形で営業日を増やす、ということも考えているのだとか。無理のない自然な形で「やきいも日和」を育てていこうとしているのですね。
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そうした自分のペースやサイズ感を大事にする姿勢は、暮らしの中で大事にしている価値観(=暮らしのものさし)にも通じているようです。
暮らしに関しても、「自分の手でつくる」ということを大事にしています。その上でできないことは人に頼むのですが、それを量販店で買うのではなくて、友人の作家にお願いするようにしています。そのほうが愛着も湧くし、暮らしが豊かになりますから。
実際にチョウハシさんは、「やきいも日和」の活動を通して出会った人や「大磯市」の出店者のところで食器や雑貨を揃えているとか。店舗デザインの仕事現場でも、家具作家にカウンター製作を依頼したり、陶芸家にタイルをつくってもらったりと、コラボレーションが生まれています。
よく、「買い物は投票と同じ」といいますよね。どこにお金を使うかで世の中が変わる。僕は距離の近い人たちと小さなコミュニティをつくってものごとを共有していく暮らしをしたいし、そういう仲間がもっと増えていくといいなと思っています。
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「もし、悩みながら会社勤めをしていた頃の自分にアドバイスをするとしたら、何を伝えますか?」——最後に、チョウハシさんにそんな質問を投げかけてみました。
「辞めても大丈夫だよ」と言いたいですね。「生き方・働き方はひとつだけじゃないから」と。やりたいことを見つけるのは大変です。探しても答えにたどり着けるとは限らないし、一生探し続けるものかもしれない。そこで「こんなものか」と諦めちゃう人も多いのではないでしょうか。
でも、そこはどん欲であるべきだと思います。死ぬ時にこれは正解だった、不正解だったと誰かにジャッジされるわけじゃないし、それこそいろんな「暮らしのものさし」があっていい。自分らしく生きるためのものさしを探すことには、諦めずに挑戦していくべきじゃないかと思っています。
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つぼ焼き芋屋という小商いを通して、自分が大事にしたい「暮らしのものさし」を見つけたチョウハシさん。実践することで周囲に仲間が増え、自分らしい暮らし方・働き方ができるようになっていきました。
もし、あなたが「ちょっとだけやってみたい」と思っていることがあるなら、小商いという形で小さく始めてみてはいかがでしょう。きっと、想像以上に面白い世界が広がるはずです。
ライターのプロフィール
greenz.jpエディター/ライター
1984年2月29日生まれ。茨城出身、神奈川在住。
「地域」「自然」「生きかた・働きかた」をテーマに、書くことや企画することを生業としています。虹を見つけて指さすように、この世界の素敵なものを紹介したい。
HP:http://www.cotohogu.com/
blog:http://himaemi.blog.jp/
twitter:@emi229
・「東北マニュファクチュール・ストーリー」というサイトを、一般社団法人つむぎやと一緒に運営しています。
・日本橋のシェアオフィスにて、気ままなごはん会「6階食堂パルプンテ」を開催。日によって美味しさにばらつきがある、適当な会です。
※この記事はgreenzに2016年08月04日に掲載されたものを転載しています。