逗子海岸のSeasideLivingは、建築デザイン集団「HandiHouse Project」のメンバーである中田裕一さんと奥様の理恵さんによる建築ユニット・中田製作所が運営する海の家。夏の間だけ現れる「みんなのリビング SeasideLiving」には、小屋を考える上でのアイデアが詰まっています。そんな空間の作り方、そして小屋の面白さについておふたりに伺いました。
ウェディング会場から始まった海の家
海から涼しい風が吹き、ゆったりとした空気が流れる逗子。この環境を求めて都内から訪れる人も多いそうです。そんな海岸沿いに同店がオープンしたのは2013年。昔から、海水浴だけではない楽しみを提供できる海の家を開きたいと考えていた理恵さん。三浦市で生まれ育った彼女の夢が、結婚式を機に現実のものとなりました。
私たちの思いを一番表しているのが、この『SeasideLiving』という名前。一般的には海の家の形態ですが、海辺での過ごし方を提案する『みんなでくつろげるリビング』がテーマの空間です(理恵)
初年度は自分たちのウェディングパーティ会場として建てられましたが、以後は毎年、海水浴の季節にオープンすることに。必要最低限の木材と防水素材のみでつくることや空間の考え方など基本は当初から変わりません。
風や光を感じたいのでなるべく簡易的に。屋根はすき間を空けた木材とテントを半々に設置し、光と風の動きがわかるようにしています。基礎は穴を掘った砂地に柱を90センチ分埋めて、水締めしているだけ。風が抜ける構造だとこれで充分なんですよね(中田)
簡素すぎる見た目に「吹き飛ばされないの?」と他の人に心配されることもありますが、二人はどこ吹く風。建築と撤去に約2週間ずつしか取れない中での、「つくりやすさと壊しやすさ」を重視した結果の最適解なのだとか。またこの3年間には、組み立てを簡単にするために4辺に角材を打ち付けたサブロク板など、他の海の家の大工さんたちから学んだ「海の家のノウハウ」も多く取り入れられてきました。
海の家の大工さんたちは、長年低コストで効率良くつくることに取り組んでこられた方たちばかり。それだけに最適解を持っているんです。仮設建築を考える上で参考になることがたくさんあります(理恵)
多摩産の木材にさまざまな建材を組み合わせてつくる
海の家では建材の扱いも独特です。海辺では劣化が早いため毎年約2割の建材を入れ替えます。つまり、ひとつの建物に再利用の古材と新材とさまざまな年代の素材が混ざっていくということです。
初年度の柱がシャワー室のドアになるなど、形は小さくなれど問題なく使える無垢材を扱うたびに、その強度や質の高さに驚かされるという中田さん。
この木材は多摩の廃業する製材屋さんから安く譲っていただいたもの。柱はお寺や大きな家の床下材になる檜の太鼓根太、屋根は杉の端材です(中田)
他の海の家の大工さんを見てもゴミは細かな木くず程度。木くずになるまで、使いこなしている。そういう素材の扱い方や考え方はすごく勉強になりますし、素材としての木の面白さを改めて感じますね(理恵)
たとえばドリンク小屋の壁面に活用したウッドデッキ材など、普段なら高価で使えない材料も小屋の分量ならチャレンジ可能。アウトレット品なども活用し、手に入る素材を組み合わせながら仕上げています。
ベニヤ板も面材として欠かせない建材。無垢材に比べ劣化しやすいのが欠点ですが、ペンキを塗って水分の浸透を防いだり、通気性のよい箇所に使ったりと痛みを最小限に留める工夫をしながら使っています。
また見た目のデザインは「見た人が楽しそうに感じる」ものに。小屋の形を変えたり庇(ひさし)のような開口をつけたり、さらにドリンク小屋やロッカー小屋には黒板塗料で手描きできる壁面をつくるなど、お客さまを迎え入れるためのキャッチーさも意識しています。
海に入らなくても楽しめる「みんなのリビング」
現在は、ドリンク小屋とフード小屋、シャワー小屋、ロッカー小屋と4つの小屋がリビングの2辺に並ぶ配置になっている同店。
海の家って間口の広さが結構重要なんです。狭いと入りにくいし中も見えにくい。そこで間口を広げて段々奥が狭くなる形にしました。初年度は、その一番奥にフードとドリンクを兼ねた小屋があったんですが、入口から距離がありすぎてお客さんに声をかけにくくて。それで小屋をぐっと手前に移動させるなど、さまざまな微調整をしていきました(中田)
そしてSeasideLivingのひとつの目玉がフード類です。海の家直球の軽食もいいけれど、美しい盛りつけとちゃんとした器でおいしいごはんが食べられる場所にしたい。そんな理恵さんのこだわりもあり、2年目から横浜のCafe&Dining SAKAEの小松さんが担当に。小屋の配置もドリンク、フード、シャワー小屋にリビングという現在形にほぼ固まりました。
しかし、同じ年にゴミや騒音問題による営業規制が始まり、海水浴客は前年度の4割減に。海水浴以外の楽しみを提供する必要性がさらに強まったのです。そこで考え出されたのが、地元の逗子や葉山で活動する専門家を招いたワークショップでした。
毎年海水浴時期に海が汚れることや地元民が海の家を嫌うことは、私も地元の経験からよく知っていました。逗子の人も夏は海に来ることを敬遠しますし、海の家の印象もおそらく悪かったと思います。でもそれでは嫌だし、むしろ地元の人にこそ楽しんでもらえる場所にしたくて(理恵)
そこで逗子や鎌倉に縁ある先生を探したんです。繋がりのある地元の方々も来てくれそうですし、この場を知ってもらい、情報が広がっていく流れができるんじゃないかと考えました(中田)
現在もワークショップは開催中、これまでに30種以上の内容が開かれるほどの人気となっています。ちなみに好評を得ているのは砂浜でのヨガやフラダンス、シーキャンドルづくりなどだそうですよ。
逗子で学んだ「海の家」としての小屋の面白さ
これほどたくさんの海の家が並ぶ海岸は逗子くらいと笑います。個人でも土地を借りられることも理由として大きいのだとか。
働く人とお客さんの距離がすごく近いのも特徴ですね。規模感が他よりもこぢんまりとしているので、全体に眼を配れるというか(中田)
そんな場で、自分たちにしかつくれない海の家を考え続ける二人。木片を寄せ集めてつくられたパーケットフローリングでつくったオリジナルテーブルなどの制作に加え、すだれを使った鉄板屋根の遮熱実験、ペットボトルエコクーラーでの冷房実験など設備面での実験も行っています。ゆくゆくはソーラー給湯や風力発電の実験もしていくつもりです。
会社員時代からいろいろな建物を手がけてきましたが、小屋は本当に面白いですね。建築に必要な最低限のものは何かと考えるのもすごく興味深いです(理恵)
小屋の可能性は完璧じゃなくてもいい所。だからこそ遊べるし、遊べることや冒険できることって建築にはすごく大事なんですよ。自分の想像や妄想を失敗してもいいやって気軽に盛り込めると、敷居も下がって挑戦しやすくなるんです(中田)
これほど種類のある木造仮設は、海の家ならでは。コンテナに移行するオーナーも増える昨今ながら、あくまで自分たちの手でつくり小屋の面白さを追求したいと熱を込めます。それは今後の建築にも個性や面白みとして現れてくるはずだ、と。
小屋は小さい分、密度を濃く考えることができるし、とにかく自由。小屋づくりを考える人は海の家の仕組みを学ぶのもいいかもしれませんね。建てる過程もかなり参考になると思いますよ(理恵)
将来はゲストハウスを併設し、海の家とパッケージで提供したいという夢も教えてくれました。一年に2カ月だけ現れる海の家の営業は、今年は8月28日まで。地場野菜満載のCafe&Dining SAKAEの料理も含め、海辺での小屋のあり方と過ごし方は、一度体験してみる価値がありそうです。
(参考)
SeasideLiving http://seasideliving-zushi.com/
中田製作所 http://nakata-archi.com
HandiHouse Project http://handihouse-project.jp/
Cafe&Dining SAKAE http://sakae-dining.com
Text 木村早苗
Photo 関口佳代