今や家づくりに欠かせないエコの視点。太陽や風など自然の力を活用した省エネルギー住宅が一般的ですが、その手法はさまざまです。特にここ数年で目にする機会が増えたのが「パッシブハウス」でしょう。しかし、どんな家づくりになるのか、何が長所なのかはイマイチ見えづらいのでは。
そこで日本にパッシブハウスを伝えた第一人者であり、パッシブハウス・ジャパン代表で建築家でもある森みわさんに、その定義や建てたい人が考えるべきことなどの基本を伺いました。
気象データを元に土地に最適な建物を導き出すメソッド「パッシブハウス」
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キーアーキテクツ代表 建築家の森みわさん。ドイツから帰国した2009年、日本に「パッシブハウス」の存在を紹介した第一人者。
まず『パッシブハウス』とは、ドイツのパッシブハウス研究所がつくった建築メソッドのことです。建てたい場所の気象データを元に計算式を用いて最適な建物を導くので、特定の工法や建材に頼るわけではありません。大きく変化する要素には、壁厚や断熱材の量があります。たとえば寒冷地のドイツと温暖湿潤な日本では壁厚に大きな差がありますし、国内でも北海道と福岡なら違ってきます
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ドイツのパッシブハウス研究所からの認定証。エネルギー消費基準をクリアした住居にのみ贈られる。
また「パッシブハウス」と呼べるのは、同研究所が定めたエネルギー消費基準を満たし、認定を受けた建築だけ。夏と冬の寒暖差や湿気の問題が大きい日本ではその対応が難しく、森さんが手がけた建築物でも認定が取れるのは3軒に1軒の厳しさです。
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パッシブハウスの最新例は、愛媛県松山市「大間の家」。基礎外断熱は、夏と冬のバランスから半分の厚みに変更。外壁は気密シートを使わず、各部屋が土壁に接するよう外壁に厚さ40ミリの土を塗った。夏の日射しは、南の庇(ひさし)や開口部のブラインドで遮蔽。全熱交換型換気を採用したほか、薪調理器でつくった温水をシャワーや床断熱に循環させる給湯設備で省エネルギーを実現する。(キーアーキテクツよりご提供)
パッシブハウスと親和性の高い日本の伝統建築
このメソッドをどう具体的な建築として落とし込むかは、建築家や工務店の裁量に任されます。森さんの場合は「設備に依存しない家」をテーマに、「太陽と風に素直な家の設計」を心がけているそう。たとえば、南側の大きな窓にして日照を冬の断熱に取り入れる、東西の窓を小さく風通しのいい間取りで夏を涼しくするなど、エネルギーに頼りすぎない設備が前提です。
パッシブハウスでは、太陽から熱を取り入れ、風を通して流すというエネルギーの出入りを重視して設計します。その視点で見ると、実は日本の伝統家屋との親和性が非常に高いです。南の縁側と庇が夏の日照を抑え、風通しもよく、冬は土壁や土間が蓄熱してくれますからね。ただ、そこに唯一足りない機能が断熱気密構造です。ですから、鍵となる壁と窓の構造を現代の技術で補います
近い考え方に「高断熱高気密」がありますが、こちらは魔法瓶のように熱の出入りがなく保温のみの状態。パッシブハウスでは、あくまで自然なエネルギーの流れを活かすという点が違います。
ちなみに、過去の日本で壁の断熱気密構造の研究が進まなかった理由は、湿度が高く、誤った方法で断熱材を入れると結露して構造材が腐る不安があったからだと言います。しかし現在では、水蒸気の通り方や結露の理論も解明され、壁の断熱機能は飛躍的に向上しました。だからこそ、新旧建築の長所を併せ持った設計が可能になったそうです。
パッシブハウスにすることのメリット
では、パッシブハウスにはどのようなメリットがあるのでしょう。
省エネや光熱費の減少は基本ですが、快適で健康に暮らせるという健康メリットの大きさに注目してほしいです。トリプルガラスや断熱材を入れた壁で断熱すると外気の影響を受けないので、床や壁、天井、窓壁の表面温度が整い、部屋の中の温度ムラが無くなります。その結果、余計な対流がなくなると、身体に負担がかからないようになり、エアコンの温度設定や風量が抑えられて過乾燥などからも解放されますよ
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トリプルガラス入り高性能窓の例。左が2014年にYKK APから発売された国産の樹脂窓、右がドイツ製の木製窓。
壁や窓の表面温度が高まることで、部屋をいくら温めても足元が寒い、乾燥対策に加湿器が欠かせないといった、誰もが経験する不快感もなくなると言います。
パッシブハウスは、6畳用エアコン1台で40坪の2階建て一戸建てを全館空調できる性能があります。つまり、自分の快適で健康な暮らしと環境問題への対策両方を実現できるのです。省エネやエコは我慢が必要だと思われがちですが、本来は逆なんですよ
日本では、家づくりで考えるべき優先順位が違うと警鐘を鳴らす森さん。住宅メーカー中心なのでなかなか気づけない部分ですが、と補足しつつも、エコ建材や床暖房といった表面的な設備にこだわる前に、壁や窓など家自体の性能を考えたほうがいいと語ります。
土地探しと建物への予算確保が成功の鍵
家ごとに壁厚や断熱機能が違う、言うなれば完全フルオーダーのパッシブハウス。実際に建ててみたいと考えた時に、まずすべきこととは?
まず、環境条件のよい土地を探すことです。どこにでも建てられますが、日射が得にくいなどの不利な立地で計画するのは、どうしても費用が高くなりますから。次に、建物の予算をきちんと確保すること。ローンの総額に沿って上物に必要な金額を見極めてから、建築家と土地を探す流れがベストです。土地を買ってから少ない金額で建物の性能を上げることは不可能なので、注意してほしいです
森さんの建築事務所には、土地探しを含めての建築依頼が来ることも多いそう。ケースバイケースですが、関東圏であれば最低でも坪70万、建築家と建てるなら坪80万は資金として必要です。
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設計段階で希望坪数よりコンパクトなものを提案することも多いです。施主様のニーズと家族構成、予算の次に重視する要素は、広さよりも家自体の品質だからです。住宅メーカーではありえない提案かもしれません。たとえば調湿を売りにする建材や床暖房なども不要になるので、予算の調整もききます。こうした未来の暮らしを想像してもらい、いかに納得してもらうかが私たちの腕の見せ所でもあるんですが
丸ごと建築家に頼めないという場合も、住宅メーカーの建物をベースに窓の性能強化や断熱厚の調整、換気設備の仕様変更などで外皮性能(外皮とは建物の外側の外壁や屋根、窓のことを指す)を向上させる手があります。この場合、現時点では全体予算の約15%アップで実現が可能とのこと。
まずは性能を体験してもらいたいですね。百聞は一見にしかずと言いますが、みなさん驚かれますよ。こんなに快適な家があったのか、と自宅に帰ってから違和感を感じられる方も多いです
毎年11月、世界中のオーナーが自宅を一般公開するオープンハウスもありますし、住む人に実際に質問ができるイベントもあります。また埼玉県熊谷市のショールーム、富山県や奈良県、愛媛県にある宿泊可能なモデルハウスでは、さらに気軽にその性能に触れることができます。
未来の建築をよりよい形にするために
パッシブハウス・ジャパン代表として、各企業への啓蒙や設備提案も行っている森さん。セミナーの受講者は累計で約3,000人、2日間のセミナーは毎回100人近くが参加するなど業界でも注目を集めています。
また、2016年には、トリプルガラス入りの国産サッシの研究開発の立役者として活躍。メーカーや工務店の参入のハードルを下げる活動を続けています。
次に考えている設備が冷房です。現在のエアコンは各部屋につけるのが普通ですが、換気経路に組みこむ実験で高い効果が出たんです。国際会議でも評価されたので、日本が優秀とされているヒートポンプメーカーと現在幾つかの取り組みを行っています
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富山県黒部市のパッシブタウン第3期街区J棟改修工事。築30年前後のRC壁構造の集合住宅を、日射の少ない北陸地域仕様のパッシブハウスとしてリノベーションした。片持ちRC造バルコニーを切り落とし、外断熱の効率を高める形状に変更。断熱改修を通して住戸内の温熱性能を改善し、「早く帰りたくなる」、「人を招きたくなる」単身者向け住宅をつくり出した。
(以下のビフォーアフターの写真はキーアーキテクツよりご提供)
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Before
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After
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Before
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After
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Before
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After
最初に日本でパッシブハウスが提唱されてから8年。言葉もかなり定着し、前述のように一般的な住宅仕様からの追加費用も20%から15%に下がるなど、業界内でも少しずつ変化が起きています。2017年には、富山県黒部市でパッシブハウスにリノベーションした団地も完成しました。
新築戸建の着工数が減る中で、最低でも戸建てを建てるひとは絶対にパッシブハウスレベルを目指す、という状況をつくりたいんです。そのためにはまず、それ以外のひとの受け皿となるべく、住みたくなる快適な集合住宅や『家を持たなくてもいいや』と思える賃貸住宅をつくる必要があります。今回のリノベーションや単身者向け集合住宅の設計設計をしているのはその第一歩なのです
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省エネを見直す上で大きな存在が給湯設備。森さんの事務所でも冬はペレットストーブの温水を使って床暖房やシャワーなどを賄っている。
快適な暮らしと省エネを同時に実現するパッシブハウスが増えれば、結果的に地球にやさしい世界になっていく。設備に依存しない家は、日本の設備重視のエコな家づくりを捉え直すひとつの指標にもなりそうです。
[8月25日開催]
一般社団法人パッシブハウス・ジャパン主催
第2回Passive House Asia Conference 2017 in TOKYO
Text 木村早苗
Photo KEICO PHOTOGRAPHY