建築家の隈研吾氏がデザインを手がけたスノーピークのモバイルハウス「住箱」(じゅうばこ)。この小屋を配置したグランピング施設「snow peak glamping 京急観音崎」を観音崎京急ホテルがオープンし、三浦半島の自然を楽しむ方法としても話題になっています。そんな「住箱」の開発や今後について、株式会社スノーピーク営業本部の青栁克紀(あおやぎかつのり)さん、京急電鉄三浦半島事業開発部の川上愛さんにお話を伺いました。
「人間性を回復する」ための「住箱」とグランピング施設
スノーピークの住箱を目玉にした観音崎京急ホテルのグランピング施設。この企画を進める上で、決め手になった大きな要素があると京急電鉄の川上愛さんは語ります。
目の前に海があったことです。スノーピークさんに視察をいただき、観音崎なら住箱の構造をよく活かせるのではと。実際に海に向けて配置すると、大小の窓が額縁のようになって美しい海を借景として楽しんでいただけます(川上さん)
住箱をご紹介する前に、まずはこうした自然と商品の関わりにつながるスノーピークの理念を少しご紹介しましょう。スノーピークの青栁克紀さん曰く、ミッションは「自然と人をつなげ、人と人をつなげる中で『人間性の回復』を促す」こと。ストレスフルな現代社会を生きる人々に、自然の中で過ごすことで心を癒し、本来の自分を取り戻して週明けから仕事に取り組んでもらう。そのための製品を提供してきたのです。
しかし、アウトドアを楽しむ層は日本の全人口の6%。残りの94%にも、自然に触れる楽しさや人とつながる楽しさを知ってもらいたいとイベントの開催や製品の提供を行ってきました(青栁さん)
たとえば、キャンプに興味はあっても実際に行くのは大変そう、と考えた経験がある人は少なからずいるのではないでしょうか。特に女性は、荷物や虫などをハードルに感じる場合もあるでしょう。
でも、自然の中で飲むコーヒーはおいしいから飲みに行こう、宿泊はトレーラーで安心だから行ってみようよと誘われたら少し身近に感じませんか。このモバイルハウスも含め、自然へのハードルを下げるための一貫なのです(青栁さん)
そう聞くと、住箱とグランピング施設は出会うべくして出会った企画と言えそうです。都心に程近い自然の中で、時間に追われる日常を抜け出し、自分だけの空間を過ごすことができる。まさに「人間性の回復」の場だからです。
使い手の個性を加えて完成する「動く茶室」
では、隈研吾さんとのコラボレーション商品である「住箱」は、どのような流れで開発が進められたのでしょうか。聞けば、元々はテントを軸に企画がスタート。両社で開発を進める中で、キャンピングトレーラーの案が生まれ、それが形になったのが住箱です。
コンセプトは『動く茶室』。千利休時代の茶室のように余計な要素を削ぎ落とし、設えも極力抑えたコンパクトな空間です。用途に合った場づくりを、床の間の花や掛け軸だけで行っていたこともイメージされたそうです。また、ご自身の建築家活動を通じて気づかれた、建築の『土地にしばられる』という限界を超え、建築を解放するデザインの挑戦を行いたかった、とも(青栁さん)
基本の状態では、出っ張りのないごくミニマルな木のコンテナです。外装はひのき合板の貼り合わせですが、ビス穴も見えない美しい仕上げ。木目や節が異なる合板を、隈さん曰く「ノイズを入れ(貼り合わせ)」ているため、ひとつとして同じものはありません。
デザインはしているけれど、そこに使う人の個性を加えてデザインを完成させてほしいと、DIYで扱いやすい合板を選ばれたそうです(青栁さん)
大小の窓、そして大人2人が座って料理できる強度の縁側がひとつ。このような丁寧な仕上げにも関わらず、販売価格は350万円(税別)と手の届くレベルです。
弊社の企画担当が最初に『買える隈研吾デザインを』とお願いしました。住宅なら何億円もするけれど、これなら輸入車を買う金額で手に入るから頑張ろう。そんな気持ちを促すためにも基準額の範囲内で設計いただいたのです(青栁さん)
また住箱での時間を楽しむコラボレーション商品も発表。ソニーのスピーカーを皮切りに、今後も数社とアウトドア家電やバッテリー蓄電設備の開発を進める予定です。
マルチハビテーションとさまざまな活用
茶室と車両方の面白さを併せ持つ住箱の魅力を、青栁さんに改めて伺ってみました。
やはり動かせることですね。まず、小屋のように土地に縛られないので、固定資産税や建築申請が必要ないこと。次に、いつでも動かせることです。僕らは住箱を通じ、マルチハビテーション(多拠点生活)を提唱したいと思っています。トレーラーなら好きな土地に移動できるので、本当の意味でのマルチハビテーションが可能です(青栁さん)
現時点で8台が販売済み。会社の事務スペースや病院の待合室兼遊び場など活用方法は幅広く、さらには店舗利用への相談もあるそうです。
いろんな使い方をしてほしいです。隈さんがデザインを自分色に染めて完成させてほしいと仰っていましたが、僕らもさまざまな使い方をして教えていただきたけたらなと。キャンプや道具はお客様の声を反映することで今のビジネスが生まれたので、「住箱」でも同じ流れをつくりたいと思っています(青栁さん)
ちなみに、snow peak glamping 京急観音崎ではモバイルハウスでエステができるプランを企画中だとか。さらに9月末までの週末はほぼ満室だというから驚きです。
ご夫婦でのご利用が多いですが、ただ座って本を読んだり、寝ていたりとゆったり過ごされているようです。夏が終わっても季節や自然を楽しめるよう、焚き火と楽しめるアクティビティなどのプランを考えています(川上さん)
中に入るとすごく落ち着くので、ぜひ一度入ってみてほしいです。キャンプで五感が刺激されるのは光と音、雨音や鳥の声など自然の音や光です。その匂いや光が同じように感じられますし、窓を閉めれば音が遮断されて非日常感も楽しめます。意識や気持ちを非現実に誘う力があるんですよね(青栁さん)
自然と人との関係性
スノーピークは、1950年代から自然と人との関係を見つめてきました。約60年が経ち、自然と人との関わり方も時代とともに変遷してきています。住箱のような製品の発売やグランピング施設の誕生を経て、現状と今後をどう見ているのでしょうか。
キャンプ場のテントで家と同じ日常を過ごす『アウトドアライフスタイル』。私たちがライフスタイルクリエーターとして、80年代から提唱してきたこの暮らしを実現される方が増えてきたと感じます。『人間性の回復』に対する意識が少しずつ定着してきたのは、豊かさの定義が変化してきたことが大きいのかなと。モノの所有や消費から、時間の使い方や人とのつながりへ。人対モノから人対人や人対自然に視点が移る社会において、キャンプや住箱が切り替えスイッチになっていく気がします。都会での暮らしも大事だけど、違った視点で日々を過ごそうという考え方の現れなのだと思います(青栁さん)
レジャーも同じように、モノからコトの体験に関心が向いてきています。今後は体験をつくる企画や視点が重要になるでしょうから、スノーピークさんにご教授いただきながらそうした施設づくりや企画を進めたいです。今回のような形の三浦半島の自然を活かした企画が他の施設でもできたらと思います(川上さん)
観音崎京急ホテルのほか、スノーピークが運営する4箇所のキャンプ場でも常設が開始された「住箱」。まだ公表できないことは多いけれど、この一年の動きを注目していてほしい、と期待にあふれたお話を聞かせてくれました。
snow peak glamping 京急観音崎 公式HP
http://www.kannon-kqh.co.jp/lp/glamping/
Text 木村早苗
Photo 関口佳代