この11月、「1坪に置ける小屋」をコンセプトに小屋を制作する、ひとつぼキャビンプロジェクトから「ひとつぼキャビン」が東京国際家具見本市にて発売されます。2013年のプロトタイプ発表以降、展示会で得た要望や意見を反映させ、改良を続けてきた小屋。元々は「建具の見直し」が始まりだったという誕生の背景や現在までの道のりなどを、メンバーの株式会社サカモト 総務部企画課課長・坂本幸(さかもと ゆき)さんに伺いました。
西川材とものづくりの新たな挑戦
「何かをつくろう、と意気込んで始めたのではなかったのです」と語る坂本さん。大型建築向けの建具製造を手がけるサカモトは、2007年からは西川材を利用したオーダードアの製造を開始。翌年にはオリジナルブランド「リバーグリーン」を立ち上げるなど、西川材を活かしたものづくりに取り組んできました。鍵となった西川材は、埼玉県南西部の飯能地方で育つ杉や檜などの木材の総称。伐採した木を川を下り江戸に運んでいたことから「西の川から来るよい材木」の意味で西川材と呼ばれるようになったのです。
有事のために木を残す「立て木」という林業形態のおかげで太い木が多く残っている点、先代の手入れが丁寧で美しい木目の木が多い点、密度が高く強度の高い木が多い点。この3つの特性によって優れた木とされているんです
特徴を教えてくれる坂本さんが勤務する会社の裏には、西川材が育つ森林が広がります。これほど身近にありながら、素材指定のあるゼネコンとの仕事の中では、存在を知る機会すらなかったそう。それがひとたび、地元製材所や西川材と出会ったことで、新たなものづくりの道を切り開いたのでした。
「ひとつぼキャビン」も、この流れの一端にある製品です。そもそもの始まりは、同社の工場見学会に参加した建築家 三輪良恵さんとの出会い。三輪さんの恩師で京都大学大学院で教鞭を執る田路貴浩准教授も加わって、地域材の活用や建具にまつわる小さな勉強会が立ち上がったのです。
「建具ってなんだろう」の問いが生んだ「ひとつぼキャビン」
三輪さんは飯能での住宅建築も手がけられています。田路准教授は神田淡路町の再開発プロジェクトに西川材を利用されるなど、国産材の活用に興味を持たれていたんですよね
そんな3者が定期的に集い、意見を交わす中でふと出てきた「新しい建具を考えてみては」という言葉。坂本さんは当時を振り返ります。
改めて『建具ってなんだろう?』という話になったんです。建具は普段そんなに意識しないけど、なければ家ができないものですよね。その問いをきっかけに、建具メーカーとして、建築家としてお互いに意見を出し合い、一年ほどかけて話をしました。『ひとつぼキャビン』はそのやり取りが凝縮された結果です
自分たちがつくるもの、扱うものの役割を見直し新たな可能性を導きたい。そんな思いは、2013年に開催された「あわいのとびらMIWA Atelier/三輪良恵 展」で初めて一つの形になりました。
小屋のかたちはしていますが、実は建具が発展したものです。日本の空間の捉え方は西洋と違って独得で、建具が担ってきた部分も多いです。たとえば、木や紙でできた障子は薄くて軽くて儚いですよね。境界も曖昧で、人の気配を感じて生活する建具ですが、そこに日本人の考え方や暮らし方が表れているんじゃないかなと。『ひとつぼキャビン』は観念的な要素も保ちつつ、製品にするなら強度や機能も含めて高い品質のものにしようと考えました
伝統的木工技術と大量生産の現場、新旧の知恵を融合させる
そのプロトタイプに改良を加えたものが、現在の「ひとつぼキャビン(シリーズ)」です。「(仮称)ポータブル250」、「(仮称)ポータブル280」、「ひとつぼ茶室」とすべて一坪ですが、想定する使用シーンが異なります。250と茶室は屋内利用を想定、内部は靴を脱いで使う想定。茶室は高い床とにじり口、畳敷き、茶道に則った扉の配置と、250とは違う独特の設えです。280は30センチ高い建具に構造材のみ、土足で使う形で屋台テント的利用を想定しています。
共通の特徴としては、木材加工の精巧さ。たとえば四角錐の屋根は8枚の板をナットと木ピン六角レンチ棒のみで組む仕組みですが、これは木材のカット角度や接合面にズレや歪みがあるとぴったりと仕上がりません。
職人が手加工で制作したプロトタイプから数値を出し、カットなどは品質が安定しやすい機械加工で行いました。こうすることで個体差や作業時間、コストを抑えることができます
もう一つは、ドアや窓の開閉に欠かせない金具と取り付け部分の木材加工です。金具選びは品質保持や使い勝手のよさにも繋がります。
金具や取り付け加工の最新技術やトレンドは、効率化が重要な大型マンションや集合住宅の現場でまず取り入れられます。そんな大型発注の現場情報を活かせるのも弊社の強みですね
職人の伝統技術と最新の機械技術、両方を利用したハイブリットな製品というわけです。そして、冒頭でも紹介した西川材という素晴らしい素材。壁や床、フレームなど役割に沿って木目や仕上げを使い分け、手触りのよさや見た目の美しさへと繋げています。
使いやすく、品質のよいものにするために
ひとつぼキャビンは建具が始まりだとは先にも書きました。坂本さん自身も、最初は上部が空いた囲いのような形状を考えていたそう。そこに屋根をつけ、プロポーションも建築的な黄金比率にと提案し、建具の粋を超えたのは三輪さんでした。しかし、この提案を形にする段には、建具屋として初めて取り組む屋根づくりの難しさはもちろん、職人や工場との擦り合わせなどで難しい局面もあったと言います。
三輪さんは建築の専門家だけに設計図でわかりやすい指示をいただけましたが、それでも製造現場に伝える上では、ある程度の調整が必要です。特にディテールの伝え方や素材選びには気を使いました
目下の課題は、建築基準法や消防法への対応。「屋内で使いたい」という要望があったことで、屋根に関する新たな確認作業が必要になったのです。展示会で感想をもらうたびに気づきがある、と坂本さん。屋外利用を想定していた製品が、実は室内利用に需要があると知り、アピール方法を見直すことになったのもその一例です。
『ひとつぼ茶室』もご要望から生まれたモデルです。禅や茶道など和の文化を伝える外国人向け体験空間として使いたいという法人の方が興味を持ってくださいます。ものって『誰にどう使ってもらうか』で配慮すべき部分が変わるんですね
11月の発売までには一定の利用基準を導き出したい、と語っていました。
文化体験、木育、癒し、各種体験の場として
ひとつぼキャビンを通じ、多くの人に西川材の良さに触れて欲しい。そのために木育ツールや外国人観光客の文化体験の場、働く人の休息空間として幅広くアピールしたいと考えています。そんな挑戦を続けるメンバーとして、またメーカーの社員として、モノを減らす暮らし方が広がる現代のものづくりについて伺いました。
修理しながら末長く使えるものをご提供したいです。建具は特に動くものだけに、メンテナンスや交換対応も私たちの大事な役目だと考えます。また建具は空間や暮らしの印象を大きく変える力がありますから、生活に上手に取り入れるための情報発信をし、もっとよさを知っていただけたらと。さらに少量多品種の仕事は大事に、新しい製品を生み出す楽しさや可能性の追求も続けたいと思います
西川材を基本に、日本人特有の境界線の考え方と機能を取り込んだ「ひとつぼキャビン」。儚さのある穏やかな空間ながら、建材や文化、伝統、住まいなど私たちに考えるべき物事を提示しているかのよう。そんな硬派な存在でした。
Text 木村早苗