将来の住まいとするため、とある山のふもとにコツコツと小屋を作る40代男の手記。
ただいま生活に必要な設備を順次製作中。今回は気まぐれにトイレ作りを開始。
コンクリートブロックで便槽を作る
2月10日
3連休初日。前夜仕事を終えて帰宅後に出発、午前3時半に小屋に到着。ビールを飲みつつ、身体の芯に残る軽トラの振動を鎮めて5時に就寝。8時半起床。睡眠不足でぼうっとしているが、いったん目を覚ましたらじっとしていられない。
今回はアウトドアキッチン作りを進めようと思い、軽トラにレンガを載せてきた。ピザ窯の断熱層を囲うための赤レンガと、かまどを作るための耐火レンガ。どちらの作業から始めるかは決めていない。それより先にシンク作りに着手するという案もある。その場合はまずホームセンターで資材を買ってこなければ。
段取りを決めようと、コーヒーを飲みながら作りかけのアウトドアキッチンを眺めていて、「やっぱりトイレ作っちゃおうかな」という考えが不意に浮かぶ。以前にも書いたが、早くトイレが欲しいのだ。だが満足いくものを作れる確信がなく、なんとなく先延ばしにしているのだった。それで、より成果が期待できるピザ窯を先に作ったのだった。しかし今、天の邪鬼のごとくトイレ作りへの意欲がわいてきた。こういうときは衝動に乗っておくに限る。あまりじっくり考えずに実行だ。こんなふうに発作的に物事を決められるのも、わが小屋作りにおけるちょっとした快感なのだ。この瞬間、とある山のふもとで、誰ひとり困らない計画変更が人知れずなされた。
トイレの構造は、以前に取材先で見かけたものを真似しようと思う。そのコンポストトイレは、地上にコンクリートブロックを積んで便槽を作っていた。便槽は2室に分けてあり、一方に溜まったらもう一方を使用、その間に溜まった方の便が堆肥化するというものだ。臭いを抑えるために尿を入れないことが重要で、堆肥化を促すために便に土をかけると聞いた。攪拌(かくはん)はしないという。これなら仕組みがシンプルで、とっつきやすい。この基本構造を踏まえ、自分なりの快便空間を作ってみたい。うまくいくかはわからないが、こうなったら実験を楽しむことにしよう。
早速トイレの位置を決め、コンクリートブロック積みの基礎を整えるために地面を掘る。一心不乱に、深さ20㎝×幅2m×奥行1.4mの穴を掘り終えた。自己基準ではまずまずの美しさだ。皆さんも当然そうだと思うが、ぼくも常々「掘り穴は美しく」と思っている。御多分に漏れず、「美しい穴は、壁が切り立った穴」と思っている。忘れられないのは、小学1年生のときに近所に住む5年生が土手の法面に掘った巨大な穴。壁が切り立ちまくって美しかった。その巨大な穴は、トタン波板がかぶせられて秘密基地になっていた。
穴の底にはバラス(砕石)を敷き詰める。必要なバラスの量は、20㎏入りが10袋と見積もった。今回の資材もなかなかのボリュームになりそうだ。コンクリートブロックの数を割り出したら、15㎝幅タイプが62個、10㎝幅タイプが10個。モルタルも大量になるだろうが、とりあえずセメント2袋、砂6袋を用意するとしよう。それに2mの鉄筋が24本。この量だと、ホームセンターとの間を軽トラで3往復といったところだ。
1便目の買い出しを終え、ホームセンターで2便目のブロックを積み込んでいると、天気予報通りに雨脚が強まってきた。天候には勝てない。無理はしない。絶対に。本日の作業はここまでだ。誰がなんと言おうとも。とても残念だが、温泉に入って、明るいうちから呑むとしよう。
いつもの温泉に行くと、メンテナンスのため休業だ。こんな場合は、少し離れたところにあるリゾートな宿に入浴に行く。贅沢な造りの海辺の露天風呂で、しかも客が少なく最高なのだ。ただし、料金はいつもの温泉の倍の1080円。毎回行くのは憚られるが、今回のようにいつもの温泉が閉まっているときこそ絶好の機会だ。と、今は余裕の態だが、一昨年の夏に同じようにメンテナンス休業を喰らったときは大変だった。ほかに温泉や銭湯を知らなかったので、スマホで検索して比較的近いところから順に行ってみるのだが、なんと4軒連続で廃業しているという信じがたい現実が。おかげで1時間以上は車で走りまわったと思う。猛暑の中、丸一日作業しておびただしく発汗し、不快指数が絶頂に達した夏の夕方のことだ。車内にはまさに絶望の香りが充満していた。それはそれはとんでもない香りだった。そんなときに目に入ったのがリゾートな宿の看板。藁をもすがる思いでそこに向かい、入浴だけでも大丈夫と確認できたとき、ぼくはちょっと泣いたかもしれない。
露天風呂で身体を温め、小屋に戻って午後5時前から呑み始める。テレビはなく、冬季オリンピックが始まっていることも知らず、ブルーズ(ピーター・バラカンに倣ってこう表記してみる)を聴きながらウイスキーの湯割り。石油ストーブが暖かい。前夜の寝不足も手伝って、午後9時にはすっかり夢の中へ。
想定通りには進まないのだ
2月11日
午前5時半起床。コーヒーを淹れ、外が明るくなるのを待つ。ちなみにこの村では午前6時、正午、午後5時にチャイムが鳴る。最初に午前6時のチャイムを聞いたときは何事かと驚いた。翌日も同じ時刻に鳴ったので定時のチャイムとわかったが、「いや早過ぎでしょ?」と突っ込んだものだ。でも今となっては、小屋作りを進めながら寝起きするぼくの活動時間にちょうどいいタイミングだと感じている。
7時前から作業開始。昨日軽トラに積み込んだ2便目のブロックを現場に降ろす。トイレの製作場所は駐車位置から離れていて、この運搬を終えただけで、きっとビールが旨い身体になっている。続いて、穴の底にバラスを敷いてしっかりと突き固める。それが終わったら、ぼちぼち9時開店のホームセンターへ。3便目の買い出しをして、またまたブロックを運ぶ。
資材がそろったところで、1段目に並べるブロックに横筋(横向きの鉄筋)を通すための溝を削る。バッテリータイプのディスクグラインダーで切り込みを入れ、カナヅチで叩き割るという手順。すると、作業を始めてすぐにディスクグラインダーのバッテリーが空に。あらら充電しなければと持参した道具群を見て青ざめた。充電器と予備バッテリーを忘れている。こんなことは初めてだ。今回は木工事がなくてインパクトドライバーも丸ノコも必要ないから油断していたのだ。一瞬呆然とするも気を取り直し、切り込みを入れずにカナヅチで叩いてブロックを削ることに。なんとか形になったが、これがけっこう大変で、余計な時間と体力を使ってしまった。
その後、15本の鉄筋を地中に1mほど埋め込む作業にも、たっぷり時間と体力を使う。そんなに深く埋める必要はないのだが、変に張り切ってしまった。「こんなことに注力してる場合じゃないだろう」と自分で思いつつも、止められないことがときどきある。効率の悪い男だ。そして1段目のブロックを半分ほど並べたところで、早くも午後5時のチャイムが。まいった。まったく思惑通りに進まない。それでもチャイムが鳴ったのだから仕方ない。どうしようもない。いやいやまいった。とても残念だが、海辺の露天風呂に浸かって、小屋呑みを始めることにする。
2月12日
3連休最終日。午前5時半に起きて、7時前から作業開始。いつもなら最終日は片づけ程度の軽作業に留めて帰途につくのだが、今回は想定より大幅に進行が遅いため、もう少しブロック積みを続けることに。
それにしても早朝の気温は低い。今さらだが、本当はこんなときにモルタルを扱うのはよくないのだ。凍結したら強度が出ない。ちょっと心配になりながらモルタルを練っていると、雪がちらつき始めた。紀伊半島南部の、海からさほど離れていないこの地にも雪は降るのか。山のふもとに静かに降る雪を心地よく感じながら、やめておいた方がいいのかなと思いつつも、モルタルを練る手は止まらない。
やがて雪はやみ、次第に気温が上がってくる。黙々とブロックを積みながら、ふと「便槽を作ってるんだよな」と思って、なんだかおかしくなる。“はじめての便槽作り”…聞き慣れないフレーズだ。「いつか自分で作った便槽に、思う存分してみたい」…確実に聞いたことがないセリフだ。でもぼくは今、「早くこの中に落としたいもんだぜ」と、わがトイレの完成を夢見ながらブロックを積んでいる。まあレアな経験だ。そんなことを考えているうちに、用意したセメントを使い切ってしまった。今回はここまで。目の前には、たった2段だけ積み上がったブロックが。いやはや先はまだまだ長いぞ。しばらく地味な作業が続きそうだし。快便の報告ができるのは、果たしていつになるのだろうか?
ライタープロフィール
1973年生まれ。2男、1女の父。小屋作りのほか、米作り、木工、レザークラフト、ソーイング、狩猟、釣り、オートバイなど、いろんなことをやりたがっては、てんてこまいする日々を送る。DIY雑誌『ドゥーパ!』(学研プラス刊)編集長。3月8日発売のドゥーパ!4月号(123号)の特集は「DIYリノベーション アイデア&テクニック200」。
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