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2014年 6月23日

西村記念館


有名でなくても、心に残る、大切にしたい建物がある。地域にずっと残していきたい名建築を記録していくローカル建築探訪。「名建築ノート」(『コロカル』で連載中)より。


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大正時代、独学の建築家が「家族との時間」を設計に込めた新しさ。

和歌山県の南部、新宮市に西村記念館はある。
現在は、記念館として一般公開されているこの洋館は、
建築家・西村伊作(1884〜1963)が、自宅として、
大正4(1915)年に建てたものだ。
伊作は、22歳のときに最初の自邸を手がけて以来、
全国に160ほどの建築設計に関わっている。
故郷・新宮市では5軒ほど手がけているが、
現存しているのは、この西村記念館を含め2軒のみ。

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1階居間と食堂。中央の家具は伊作オリジナルデザインのもの。

玄関を入ると、ホールの右手に、居間(パーラー)と食堂が一体となった、
今でいう、リビングダイニングがある。
伊作は、家族が過ごすための部屋としてこの一室を南の庭に面して大きく配置。
庭への眺望も意識されていて、窓が多く、気持ちのよい光が差し込んでくる。
日当たりがよく、ぽかぽか居心地のよい空間だ。
元来、伝統的な日本家屋とは「客間」を大きくとり、
来客に対して意識された間取りだった。
この家が建築された大正初期、伊作のような、住まい手本位の設計は先進的だった。

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食堂の床は組み木になっていてお洒落。この部屋から庭へとつながるドアもある(現在は開閉不可)。

「伊作は、家を“人を迎え入れる場所”というよりも、
“家族が過ごすための場所”考えていたようです。
そのためには、居間が重要だと考え、家の一番よい場所に設計した。
既存のものにとらわれず、
必要あれば柔軟に変えていこうという意識が強かったようです。
彼の考えは新宮市で最初のキリスト教徒であった父・余平が、
洋式の生活を勧めていたことも、影響しています。
また、伊作は、自由な気風と芸術教育を目指した、
東京・お茶の水にある文化学院の創始者としても知られています」
西村記念館の管理人を務める吉田勝正さんが、そう教えてくれた。

伊作は、ここでの暮らしを著書でこんなふうに語っている。
“子どもたちの数がふえ、そして大きくなるに従って、
ご飯を食べるときは食堂のテーブルを大きく引きのばして、
その回りにいっぱいすわった。
……また来合わせた客もいっしょになると
食堂が非常ににぎやかであった。
食事の間もいろいろな話をする。子供も自由にいろいろ話をして
にぎやかにディスカッションしだす。……”(自伝『我に益あり』より)

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台所にある食器棚も伊作のデザイン。白を基調としたどこかモダンなつくり。

他にも西村記念館には、先進的な間取りや設備が見られる。
1階には、居間と食堂、事務室、台所を、
2階には寝室と浴室を配置。地下室にボイラーを設置して、
家全体の暖房を備えていたり、お湯を沸かすのに利用したりと、
暮らしの快適さが考えられた最先端の設備が整っていた。
このような伊作の設計はすべて独学で、
そのほとんどがアメリカの雑誌や本から知識を得ていた。
外国のリビング中心の実用的な暮らし方を、
日本の住まいに取り入れようとしたのだ。
だからと言って、すべてを模倣しているわけではない。
外観には、「ガンギ」と呼ばれる
紀南地方の山間の民家で見られる幕板を下ろすなど、
伊作は、その土地の気候風土に根ざした民家に学ぶことも大切だと考えていた。
さらに、椅子やテーブル、チェストなどの家具もほとんど伊作自らデザイン。
それらに際だった装飾は少なく、
最小限におさえられた控えめな色づかいにまとめられ、
落ち着きのある内装になっている。
生活の実用性を意識しながらも、洗練された伊作のセンスが感じとれる。

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2階にある、寝室。コバルトブルーのタイルが張られた化粧台も伊作デザイン。

このような伊作の設計により西村記念館は、
近代の重要な住宅建築として評価され、2010年に重要文化財として認定された。
西村家が大切に住み継いできた家を、1998年に新宮市で寄贈を受けてから、
市や、有志で集う「西村記念館を守り伝える会」などの
地道な保存活動が実を結んだ。
ツタを取り払ったり、床を修復したりと、
少しずつ後世へ語り継ぐための保存活動が行われている。
築100年を迎えようとする、木造2階建ての西村記念館は、老朽化が著しいのが現状だ。

「大正デモクラシー」と言われるように、
政治的にも、文化的にも自由主義的考え方が現われはじめた時代。
伊作は、そのような考えを住まい設計で実践しようとした。
そして、家族と過ごす時間を最も大切に設計された彼の自邸は、
今も変わらない住まいのあり方かもしれない。

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玄関から庭へと入る木戸。丁寧につまれた石垣は、どこか南欧をかんじさせる佇まい。


editor’s profile

Kanako Tsukahara
塚原加奈子
つかはら・かなこ●エディター/ライター。茨城県鹿嶋市、北浦のほとりでのんびり育つ。幼少のころ嗜んだ「鹿島かるた」はメダル級の強さです。


credit

撮影:在本彌生


Information

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Nishimura Memorial Museum
西村記念館
住所 和歌山県新宮市伊佐田町7657【map】
TEL 0735-22-6570
開館時間 10:00〜12:00、13:00〜16:30


※この記事はcolocalに2012年3月23日に掲載されたものを転載しています。

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