「暮らしのものさし」では、ただ消費者として暮らしを営むのではなく、自分の暮らしをデザインする、“暮らしのつくり手”たちを紹介しています。※この特集は、SuMiKaとgreenz.jpが共につくっています。
神奈川県茅ケ崎市。
町を流れる相模川の側に40年以上佇む一件の家があります。
現在ここにはふたつの“開かれた”場が建ち並んでいます。
ひとつは上の写真で、母屋の奥にある元書斎だった「茜子(あかねこ)工房」。
もうひとつは、母屋の横にある一軒丸ごとコミュ二ティスペースという「アロマココロ」。
少し前まで、この家はごく普通の一軒家でした。
自分の住まいを人が集う場として開けた暮らし、もっというならば、「家をひらいた」暮らしとは一体どんなものなのでしょうか。
今回は、4歳からここに暮らしているという、コミュニティスペース「アロマココロ」主宰、戸川真佐子さんの「家びらき」をご紹介します。
核家族を超えた家族と共に子どもを育てたい
現在、お母様とご主人、そしてひとり息子さんと母屋で暮らす戸川さん。2002年にご自身の設計で建てた住まいとしての家を、2011年コミュニティスペース「アロマココロ」としてオープンしました。
また、昨年5月には染めものの工房として、茜染めを気軽に体験できる「茜染 茜子工房」をオープン。ここは他界されたお父様の書斎をリノベーションしてつくった工房です。
敷地内にふたつの“開いた”場所を持つ戸川さん。“家をあけて地域とつながる暮らし”を実践するようになったのは、どのような理由からなのでしょう?
ひとり息子が4歳の時、離婚を経験したんです。両親も高齢であったため子どもを育てていくことに、とても不安を感じていました。そんな時、まわりにいた人たちに「みんなで育てるから大丈夫だよ」と声をかけられて。この言葉に大きな安心感をもらったんですね。
それと共に、これから我が子を育てるには「核家族をこえた家族」が必要だと感じました。このことが、まず“人とつながって生きる”ことを意識したきっかけでした。
その後、お父様の介護のため、長年携わってきた建築の仕事を一旦辞め、介護をしながら、ずっと興味のあったアロマテラピーの勉強を始めた戸川さん。インストラクターの資格をとったころから、自宅の一部をサロンとしてオープンする準備を始めました。
アロマの勉強を進めながら、サロンのオープンも準備していた矢先、友人と登山に出かけて腕を骨折をしてしまったんです。その時、偶然通りかかった登山者の方たちに介護してもらいました。
困った時に知らない人から助けてもらった経験はサロンの構想を進める中で「これは自分がサロンをやるというよりも、知らない誰かの役にたてる場づくりに挑戦するべきなのかな」という気持ちの変化につながりました。
“核家族を超えた家族”の中で子育てしたいという想いと、山での出来事がきっかけで戸川さんはサロンの構想から一転、コミュニティスペースとして家をひらくことを決めたといいます。
子どもたちがご近所のおじいちゃん、おばあちゃんから暮らしの知恵を学んだり、地域の目が子どもを見守る光景は、昔はどこにでもあったように思うんです。私の考える“核家族を超えた家族”っていうのは、仲間であり、地域の方々なのかな。
家をひらいたことで、ご近所さんのつながりや地域で働く人たちとの交流も増えました。つながっていくことで自分も自然と子育ての不安が軽くなっていくのを実感したんですよね。
他人が敷地に入ることは、こと都会の生活では受け入れにくいことのようにも感じますが、戸川さんは家をひらくことに抵抗はなかったといいます。
どこか縁が切れやすい世の中になってしまっている気がしますが、しっかりとご近所に挨拶をしたり、このコミュニティに参加する人とたくさん会話をしていると自ずと信頼関係は生まれるんですよね。
家をひらくということは、信頼関係や顔の見える人間関係があるからこそできるのかなとも思います。会社勤めの時よりも、今は地域やたくさんの人の「ご縁」の中で日々生きていることを感じています。
家びらきから生まれた、次の“ひらき”
現在、アロマココロ主宰としてトランジション活動のミーティングやマルシェの運営などを担う傍ら、昨年から茜染めの作品づくりにも挑戦している戸川さん。きっかけはアロマココロでのお話会だったそう。
アロマココロで開催した「冨貴工房」代表冨田貴史さんのお話会で茜染めに出会い、以来夢中になっていて。これを機に染めものというひとつ手仕事にコミットした「仕事の生まれる場づくり」にも挑戦してみたいと思ったんです。
工房から生まれた手づくりの商品は、すでに近隣のオーガニックショップでも取り扱われているそう。また年4回開催している「茜子祭り」でも販売されています。
茜染めが魅力的だからこそ、いろんな方に使って欲しいという願いをこめて作品をつくるようになりました。すると今度は工房が必要になって、使っていなかった父の書斎を開くことにしました。
今は定期的にワークショップを開催したり、メンバーと作品をつくる場になっています。仕事場としての家開きになるのかな。どちらも人がつながる場でありたいと思ってます。
染めものをしているとよく近所の子どもたちが「何してるの?」って集まってくるとか。そこで茜という植物のこと、染めのことを伝える。この伝えることもまた、自分の家開きの大切な役目、と話す戸川さん。
染めものだけでなく、昔ながらの味噌づくりや梅仕事なんかも子どもたちと一緒にやります。手仕事を通じて生きる力を子どもたちに継いでいきたいなと思うんです。
家開きから4年目。子育てへの不安がひとつのきっかけとなり、家をひらいた戸川さんですが、今では家をひらいたことで生まれたつながりや、様々な学びをより多くの人と共有できるようにという思いで、家をひらいています。
生前、父が手入れをしていた果樹たちは、工房やアロマココロにくる人たちや近所の子どもたちのおやつになってます。みんな美味しそうに食べていて。その光景を嬉しく眺めてるんですよね。父の果樹で広がるご縁みたいで、父も喜んでいると思うんですよね。家をひらいて良かったなと思うことのひとつかな。(笑)
戸川さんの家びらきは、都会ではあまり見なくなった、ご近所さんとおたがい様の関係を築くことに似ているのかもしれません。そこに子育てがあったり、地域の助け合いが生まれたり、ちょっとの挨拶やコミュニケーションから家びらきは始められる、ということを戸川さんは教えてくれました。
家びらきに興味が湧いてきたら、「自分だったらどんな家びらきができるかな?」と想像してみてください。
そこから始まる、地域や地域の人へ寄り添った暮らし方が見えてくるかもしれません。
(Photo by Photo Office Wacca : Kouki Otsuka)