建築家と家づくり 好きに暮らそう SuMiKa
暮らしのものさし
記事作成・更新日: 2014年 9月11日

暮らしを変えるのに必要なのは「いい人プレイ」をやめること。建築家・谷尻誠さんに聞く、暮らしのつくりかた


「暮らしのものさし」では、ただ消費者として暮らしを営むのではなく、自分の暮らしをデザインする、“暮らしのつくり手”たちを紹介しています。※この特集は、SuMiKaとgreenz.jpが共につくっています。


キャンバスに追加する
写真を拡大する

「心地よい暮らし」とは、どんな暮らしですか?
暮らしかたに理想を持っていても、毎日が忙しくてなかなか思った通りにならないという人もいると思います。

今すぐはかなわないかもしれないけど、毎日の暮らしに小さな変化を起こしてみるのは、きっと楽しいこと。

今回は、広島と東京の二拠点で暮らしながら、建築の持つ力で関係性や環境をつくり、世の中を楽しくするプロジェクトを行う建築家の谷尻誠さんに、暮らしを変える“考え方”について伺ってみました。


谷尻 誠さん
建築家。1974年広島県生まれ。94年穴吹デザイン専門学校卒業。本兼建築設計事務所、HAL建築工房を経て、2000年「SUPPOSE DESIGN OFFICE(サポーズデザインオフィス)設立。現在、穴吹デザイン専門学校非常勤講師、広島女学院大学客員教授。JCDデザインアワード、グッドデザイン賞、INAXデザインコンテストなど受賞多数。手がけた住宅は100軒超。広島と東京を拠点に世界で活躍している。
2012年「1000%の建築~僕は勘違いしながら生きてきた」、2013年「談談妄想」などを出版。


“夜型”になったのは、どうしてだろう?

広島と東京。この2つの地域を行き来しながら働き、暮らしている谷尻さん。元々は広島で設立した「SUPPOSE DESIGN OFFICE(サポーズデザインオフィス)」という建築設計事務所の代表をしながら、建築家として住宅だけに留まらず商業空間、ランドスケープ、複合施設など幅広い建築を国内外で手がけています。

「建築家」と一括りにしてしまうと、真っ先に頭に浮かぶのは「建物を設計するひと」かもしれません。谷尻さんは建築物そのものを設計するというよりは「考え方を設計する」というスタイルで、世の中に新しい発想や提案をしています。

まず、ご自身の暮らしについてお聞きしてみると、ここ数年でご自身の「暮らしかた」に変化が起きていると言います。

僕は夜行性です。昼間も、もちろん働くのですが、夜の方が元気かもしれない。「表参道ミッドナイトランニング」という、都内でランニングしている人たちが集まって、皆で夜中に走ったりしています。

夜行性になったのは、どうしてだろう。夜はいろんな人に出会えるからかもしれません。たぶん、僕の周りは良い意味でだめな大人がたくさん周りにいるんですよ。すごく仕事ができる人に限って、だめな大人が多い気がして。夜な夜な集まっては飲んでいましたね。

「いい人プレイ」をやめると、暮らしが変わる

これまでは集まりごとがあると、基本的に最後まで参加していたという谷尻さん。「どうして夜型になったのか?」と小さな疑問を持つことをきっかけに、大きく生活改善をしたのだそう。

最近は、夜に出掛けることがなくなりました。あまり飲み歩かなくなりましたね。

以前は「次に行かないといけないんじゃないか?」と思っていました。今は1軒目を終えると帰っちゃうんです。今までの僕は変に「いい人プレイ」するので、急に帰ると誰かを裏切ったことになるんじゃないかという気持ちもあったんです。

でも、本当はそんなことないんですよね。皆、気持ちよく集まっているだけなので。もちろん、長く一緒に時間を過ごしたことで仲良くなる友だちもいます。ただ今はもう、そういう時期ではないのかもしれないと思うようになりました。

キャンバスに追加する
写真を拡大する

今年の年初に「もう少し自分自身も変わろう」と考えて、実際に変化が起きていると話す谷尻さんの表情はとても柔らか。夜に出歩かないという選択は、体や心に気遣いながら過ごすことに自然と結びついたようです。

ある種、飲み歩くのは現実逃避するという部分もあります。もちろん、そういう場での出会いは大切ですし、新たに知ることも多かったんです。

しかし、そのことがなくても成立するというか。日常は変わらないということがわかりました。僕も夜遅くまで起きていると、朝起きれなくなってきましたしね。実際に、朝まで飲むと復活するまでに時間がかかるようになりました。

いい年なので、体のことも気づかって生活をしないといけないなと思ったことも理由のひとつです。 僕は今40歳。この年齢は一番、体をこわす時期とも周りから聞いているので。身体を気づかって暮らしてみた効果としては、疲れなくなり健康的にやせてきました。

細胞や思考は、食べものや暮らしがつくる

体や心の状態を気づかうことは、自分と向き合って生きていくことなのかもしれません。「何を考えて、どう行動したら気持ちがいいのか」をあらためて思い描くことも私たちの暮らしのヒントになりそうです。

今後はゲストハウスをつくるとか、オフィスに社食をつくるといった仕事もしたいと考えているんです。僕の事務所のスタッフを見ていて思うことがあって。コンビニでごはんを食べていることが多いスタッフは、おそらくコンビニのお弁当で体や細胞が形成されているはずです。

僕は、細胞や思考は食べる物がつくっていると思います。それなりの食べものでつくられた細胞からは、それなりの思考しか生まれない可能性もあります。健康をつくるということもありますけれど、良いクリエイションをするためには、食べものに気をつける必要があるなと思っています。

食べものが細胞をつくっているということに興味を持った谷尻さんは、生活する上での「当たり前」を深堀りしたいと考えています。普通なこと、何気ないことを意識化すると、もっと良くなることがあるのではいかと日頃から探しているのだそう。

例えば、iPhoneをグラスやマグカップにいれると、すごくいい音がするんですよ。高価なオーディオじゃないと、いい音が聞けないというのではなくて。少しの工夫で食卓が気持ちよく彩られることもありますよね。お金がなくてかなわない夢も、工夫次第でかなえることができると思います。

キャンバスに追加する
写真を拡大する

グラスに容れるだけで、本当に音が変わります

それから、ワインを買ってきたときのボトルのデザインで、美味しい食卓がデザインされることがある。いいなと思う“形”が身の回りにあることが、とても重要な気がしています。

ワインを買うときも、味だけではないところも見て変わっていくと思います。飲み終わったあとのボトルの活用方法まで考えて買うようになるかもしれない。こうしたことが、何気なく生活が楽しくなる「きっかけ」になる気がしています。

物と物以外の関係性を気にすること

もうひとつ、谷尻さんがこだわるポイントがあります。みなさんは、誰か大切な人と時間を共にするときに心がけていることはありませんか?「楽しくなってもらえたらいいな」、「気持ちのいい時間を過ごしたいな」そんな思いをもって過ごすとき、少しの工夫で楽しい時間が生まれていくのではないでしょうか。

キャンバスに追加する
写真を拡大する

谷尻さんがニューヨークで食べたピザ。食事の時間を大切にしていため、食べものの写真も多いそう。

例えば食事の際には、食べものと音楽の関係も大事だと思っています。

夏だとジャック・ジョンソンの音楽をかけると、ビールが美味しくなるんじゃないか。窓があいているほうが、外で食べている気分に近くなって料理の美味しさが変わるんじゃないか。より豊かな時間をどうつくれるか、そこは意識的にしているところもあります。

今お話したような、物と物以外の関係をすごく気にしています。ぼくは「関係性」という言葉の概念が好きなんです(笑)。知らず知らずのうちに、いつも「関係性」を気にしているかもしれません。

お話を伺っている途中で谷尻さんから、赤と書いた緑色の文字を見せて「これは何色ですか?」と尋ねられました。そのときに、私は少し戸惑うと同時に自分で考えて答えを出すことの大切さをあらためて感じました。

キャンバスに追加する
写真を拡大する

赤と言おうか、緑と言おうかちょっと迷いますよね。考えさせることが大事というか。人が戸惑うということは、とても大切なこと。どうしようかなと迷ったり、はっとするような状況というのは、いつもとは少し違うから起こるのかなと。

戸惑ったり悲しんだり驚いたりするというのは、何かの前提があって判断していると思うんです。そういう関係性にすごく興味があります。どうすると人が驚くのか、どういうときに、人は写真を撮りたくなるんだろうとか。

基本的に悪ガキというか、みんなを驚かしてやろうという小学生的なノリでずっと仕事をしているんです。いい意味で本気でふざけています。ふざけながら考えて真面目にプロダクトアウトしていく。

真面目に考えているとユーモアがなくなります。関わってくださる人に、もっと楽しい気持ちになってもらえたらと考えています。

谷尻さんの、誰より不真面目に考えて誰より真面目につくりたいと思っている姿勢が伝わってきました。

設計事務所と世の中をつなぐ「THINK」

さてもうひとつ、谷尻さんの空間づくりからも、暮らしを変える“考え方”について探ることにしましょう。

谷尻さんは、広島にある設計事務所「Suppose Design Office」に目的を持たないスペースをつくり、そのスペースを使ってゲストを呼んでトークイベントなどを開催する「THINK」というプロジェクトを定期的に行っています。「行為が空間に名前をつける」をコンセプトに始まりました。

ここであらためて考えてみたいのが、このコンセプト。実験室と言えば実験の空間を示すし、研究室と言えば研究の空間を示すように、「ものごとを規定してしまう「名前」を一度外して考えてみることで、がらりと視点が変わる」と谷尻さんはいいます。

谷尻さんの暮らしの例に出てきた、グラスなどの何か液体を飲むことに使う道具も名前を外して考えればオーディオにもなります。使う人によって、ペン立てや一輪挿し、金魚を飼ってみてもいい。そうした自由な発想が生まれるように、あえて空間に名前をつけず、「行為が空間に名前をつける」としているのです。

実際に「THINK」は、自由な空間を創造し続けています。登場するゲストによって、レストランやライブハウスになったり、美容室や展示会場になることもあります。

キャンバスに追加する
写真を拡大する

定期開催している「THINK」の様子。会場ではゲストと一緒にトークセッションを行っている。

「THINK」のはじまりは2011年。建築をやっている人間は、建築には長けているんですけれど、建築の土俵ではないところでは自分の戦闘能力が下がるところがあります。試合会場が変わると弱いレスラーのような(笑)。

建築を依頼してくださる方々は、音楽や料理、洋服やアートなど違った「好き」をもっている、いろんな方がいるので。そうした、いろんな「好き」を知る場にもなっています。

「THINK」は、ひとつのプロジェクトとして始まり、こんなに続けるとも続くとも思っていなかったと、当初を振り返ります。

キャンバスに追加する
写真を拡大する

司会進行役の谷尻さん。ゲストは写真家、料理家、音楽家など様々な業種の方が登壇している。

何より良かったのは、設計事務所を訪ねることはハードルが高いとされていたところに変化がありました。「THINK」の場を設けたことで出会いが生まれ、和やかで敷居の高くない場所だと気づいてくださったことです。

門を叩くという行為が、お互いにとても楽になって。設計事務所と世の中とつながっていくのを感じた。活動を通して知ってくださった人との出会いがあってわかったことです。

僕たちは設計だけをやっているわけでなはくて、場づくりなどの環境面も含めて行っている。そういうところに気づいてもらえたことも嬉しかったですね。

谷尻さんのお話からは、自分自身の体や心に無理がないか、日常にある何気ない“小さな疑問”に気づくことから「小さな変化」をつくる様子が伝わってきました。

さらに、自分自身の固定概念を一度取り払って、あたらしい気持ちでモノや空間に向き合うこと。そして無理のない地盤のうえに、人と人、人や場所など、さまざまな関係性を築いていくこと。

もしも今、全てが理想のとおりでなくとも、何気なく暮らしが楽しくなるような「きっかけ」は身近なところにあるかもしれません。視点をがらりと変えて、「こうしてみたら、もっと楽しくなるかも!」を少しずつ暮らしの中で実現すること。

あなたにとって、少しだけ新しい暮らしをつくってみませんか?

関連する家づくりカテゴリー

おすすめ

前の記事

ボトムアップ型の公共はもう夢じゃない。co-ba中村真...

次の記事

“核家族を超えた家族”と共に子どもを育てたい。自宅を一...