建築家と家づくり 好きに暮らそう SuMiKa
2014年 9月24日

田中啓子さん


家には、暮らしを象徴する個性やスタイルがあります。都市とは違うライフデザインが、インテリアに、もしかしたら小さな道具に現れているかもしれません。地域で上質に暮らすおうち拝見。「ローカルの家と暮らし」(『コロカル』で連載中)より。


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阿蘇の山の麓に開いた、小さなレストラン。

阿蘇くまもと空港から車で一時間。車窓からの景色が緑濃くなると、見えてくるのはカルデラに広がるのどかな田畑風景。
そして、それを取り囲むようにそびえる雄大な阿蘇の山々だ。
点々と別荘やお店が建ち並ぶ森のなかを登っていくと、可愛らしい木の看板と庭が現れた。
レストラン「ボンジュール・プロヴァンス」だ。
400坪の細長い敷地には、たくさんの木々やハーブ、花が植えられていて、「バラだけで約100種類あるから、それ以上の植物があるはずだけど、もう数えきれないわね」とチャーミングに話すのは、この店の主、田中啓子さん。
一緒に切り盛りする夫の信也さんと共に出迎えてくれた。
テラスが設けられ、窓も扉も開けっ放しと開放的な店内は、高原のさわやかな風が心地よい。
レストランの奥は田中さん夫妻の住まいになっている。

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ボンジュールプロヴァンズの入り口。春になれば、庭は色とりどりの花でいっぱいになる。

田中さん夫妻がこの地に移り住み、レストランをオープンさせたのは1999年のこと。
もともと会社員だった信也さんと子ども3人と熊本市内でマイホーム暮らしをしていた啓子さんは、「いつか小さな飲食店を開きたい」と夢を抱いていた。
しかし、子どもが自立するまでは辛抱、と心に決めて、まずはコツコツと資金づくりに勤しんだ。
営業職として毎日忙しく働きながら、友人とのつきあいや遊びも我慢する節約生活。
「そうじゃないと、夢は叶わないと思いましたから」
息子たちが自立し、あとは娘が大学を卒業するのみと思っていた矢先、娘から「パティシエを目指したいから大学を辞めたい」という相談をもちかけられた。
それを聞いた啓子さんは動揺するでもなく「それなら、お母さんも仕事を辞める! って。それで、いよいよお店を開くことにしたんです」
かくして、51歳になった啓子さんは、長年あたためていた夢をスタートさせたのだ。

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入り口を入るとすぐあるテラス。高原の風が気持ちよい。

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チャーミングな笑顔が印象的な、啓子さん。

家族に支えられた、お店づくり。

まずは、阿蘇で土地探し。熊本市内よりも標高の高い阿蘇エリアは、年平均気温が13℃と夏でも涼しく、自然豊かな環境だ。
「私は福岡の生まれですが、初めて訪れたときからこの阿蘇の自然と気候が大好きだったんです。だから絶対、阿蘇にしようって決めていて。下調べでちょくちょく通っていました。そのなかでも、この場所を選んだのは、ある本の写真と同じ景色が見えたからなんです」と啓子さんは1冊の写真集を見せてくれた。
そこには、園芸や料理など、南フランスにあるプロヴァンス地方の日常風景が綴られている。
なるほど、店名にもしているし、やはり啓子さんはプロヴァンス地方にゆかりが? と伺うと、
「いえ、当時はプロヴァンスに行ったことはなかったんですよ(笑)。娘が高校生のときにこの写真集をプレゼントしてくれたんですが、すごく素敵だなと思って。以来ずっと、見たこともないプロヴァンスの暮らしに憧れてしまったんです。ハーブもこれを見て勉強しました。お店を開くなら、こんな雰囲気にしようって思ったんです」
運命の土地を探し当てた啓子さんだったが、信也さんは反対。
今でこそ別荘やカフェなどが建ち並ぶこのエリアも、当時は何もないただの森だったから。
「最初はこんなところで店を出すなんて絶対うまくいかないと思って、反対したんですけど」と言う信也さんに、「私はなーんにも不安はなかったんですよ」と啓子さんがさらりと返す。

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テラス席から見える、阿蘇のカルデラの美しい田園風景。

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プロヴァンス地方の風景が綴られている、啓子さん思い出の写真集と当時啓子さんが描いた図面。

ほどなく土地が決まり、次は住まい兼お店をどうつくるか。
啓子さんは見よう見まねで自ら設計図と庭の植栽図をひいて、設計士に依頼すると、そのままの間取りで建ててくれることに。
そして、1年をかけて完成した。
オープンしてすぐに信也さんも会社を辞めて、啓子さんをサポート。
お店の経営を軌道にのせながら、お金が貯まれば、テラスを増築して、住まいを整備していった。
母屋の隣にあるアトリエは、陶芸家である娘の旦那さまと信也さんが建てたというから驚きだ。
「もう、同じものはつくれませんね」と信也さんは苦笑する。
家族とともに、長い年月をかけて、少しずつ、少しずつ手を入れてきた夢のかたち。
「だからちっともお金は貯まりませんよ。それでも、今はここでの暮らしがとても楽しいから。満足しているんです」と啓子さんはにっこり笑う。

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母屋の奥にあるアトリエ。ごつごつした壁の漆喰は、陶芸家である娘の旦那さまが仕上げたもの。

ボンジュール・プロヴァンスで使う素材は、ほとんど阿蘇でとれたもの。
なかでも野菜は、自然農法にこだわる宇都宮自然農園の有機野菜を使っているので、旬の野菜が日替わりのサラダやスープにたっぷり使われる。
また、熊本特産のあか牛のすね肉をワインと塩とハーブだけで煮込んだ、看板料理「ドーヴ・プロヴァンサル」は、前日から仕込み、毎日3時間かけて作る。
「専門的に習ったわけではないけれど、素朴なフランスの家庭料理を楽しんでもらいたい」と啓子さん。
オープン以来、宣伝はせず口コミだけで広まっていったが、ファンは増え続け、14年目の今もここに通うお客さんは絶えない。

「オープン当時は、娘がデザート担当で一緒に切り盛りして、支えてくれました。今は彼女も自分の店を近くに建てて、暮らしています。実は、このレストランの土地は、会社員の長男が購入してくれたものなんです。“お母さんが引退したら僕が引き継ぐから”って。息子がいなければ実現できなかったですね」と啓子さんは目を細める。
庭には次男がオープン記念に植えてくれたという菩提樹がすっかり大きく育っている。
啓子さんが強く望んだ夢は、家族に支えられながら、見事実現したのだ。
「でもね、夢って思っているだけじゃだめなんですよ。ちゃんとまわりの人に伝える努力もしないとね。そうすれば、助けてくれる人が必ず現れるんだと思います」

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information

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ボンジュール・プロヴァンス
住所 熊本県阿蘇郡南阿蘇村河陰5262-63【地図】
TEL 0967-67-3107
営業時間 12:00〜16:00LO 水曜・第2、3木曜


editor’s profile

Kanako Tsukahara
塚原加奈子
つかはら・かなこ●エディター/ライター。茨城県鹿嶋市、北浦のほとりでのんびり育つ。幼少のころ嗜んだ「鹿島かるた」はメダル級の強さです。

credit

撮影:山本あゆみ


※この記事はcolocalに2012年10月25日に掲載されたものを転載しています。

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