建築家と家づくり 好きに暮らそう SuMiKa
2014年10月 2日

2010年からの10年間は、 前世紀から新世紀へ 新しいムーブメントが 社会を変えていく時代。

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田中浩也

慶應義塾大学環境情報学部准教授/ファブラボジャパン発起人
1975年北海道生まれ。東京大学大学院工学系研究科博士後期課程修了。博士(工学)。2008年より現職。2010年米マサチューセッツ工科大学 (MIT)建築学科客員研究員。経済産業省未踏ソフトウェア開発支援事業・天才プログラマースーパークリエイター賞(2003)など受賞歴多数。新しいものづくりの世界的ネットワークであるファブラボの日本における発起人であり、2011年には鎌倉市に拠点「ファブラボ鎌倉(FabLab Kamakura)」を開設した。


田中浩也(以下、浩也と表記):(『awesome!(オウサム)』の企画書に挙げた5つの問題提起を読みながら)はい、はい、はい、はい。なるほど。建築が骨董趣味みたいになっちゃったらどうしよう……と心配なんだね。本当だよね。けど、建築に限らないけどね。

田中元子(以下、元子と表記):まじか!

浩也:例えばアルゴリズミック・デザインも骨董になってると思う。

元子:そういうこと、そういうこと。骨董になっちゃうんだよ。でさ、アルゴリズムはまだ歴史が短くてさ、骨董でしたねで済むかもしれないけど、建築自体はそうだとなんかなぁと。まぁ骨董建築と骨董じゃない建築に分かれんのかもしれないけどさ。

浩也:ああ、それはでもすごく深いよね。オタク系のニコニコ学会とか、初音ミクコミュニティとかも、ああいうのも骨董っちゃ骨董でしょ。要はなんか、社会の全員が何らかのオタクになってるってことでしょ? まぁ時代の流れだよね。

元子:なんかさ、私個人的にはね、その骨董じゃない状態で社会に存在する建築っていうものに憧れて、この建築の世界に入ってきたから、骨董になっちゃったらどうしようって思ってて。

浩也:例えば骨董じゃない建築って何?どれが骨董じゃないの?

元子:そうだな。今ぱっと出てきたのがさ、<ふじようちえん>(手塚貴晴+手塚由比/2007)だったりするよね。施設の用途にも関係するんだけど、オープンであったり、誰かが親しんで使ったり、町の風景にいい意味でなれていたりする建築、いい形で社会的に存在している建築ってのが、私にとっては骨董じゃない建築かな。

浩也:建築家の吉村靖孝さんと最近政府の仕事をしているんです。「『ファブ社会』の展望に関する検討会」というのが、総務省であって、僕はその座長をやってるんだけど、各分野から1人ずつ有識者に来てもらってデジタルファブリケーションで社会はどう変わるかっていうことを、議論してるんです。で、建築分野の代表として、吉村さんが参加されているんだけど、吉村さんもいっつも帰り道に「骨董化」の話をするんだよね。

元子:実はこの話は最初、Facebookに書いて、たくさん反響があって、そこにも吉村さんは書き込んでくれてて。彼はもう骨董品になり始めているって言ってた。骨董化問題以外にも、建築勉強した人が社会に出てあとに、どう食べていくかという問題や、建築家による設計料10%の問題とか、まぁいろいろこのままじゃ建築ってヤバいよねと。みんなもやもやヤバさは共有してるんだけど、何がヤバくて、どうしていけばヤバくなくなるのか、ということが、ちゃんと議論されてない気がして。
 まぁ、田中くん(田中浩也さん)は、建築好きじゃないですか。だからその想い、その田中くんが好きって言ってる建築っていうものが、健やかにこれから生きていくのかなっていうのが私の課題なんだよ。そもそもなんで建築に関わり始めたんだっけ?

浩也:僕は、高校までずっと札幌生まれ、札幌育ちなんです。で、札幌にはいわゆる「大文字の建築」ってないんですよ。ハウスメーカーの家ばっかりだったし。だから高校卒業まで僕にとっての建築は、なんというか、「雪まつり」だったの。なんか「雪まつり」ってのが僕にとってすごいかっこいい建築的な巨大な造形物で。でも、修学旅行で京都に行ったときに、神社とかお寺とかが超かっこいいと思ってしまったのです。そこで歴史に振れた。
 その時点で僕にとっての建築っていうのは、なんというか、「人類の知恵の結晶」みたいなものとして意識づけられてしまった。でも、大学のとき、住宅設計とかやろうと思っても、自分にとっての「建築」のイメージと違いすぎて、やっぱり出来なかったんです。

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元子:建築、いつやってたんだっけ?

浩也:京大の総合人間学部にいたときに図形科学と日本建築を扱う研究室にいたんだけど、メインは別に設計ではなかったんですね。日本建築のアーカイブを作ったり、調査したり、形の解析をしたりね。フラーとかスペースフレームの研究もやっていた。でも、なんか設計もやりたいと思ったときがあって、建築学科の高松伸さんの授業に行ってみたりしたけど、そういうのはやっぱり自分にはできなかったんです。そのときに住宅設計の課題とかしてたけど、いやもう、大学生でも住宅設計とかできる人ってすごいと思うんだよね。僕なんて、ワンルームでいいじゃんって思ってしまって。なんで分けなきゃいけないんだよって線を引けない。だから、もう、この時点で俺は建築家に向かないんだって確信したんだよ(笑)。
 高松さんが、例えば空間の陰影とか、奥行きとか、深度が大事だ、みたいなことを言ったり描いたりするんだよ。で、メディア内でも、そういう言葉で批評し合ってたじゃん。僕は学生心にそれを知ろうとしたんだけど、言ってることが全然分からない。だから、実際に見に行けばわかるかもって、F.L.ライトやL.カーンの建築を見に行ったりして。まぁ、こういうことが言いたいのかなという感じはあったんだけど。それ以上自分のなかで深まっていかない。ぼくはもうちょっと科学的なことを考えていきたかったから。

元子:そっか。高松さんの言葉だけでは、田中くんをもってしても、よく分かんなかったの?

浩也:いや、なんかね、そこで発せられる言葉が、どこかうそっぽく感じてたんです。

元子:その感覚はわかります。

浩也:例えば“空間の深度”とかなんだ? みたいなね。そこには京大派ならではのペダンティックなところもあって、分かる人しか分からない、分かる人は偉い、みたいなところもあると思う。僕はもうちょっと「社会に開かれた」知識とか技術、それから「共通言語」に興味があって、だからその後は、本当に「工学」に行ったんだと思います。
 ところで話は変わりますが、このファブラボ鎌倉(写真)には、不登校の子どもから、おじいちゃんまで、本当に地元のいろんな人が集まってるのね。つい最近も、おじいちゃんが一生懸命モデリングして、この蔵の模型を勝手に作ってたり。今の日本って、基本的にモノは全部満たされてて、マズローの5段階欲求説ってのに当てはめてみると、生理的欲求、安全の欲求、社会的欲求、尊敬・評価の欲求の4つの段階の次の最終段階、自己実現の欲求の段階なんだよね。つまり多くの人が趣味にこう生きるんだ!っていうふうになっていく時代なんだと思う。僕自身も少しそういう感じだもんね。何かもう全てが趣味っぽくなってるんだと思うよ。
 だから建築も、趣味のひとつみたいになってて、なんかもうそれぞれ自分が感じるフェチの対象が違うかもしれないけど、全部が等価になっていくんじゃないのかな。個別化とシームレス化が同時進行している。

元子:そうだよね。それはすっごいそう思う。だから最近思うのはさ、例えば住宅の課題とかを出されても、それでは何も現代的な解答は出なくて。そうではなくて住宅っていうビルディングタイプを超越したところを暗黙のルールにしないと、全然現代的にならないんだよね。

浩也:確かにね。


つづきはawesome!紙面で!

※この記事はawesome!創刊号(2014年9月)に掲載されたものの一部を転載しています。

※awesome!は、全国の大学や専門学校など、建築系教育機関約350箇所で配布されています。また、下記の書店で、1部100円で購入できます。

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