求めたのは、家具が映える生活感のない空間。海外のホテルやショップ空間をイメージし、非日常感を追求したアートディレクターの家。
text_ Kiri Suzaki photograph_ Takuya Furusue
アートディレクター ツチヤヒロノブ さん
つちやひろのぶ アートディレクター。株式会社博報堂にて、CMや紙媒体の広告制作を手掛ける。個人のデザイン活動として、木彫りの熊などの定番民芸品を“薄型化”したプロダクトシリーズ『薄型民芸』を展開。http://usugatamingei.com
居室全体を覆うフレンチヘリンボーンのフローリング。何度も塗り重ねられた跡が見える、ムラのあるグレーの壁。ヨーロッパの古いアパートメントのような雰囲気が漂う空間には、鉄や古材を素材とする重厚感あるアンティーク家具が並び、ショップかギャラリーのような非日常感を醸し出している。
「非日常を日常にしてみたらどうだろうと思ったんです。集めている家具などを鑑賞するように暮らしたくて、ホテルやショップのような生活感のない空間を目指しました」
そう話す、アートディレクターのツチヤヒロノブさんは35歳。将来的に賃貸することも考慮して購入した物件は、渋谷区にある築55年というヴィンテージなマンションのメゾネット住戸。住宅や店舗づくりを手掛ける坂野正崇さんに実施設計と施工を依頼し、自身のディレクションでリノベーションした。
「手持ちの家具をどう使うかというところからイメージしていきました。特にこだわったのは、空間の雰囲気を決める床と壁。床はオーク材のフレンチヘリンボーン張りに。壁は最初、ペンキでグレーに塗ったのですが、思っていたような仕上がりにならず、セメントを塗り重ねて仕上げてもらいました」(ツチヤさん)
海外旅行などに行くと、いつも建物や家具のディテールばかり見てしまうと話すツチヤさん。NYのエースホテルを参考にしてつくったというサニタリーは、洗面器や水栓金具などのパーツを海外メーカーから取り寄せるなど、素材やパーツにもこだわりを尽くした。
ダイニングキッチンがある下階は友人を招くパブリック空間、上階はベッドが置かれたプライベート空間。ステンレス製の箱のようなキッチンや、スチールのフレームと金網で造作したドア、ガス管で作ったハンガーパイプなど、細かなアイデアで生活感を抑え、家具のコレクションが映える空間に仕上げている。
「見るからに“便利でしょ”というものは、生活感を感じさせる。本当に便利なものは、そんな強調をしなくても使えるもの。使い方を考える余地があるほうが面白いし、それは家具も同じ。造り付けの収納をたくさんつくるより、趣味や求める機能が変わったら、また気に入るものを探す楽しみがある」(ツチヤさん)
“満たさないこと”がもたらす“考える楽しさ”に満ちた住まいだ。
〈所在地〉東京都渋谷区〈居住者構成〉大人1人〈建物規模〉地上5階(2・3階部分)〈主要構造〉鉄筋コンクリート造〈建物竣工年〉1957年(築55年)〈専有面積〉約66㎡〈設計+施工〉i-ado 坂野正崇〈設計期間〉1ヶ月〈工事期間〉2ヶ月〈竣工〉2012年
Masataka Sakano
坂野正崇 1973年 生まれ。ボストン・バークリー音楽院大学卒業後、ニューヨークで音楽活動。1997年 帰国後、伝統木造建築大工として修行、2002年 東京・吉祥寺に拠点を置き独立。06年 株式会社i-ado(アイアド)設立。
株式会社 i-ado
東京都武蔵野市
吉祥寺北町3・9・6
TEL 0422・55・7920
FAX 0422・56・9172
www.i-ado.com
※この記事はLiVES Vol.65に掲載されたものを転載しています。
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