建築家と家づくり 好きに暮らそう SuMiKa
2014年11月 7日

新築でもリノベでも構わない。 建物やまちに生まれる 状況そのものが 僕らの作品だと思っている。

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大島芳彦

ブルースタジオ専務取締役
1970年東京都生まれ/1993年武蔵野美術大学造形学部建築学科卒業/1996年The Bartlett, University Collage London(英国)/1994~97年 Southern California Institute of Architecture(米国)/1997~2000年石本建築事務所勤務/2000年よりブルースタジオにて建物ストックの再生「リノベーション」をテーマに建築設計、コンサルティングを展開。活動域はデザインに留まらず不動産流通、マーケティング、ブランディングなど多岐にわたる。


大島:(企画書を見ながら)うん。建築やばくない? ですか(笑)。

田中:はい。

大島:うん。そうね。うん、そう思う。まずここで言うところの、建築設計自体がひとつの産業として成り立ってない、っていうとこはあるんですよね。
 今までの構図だったら建設業のいち職種として建築設計業みたいなものがあったのだけど、そこに第三者性というかコンサルタントとしての側面とか、客観的な立場を別の産業として成りたたせないと、建設自体をコントロールできなくなってしまう。そんなことに危機感を覚えるんです。
 つまり、僕ら設計している人たちも何に対して報酬をもらっているのかということをきちんとしていかないと、存在意義そのものが危ぶまれますよね。

田中:今も多くの建築家たちは、総工費の例えば10%といった報酬の形をとっていると思うんですけど、そのビジネスモデル、お金のもらい方自体にも限界があると思っていて。

大島:僕らは必然的にリノベーションっていうテーマで仕事をするようになって。まずリノベーションの工事の額って建物の規模じゃ計れないんですね。それに建築だけの話でもなくて。
 例えば建物が巨大であっても、名前を変えるだけでもリノベーションかもしれないし、管理の仕方を変えるとか、建物の価値向上に寄与できるのは、何も建築だけじゃない。益々フィーをどうもらうかが難しい。とても全体の何%だとは言えないんです。
 そうすると、どういう効果を及ぼしたかってことに対する、ある意味成功報酬が、一番妥当だったりするわけ。だから、僕らも自分たちのフィーをどうするかってことは、最初のころから試行錯誤しながらやってきたんですよ。

田中:でも、そもそもなぜリノベーションだったんですか。

大島:僕自身が独立しようと考えたときに、特にコネがあるわけでもないので、食いぶちをどこに見い出すかっていうと、やっぱりリフォーム設計かインテリアデザインあたりから始めるしかないような感覚は、自然にあったんです。あと、今いるこのビルは「大島ビル」っていうんですけど、うちの親父が貸しビル業を40年前にはじめていて、そろそろ僕もその建物たちをこれからどうするか考えなきゃいけないっていうことも感じ始めていて。
 そのふたつで考えると、必然でリノベーションだったんですね。当時は、リノベーションっていう意識はないけどね。じゃあ、それの仕事をしようかなと。それを本業にしようとは思ってなかったけど。僕、その前は組織事務所で働いてたんで、そのかたわらそんなことを考えてやりはじめた。

田中:最初は、どんなことをはじめたのですか。

大島:例えば、十坪ぐらいのひと部屋を収益性向上のために工事しましょうと。当時の一般的な賃貸事業を手がける人の感覚だと原状回復プラスアルファぐらいでしか考えてないので、まさかそこに何百万円も使う気持ちはないんです。まぁ、仮に100万円とすると、10%を設計料で頂戴って言っても10万そこらですよね。これではなんもできないなと。この先にうまくいったとしても展開していくことはまず無理。
 で、ただ現状回復させるだけではなくて、賃料の向上につながったらとか、自分で客付けできたらどうだろうかと考えた。っていうのは、現状回復にせよ、自分がいいと思って設計することなんだから、その価値を一番知ってる、伝えられるのは自分だろうなと。それをちゃんと説明できるのは自分しかいないから。
 お客さんを紹介できたら、業界の慣習として業者じゃなくても貸主から広告宣伝費をもらえる。それが、じゃあ1カ月分だったら、このエリアだと十坪で10万ぐらい。そうすると設計料にプラス10万円されて、合計が20万になる! さらに、100万ぐらいの簡単な工事だったら自分でやってみたらどうかなとなる。工事を請け負って、利益率10%じゃ低いけれど、仮に素人だから10%取れる仕事と考えたら、そこにまた10万円がプラスされると。
 たかだか十坪の100万円の原状回復という小さなスケールだったとしても、この仕組みであれば最初に30万もらえるなと。それぐらいの工事だったら、たぶん長くても設計から数えても2ヶ月で完了できる。2ヶ月で30万円の売り上げがあるとすれば、これは食べていけるかなという感覚は、最初にあったんです。ただ、もうその段階では、自分は設計者としての職能を超えて拡張していかなくてはいけないという想いと、そうできる確信はあった。

田中:でも、あれですよね。これは、大学とかで教わったことでもなく、大島さんが、自分で勉強されたことですよね。

大島:別に勉強とかしてないですよ。そもそも美大に行くやつが勉強好きなはずないんで(笑)。勉強とかではなく、感覚的な問題で“そうあるべきなんじゃないの”って思っただけです。それとたまたま自分の家が不動産賃貸業をしていたので、感覚的にそういうものを持っていたと。

田中:その後、あれですか。お父さまのビルに手を入れたり、お父さまが納得されて、報酬を払ってくれてビジネスになる。そういう展開になっていったんですか。

大島:ならないですよ。

田中:あれ?ならなかったんですか。

大島:親父が“おっ、これはいいな!やってみろ!”とはならなかったんですね。親父には結局ずいぶん長い間最初の1件の賃貸マンション一室しかやらしてもらえなかったですからね。本当に。1年ぐらい前から経営は僕が引き継ぎましたけど、いざ継いでみると、大きな投資はいろいろ他にかかるコストを考えるとそう簡単に決断できるものじゃないということも最近は骨身にしみてわかります。

田中:結局、大島さんは美大のあとに海外でも学ばれているじゃないですか。そのことは……

大島:ほとんど関係ないです。

田中:! そうなんですか。つまり、ご自身の問題と言いますか、ご家庭の問題と言いますか、身近に手を入れなくてはならない物件があったことが今のお仕事につながっていったと。

大島:それ以外にも、いろんな理由があるんですよ。で、感性というか、今のようなことをやったら楽しいだろうなっていうことは、どこから来てるかって言うと、大学1年生の夏ぐらいから友達と家をシェアして住むようになったことがきっかけで。
 僕はこの東中野出身なんで、武蔵美なんて全然実家から通えるんですよ。だから、1人暮らしするまでもなかったんだけど、家を出たいなっていうのがあって。けど、出るにしても必然性がないんで、安かったら、自分でもなんとかなると思ってね。でもまぁ払えて、2万円以下だなみたいな。で、ちょうど先輩が立川の米軍ハウスを出る話を聞きつけて、そこに住みはじめたんです。
 そのときのメンバーが、僕と、今のブルースタジオ代表で建築学科同級生だった大地山博、あともう1人の同級生の3人でした。その米軍ハウスは築40年以上の平屋の戸建てで、とにかくぼろかったんですよ。手入れはほとんどされてなかった埃だらけの状態に、セルフリノベ的に手を入れながら暮らしはじめた。壁塗ったり、直したりしながら。それが結構楽しくて。家賃は全部で5万円。3人で住んでたんで、ひとり1万7,000円で、お釣りがくるみたいな感じだった。
 で、そんな生活をしていて、ペンキ塗ったりいろいろしていると、よく大家さんが来てたんですよ。大家さんは、荻窪に住んでるおばあちゃんで、そのうち喜びはじめて、“じゃあ材料費出してあげるわ”とか構ってくれるようになったり、知らない間によく掃除してくれたりするようになったんです。飲んだあと散らかったまま朝を迎えると、いつの間にかおばあちゃんが入ってきてて、掃除してくれたり(笑)。

田中:いい感じですね。

大島:家に対して何がデザインなのかとか、そんな意識は全然なかったんだけど、ただそういうコミュニケーションが楽しかった。
 だけど、やっぱり男3人でまだ18歳とかだから、うまくいかないよね。住みはじめて1年半ぐらい経ったら、もうみんなバラバラ。結局みんな出ていって。けど、そのときの楽しさが忘れられなくて、その後も家賃を2万円以上払わないこと、敷金、礼金もかからない物件を前提に、それからいろんなところへ移り住むようになったんですよ。だから、とにかくコンパクトに、引越の負担がない状態でいました。1年以内で引っ越しっていうのがよくあった。そこで何をやってたかって言うと、とにかく壊す前の家を一生懸命探すんですよ。
 そういうのって、例えば駅前のフランチャイズ系の不動産屋じゃなくて、ちょっと裏通りにある、おじいちゃんが1人でやってて、中で居眠りしてるような、そういう“なんとか商事”みたいな不動産屋に行くといいんです。昔からやってるから、地主さんとの関係も昔からあって。で、のんびりした不動産屋と、のんびりした大家ってのは、結構仲間で(笑)。これが狙い目で掘り出し物に巡り会えたり交渉の余地があったりするもんなんです。そんなことを繰り返していたのが、一番今につながっていると思うんです。

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つづきはawesome!紙面で!

※この記事は『awesome!』2号(2014年10月号)に掲載されたものの一部を転載しています。


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