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記事作成・更新日: 2014年12月 6日

家具工房 en


伝統の技術と美しいデザインによる日本のものづくり。若手プロダクト作家や地域の産業を支える作り手たちの現場とフィロソフィー。(『コロカル』で連載中)より。


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端材から生まれた、美しい木目のお皿。

島根県松江市の中心地から車を走らせること約20分。
民家が立ち並ぶ集落のなかに、「家具工房 en」と書かれた木の看板を見つけた。
どこにでもある民家の軒先に控えめに置いてあるものだから、
見過ごしてしまいそうになる。
「実は、辿り着けませんでしたっていう方も多くて(笑)」
とオーナーの藤原将史さんは笑いながら、工房へ案内してくれた。
蚕業を営んでいた民家の1階を工房として借りていて、
ひと間は作業場、もうひと間は藤原さん自ら手を入れたというショールーム。
enオリジナルの家具や器、カトラリーが並び、室内はやわらかい木の香りに包まれる。

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家具工房enのショールームにある家具はすべて藤原さんが手がけたものだ。

愛媛県出身の藤原さんは、島根の大学へ進学し、建築を学んだ。
「建築士を目指して大学に入ったんですが、座って計算して図面ひいて……というのは、自分には合わなくて。もっと体を動かしてものをつくる仕事がしたくて、大学卒業後は、木工技術を学べる岐阜の専門学校へ進みました」
専門学校では木の種類やどの木目がどんな部材に適しているのかという「木取り」のノウハウ、そしてデザインから加工技術まで、家具づくりの基礎をじっくり学んだ。
「大学で建築を学んでいるときから、木の家具に興味があったんです。デザインから加工までひとりの職人が通しで手がけられるところが、家具づくりの面白いところだと思いますね」
専門学校を卒業後は、無垢の木を扱っている仕事場を探して、建具屋、続いて材木店の家具部門に勤務し、その後、独立。
「本当はすぐに独立するつもりじゃなかったんですが、自分が行きたいと思う工房に人員の募集は無かったんですね。
それなら、妻の実家である島根に戻って制作しようということになって。そのとき都会を選ばなかったのは、単純に人ごみが嫌いだというのもありますが(苦笑)、制作するなら静かな場所がよかったんですよ」

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「やっぱり、難しいのは木取り。木のクセで加工も表情も変わりますから」と藤原さん。作業場にはさまざまな大きさの木材が並んでいた。

島根に戻った藤原さんは、半年ほどで現在の工房が見つかり、本格的に家具工房を始動させた。しかし、思うようには進まない。
「ちゃんと資金が必要やなと思いましたね。材料費が無くて、家具をつくるにも木が買えなかったんですよ」
そんなとき、藤原さんが思いついたのは、専門学校時代からずっと貯めていた端材を使うこと。
1俵分の米袋が3つもあった。引っ越す度に、一緒に運んだという。
「貧乏性なんでね(笑)。無垢の木材やし、捨てるのはちょっともったないなと思って」

かくして、端材で木の皿をつくり始めた藤原さん。
本来は、お皿や器はろくろを使ってつくるものだが、材料が買えない藤原さんは、もちろん、機械も買えない。
ひとつひとつ、原始的にノミではつって皿をつくり上げた。
しかし、売れなかった。
「嫁には、“売れんもんつくり続けてどうするん?”と、よく怒られていましたね。“なんとかするわ!”とこちらも意地になって考えましたよ」
そこで、藤原さんが考えついたのが、ノミではつった削り跡をそのままにすること。
「最初は、ヤスリで仕上げてつるつるのお皿をつくっていたんですが、できあがったのを見ると、手で削っているはずなのに、ろくろでつくっているものと見た目が変わらないんです。手間がかかるから、値段はこっちのほうが高い。あんまりうけもよくないですよ、だって、ただ高いだけですから。それで、皿を彫りながら“あ、このままでいいかも”と思いついたんです」
その後、大きさやかたちの異なるノミを買い揃えながら、彫り方を研究し、それぞれの木や器のかたちにあった彫り方を模索した。
3年ほどたって、やっと自分が納得できる器になってくると、徐々に、問い合わせも増えていったという。
独特な風合いをもつ藤原さんの皿。
ひとつひとつ、手間ひまかけてつくられる彫り跡が、ナチュラルな木目の美しさを際立たせている。
「お皿をつくったおかげで、他の木の家具がつくれるようになりましたから。端材をとっておいて、よかったですね」

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ブラックフォールナットの木材をノミではつる。1日につくれる皿は4〜5枚ほど。

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くるみオイルを塗装後、拭き取り、仕上げは蜜蝋ワックスで。仕上げの塗装には1週間ほどじっくり時間をかける。

「木のものならなんでもつくりますよ」と言う藤原さんは、現在、お皿や器の他に木の家具、そして時計などの小物も制作している。
どれも、無垢の木の風合いが生かされたものばかりだ。さらに、
「最近、籐を学んで編んだりしているんです。自分でできるものは、全部自分でやったほうが値段もおさえられますしね」
と、見せてくれたのは、座面が籐で編まれたスツール。
縁あって、籐細工の名職人と出会い、学ばせてもらっているのだそう。
「その家で代々受け継がれてきた籐細工。でもまだ継承者はいなくて。でもその技術を絶やすのはもったいないじゃないですか。だったら、僕が教えてもらいたいなって思って、通っているんです」

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藤原さんが制作した、籐のスツール。

古くからはもちろんだが、松江には、ものづくりをしている若い作家さんも多くいるのだという。
最近はそんな横のつながりが増えつつある。
「展示会などで一緒になると、ものすごく勉強になるんですよね。
ものづくりに対する姿勢っていうか、お客さんの接し方も含めて、おれ、まだまだやなって思うんです。
みなさん、いろいろ親切に教えてくれて、本当に、いい人ばかり。
おかげで島根が好きになりました」と、勉強熱心な藤原さん。
その意欲が、きっと新たなものづくりを生み出していくのだろう。
木のナチュラルな風合いを大切にしながら、次はどんな家具をつくり出すのか、今後も楽しみだ。

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最近つくってみたという、こけしのような木の人形(中央)が愛らしい。

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藤原さんの工房の目の前は原っぱが広がる。きじが出るときもあるくらい自然豊かな景色が気に入っているのだそう。


information

家具工房en
住所 島根県松江市大庭町987-3  【map】
電話 080-1914-8108
http://kagukoubou-en.com


editor’s profile

Kanako Tsukahara
塚原加奈子
つかはら・かなこ●エディター/ライター。茨城県鹿嶋市、北浦のほとりでのんびり育つ。幼少のころ嗜んだ「鹿島かるた」はメダル級の強さです。

credit

撮影:山口徹花


※この記事はcolocalに2013年5月21日に掲載されたものを転載しています。

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