豊田 啓介
建築家・noiz代表
とよだ・けいすけ:1972年千葉県生まれ。1996年東京大学工学部建築学科卒業。1996~2000年安藤忠雄建築研究所勤務。2002年コロンビア大学建築学部修士課程(AAD)修了。2002~2006年SHoP Architects (New York)勤務。2007年蔡佳萱とnoizを設立。現在、台湾国立交通大学建築研究所助理教授、東京藝術大学芸術情報センター非常勤講師。
http://www.noizarchitects.com/
コンピューテーショナルデザインやデジタルファブリケーションのパイオニアであり、建築家の豊田啓介さんは、今日も国境、分野を越えて動き回る。東京大学で建築を学び、建築家・安藤忠雄の設計事務所へ勤めたかと思えば、渡米し、ニューヨークでコロンビア大学大学院、設計事務所SHoP Architectsを渡り歩いた。2007年、パートナーの蔡佳萱と共に、設計事務所noizを設立。現在は、東京と台北の二つの拠点で活動している。コンピュテーションと建築を起点に、その経験と見識を深め続けている豊田さんの視野は常に広い。そして、「今」を疑い、「未来」の建築の可能性を切り開く作業は、止むことがない。豊田さんの話をきいていると、この先には、まだ見ぬハッピーな世界が待っているとワクワクさせられる。しかし何事も、新しいフェイズへ移行していくには、膨大なパワーと確固たる理念が必要となる。これから私たちは、何を携えて、どう行動していくことが求められるのだろう。21世紀をサバイブしていくためのヒントが、ここには無数に散りばめられている。
田中:で、どうですか、ぶっちゃけ建築やばいと思わない?
豊田:ぜんぜん思いませんよ!ネガティブなこと言う人もいるけど、これだけ新しい分野が開けてきて、先が見えてきているのに、それをヤバイだなんて、全然わかりません。
田中:あぁ! まさに今回の企画では、それを聞きたかったわけですよ! 私は今回、話のきっかけとして「ヤバくない?」って言ってるんだけど。完全にヤバかったら手を引くわけで(笑)。今、建築の世界は、ヤバイと言われている部分もあれば、ヤバくないと言われているところもある。けど、ヤバくないことって知られてないことが多いと思ったの。だからこそ、ヤバくない点を洗い出したいと。
だって、今でさえ、従来のオールドスタイルの建築が“建築”だと思っている建築学生たちも少なくない。ちなみにオールドスタイルの建築ってのは、基本、仕事が来るのを待っていて、クライアントから依頼されるとはじめて線を引くような建築家のことね。
豊田:僕らもオールドスタイルの仕事をやりたいんだけどね。そんな仕事はひとつもない(笑)。
田中:豊田さんは、そもそも建築家と思われているの? 仕事はどういう形でくることが多いのですか?
豊田:建築家と思われているかは、あやしいですね(笑)。うちの場合、仕事の7割は海外なんだけど、そのほとんどが紹介。インテリア、エクステリア、建築物といろいろだけど、日本国内では、建築物の仕事はとりあえず今はありません(苦笑)。
日本での仕事は、例えば某大手企業のためにプログラムだけを書いたり、何かを生成するためのUIだけを書くとか、インタラクティブなことに対するコンサル業務を担当するとか、そういうことが多いですね。
田中:事務所の中には、あらゆるところに見たことのない変な形の模型が無数に置かれてるけど、これらは何? どうしてつくっているのですか?
豊田:そこでメンバーがつくっているものは、ある展示用に依頼されたもの。上に飾ってあるようなものたちは、依頼されたものではないんです。純粋に新しい技術やプログラムが面白そうだなというところから、じゃあ形にしてみようと事務所の中で盛り上がって、止まらなくなったものたちです。
何かよくわからないけど、このアルゴリズムを発展させたら、面白くなるんじゃない?とか言って、自分たちでどんどん発展させてく。けど、こういうものたちが二年後くらいに、あのときやったあのシステムが、次のこれに使えるよね!って、何気に結実することが多い。
田中:頼まれずに自分たちでやり続ける。まさに内部研究室だ!
豊田:そうですね。すぐにはお金にならないところに投資してるというか。今、事務所を眺めても、みんな仕事をしているように見えるけど、実は半分近くはクライアントのいない、そういった実験的な仕事をしていたりします。
田中:半分も!!!
豊田:研究室というか、リサーチインスティチュートかな。けど、そういう状態を持てるということが、うちの事務所の強みなんです。そもそもコンピューテーショナルデザインというものに興味がある人たちが集まってきているから、それを仕事としてだけではなくて、いろいろと遊ぶように試すことができる環境をつくってあげないと、面白味がなくなっちゃう。
労働環境や給料も、“ザ・日本建築家”のスタンダードとは違う形を取っています。例えば、基本仕事は19時定時で終わり。週休も原則2日です。給料も一般的な金額を支払っています。そのような条件で、クライアントワークの実務仕事だけではなく、それ以外に自分の興味があることを、興味があるもの同士が取り組んでデベロップしていく。そういうことが事務所内に無数に起きる状態を維持するようにしてるんです。
そうするためにも、できるだけいろんな国のメンバーを雇うようにしています。今は東京と台北に事務所があるんだけど、メンバーの半分以上は海外国籍の人たち。いろんな国のいろんな勉強をしてきた人が集まってくると、僕らが想像していなかったソフトウェアを使っている人がいたり、全く関係ないことに興味を持っている人が入ってくることもある。このことがとても刺激的なんです。知らないことから、それって面白いじゃん、ということになって、そこから何かできるんじゃねーの、となる。事務所の経営者的立場からすると、そういうメンバー同士の化学反応が起き続けてくれることが大事だと考えています。
田中:それはやっぱりアメリカでのコロンビア大学やSHoP Architectsで働いた経験が、元になっているのですか?
豊田:そうですね。僕は、大学を出て最初に勤めた安藤忠雄建築研究所とアメリカへ留学後に務めたSHoP Architectsでの経験、そのどちらもに影響を受けていて。二つの経験は非常に両極端で、どちらにも良いところと悪いところがありました。
SHoP Architectsで働いて特に良かったことは、まず仕事に対する拘束、プレッシャーというものが全然ないということでした。やらなきゃいけないということは全然ない。けど、何故だかこのことは自分がやらなかったらプロジェクトが止まってしまう、だから自分ですごいレベルまで持っていかなくては、と自然にモチベーションが上がる環境があったんです。
実はアメリカは日本よりもヒエラルキーが、がっちりしてるんです。社会的にもボスは絶対的な存在。だからボスが首だと言ったら、その瞬間に出て行かなくてはいけない。そういう厳しさがあります。日本の一般的な設計事務所のイメージとは反対ですよね。日本の設計事務所では、ボスとスタッフの関係はゆるいですよね。上下関係をできるかぎりなくして、腹を割って話せる関係になれれば、という気持ちがどこかにあると思う。
プレッシャーではなく自然にモチベーションが高まる環境をつくる。この状況をどうやったら日本で醸造できるのだろうか。それをずっと考えながら、日本に帰国しました。
田中:そういった状況や働き方をつくることが、豊田さんがnoizを立ち上げる際に、ひとつ大事にされたことだったんですね。
豊田:そう、それは事務所を立ち上げた最初からずっと考えていることですね。設計事務所には、外からいろんな情報が入ってきてなんぼのところがありますからね。例えば、19時になればメンバーのほとんどは帰っていきます。家に帰る人もいれば、友達と食事をする人もいるだろうし。パーティーがあれば、どんどん行けと言っています。外で活動して、いろんな人に会ってくるのは、確実に事務所にとってプラスになると。
ニューヨークにいたときと大阪の安藤事務所勤務時代とは、圧倒的に違っていて。実は、大阪にいたとき4年間に建築の現場以外で、新しい人と出会ったのは10人いるかいないかだった(笑)。そういう世界からニューヨークへ渡って、そこでは仕事の後に、いろんな人と会って、いろんな刺激を受けて帰ってこられる。そういう出会いや刺激が、今の僕の中にも生きているし、当時全然関係ないと思っていたようなことも、今になって“ここに活かせる!”ってことが日常的に出てくる。
だから、それをみんなにも経験してもらいたいし、そうやることで事務所が強くなることは間違いないかと。事務所にそういうシステムを環境としてつくってあげられることができたら、というメタデザイン的な感覚なんです。
田中:逆に日本の大学で建築を学ばれて、安藤忠雄さん(1941-)の設計事務所で務められて。いわゆる日本ならではのオールドスタイルの教育や働き方の経験が、今に活きていることはありますか?
豊田:それは間違いなくありますね。なんだろうなぁ。例えば日本の建築教育は、一つひとつの分野がソリッドに分かれていて、一つひとつクリアしていくと単位がもらえるという教育ですよね。一つひとつをあるレベルまで確実にやるのだから、そこで得られた基礎的なことは、自分のベースには活かされています。
安藤事務所での経験は、大学とは違って、一つひとつのことを突き抜ける経験をさせてもらえたことが大きい。安藤さんの建築がつくられる現場は、その中にいると外から見える以上に、どの情報に対してどれだけのこだわりをもっているかということが見える。例えば、釘一本の現れ方に対して、どれだけの情報を整理して、そこに欠陥的なことから恣意的なことまで、あらゆることを究極まで安藤さんは考えてる。“ここは俺が勝負をひっくり返すために言わんなあかんなぁ”といったシーンを何度も目の当たりにする度に、やっぱほんとすごいな、と思ったものです。
4年間という短い時間でしたが、突き抜けるということを真横で見せてもらえたことは大きかった。そういうことを一度経験しておくと、他のことでも、もっとあそこまでいけるはずだと類推できますしね。
田中:大学はまさにスポーツでいうところの基礎トレーニング、安藤事務所は、ひたすら千本ノックといった感じですね。因みに安藤事務所はお給料もきちんとしているでしょ?
豊田:そうでしたね。アトリエ系設計事務所の中では、すごくきちんとしていると思います。それがコンスタントに維持できているすごさも、今になって改めて感じます。
田中:お金の話につながるんだけど、今回の企画では、建築家としてマーケットが成立していないこととか、建築家に対するフィーの構造の問題も取り上げたいのね。例えば、
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つづきはawesome!紙面で!
※この記事は『awesome!』5号(2015年3月号)に掲載されたものの一部を転載しています。
※awesome!は、全国の大学や専門学校など、建築系教育機関約350箇所で配布されています。また、下記の書店およびネットショップにて1部100円で購入できます。
[東京都]
- NADiff contemporary(東京都江東区三好4-1-1東京都現代美術館1F)
- 青山ブックセンター六本木店(東京都港区六本木6-1-20六本木電気ビルディング1F)
- 南洋堂書店(東京都千代田区神田神保町1-21)
- B&B(東京都世田谷区北沢2-12-4第2マツヤビル2F)
- gallery5(東京都新宿区西新宿3-20-2 東京オペラシティタワー3F)
- 代官山 蔦屋書店(東京都渋谷区猿楽町17−5)
- BankART Studio NYK(横浜市中区海岸通3-9)
[大阪府]
- 柳々堂(大阪府大阪市西区京町堀1-12-03)
[石川県]
- 金沢21世紀美術館ミュージアムショップ(石川県金沢市広坂1-2-1)
[岡山県]
- アクシス・クラシック(岡山市北区田中134-105)
[佐賀県]
- マチノシゴトバ COTOCO215(佐賀県佐賀市呉服元町2-15)
[ネットショップ:BASE]オンラインで購入する事も可能です。