ほぼ敷地だけの価格で購入した古家付き土地。
既存物件のデザインを延長するように
新規部分をつくり、家の魅力を継承する。
text_ Yasuko Murata photograph_ Takuya Furusue
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リビングからダイニング、キッチンを見る。右のドアの向こうは玄関。デザイン性の高い梁や建具枠を活かしながら空間をつなげ、広がりと抜けをつくっている。
一戸建てリノベ
上石神井の住宅
東京都練馬区
〈設計〉SPEAC,inc.
・住人データ
夫(35歳) デザイナー
妻(36歳) 主婦
長男 (0歳)
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左・下足棚は既存を流用。扉の面材を新しく張っている。正面の収納の扉は黒板塗料で塗装。
右・キッチンの壁はボーダータイル。ワークトップのみ「トーヨーキッチン」で、収納は造作。
新築の一戸建てを希望していた鈴木さんご夫妻は、当初リノベーションにはそれほど興味がなかったという。たまたま見つけた折り込みチラシの「古家付き土地」に目が留まり、見学したことをきっかけに、中古一戸建てのリノベーションをすることに決めた。
BEFORE
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外壁は既存の色を踏襲して、イメージを変えずに再塗装。軒裏に赤の差し色を配し、チラリと見えるアクセントに。
「変わった外観の家だったので、面白いかもしれないと見学しました。室内も個性的で好きな建築家である吉村順三を思わせる雰囲気。この物件なら既存を残して、より良い家をつくれると思いました」(ご主人)
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左・クラシカルな印象の石材タイルの床がキッチンから洗面室まで連続。彩度が高めのブルーグレーの色味が、キッチン全体を明るい空間に。
右・ダイニングや書斎からつながる庭。デッキが広がる。
既存物件は、42年前に元オーナーが建築家と建てた家。飴色になった木の梁、長な げ押し、建具枠などの建材が、フレームのように配され、螺旋状の階段室には窓がいくつも設けられていた。リノベーションの設計を担当したスピークの宮部浩幸さんも、鈴木さんご夫妻と同様に、既存物件に魅力を感じたと話す。
BEFORE
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左・ソファは「ハンス・J・ウェグナー」のビンテージ。テーブルは「ザノッタ」。空間に合わせて家具も厳選。天井は珪藻土クロス。下地のつくり方で、既存の天井を再現。
右・小さな窓が連なる特徴的な螺旋階段。外観にも現れている既存物件の個性を象徴するデザイン。アルミサッシをアイアン塗料で塗装した以外は、もとの空間を継承。
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左・2階通路の壁側の収納は既存流用。床、壁、つきあたりのトイレは新設。
右・既存の和室にあった押入れのスペースに、書斎のデスクを造作。地窓ももとのまま。
「木の梁や建具枠など特徴的な部分を残すことを優先し、デザインや耐震補強を計画しました。既存を残さないなら、もっと一般的な仕様の中古の家をリノベしたほうが予算も手間もかかりません。この家の場合は、難しい部分も工夫を重ねて、いかに残すかが重要でした」
BEFORE
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書斎と畳スペースの左の壁一面はタイル張り。目地の色はオーダーしてオリジナルで調色した。庭に向かってヘリンボーン張りの床が連なり、視線を庭へ誘導する。
宮部さんたちは引戸で仕切られていた1階のリビング、ダイニング、和室をつなげ、対角線状に広がりをもたせるプランを提案。リビングの開口の先に庭を新たにつくり、外部への抜けも強調している。床のヘリンボーン張りも、外部へと放射状に広がるように張り方を工夫した。
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リビングの壁。マグネット塗料、紺色の黒板塗料を重ねて塗装。
さらに、新規の造り付けの家具、キッチンの収納、建具枠などは、仕上げをウォルナットで統一。飴色になった既存の意匠を延長するようにデザインしている。あたかも以前からそこにあったような印象だ。
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左・2階は壁、天井、床を仕上げ直して、子ども室の一部の壁を撤去。写真は寝室。正面の壁には「WALPA」の壁紙から、前庭にも育つ藤の花柄をセレクト。右・キッチンや吊り戸棚などの収納は表面をウォルナットで仕上げ、既存の木とテイストを合わせた。「E&Y」のダイニングテーブルとIHを組み合わせ、アイランド型に。
「タイルや塗料、家具なども、もとの家の雰囲気に合わせて選んでいます。工事中に現場に足を運び、空間を見ながらアイデアを考えると、イメージが鮮明に膨らみました。ディテールまで意見を出して議論を重ね、やりたいことを詰め込めたと思っています」(ご主人)
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玄関へと続くガラスのドア。既存の木の建具枠に合わせて造作。
「古家」と称され、ほとんど敷地だけの価格で入手した物件に、価値を見出した鈴木さんご夫妻。設計やデザイン、仕上げなどの方向性を、物件の魅力の継承というテーマに集中させることで、古家を新築以上に価値ある家に甦らせている。
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庭はご主人と大学の恩師の共同デザイン。池や紅葉などで構成。
〈物件名〉上石神井の住宅〈所在地〉東京都練馬区〈居住者構成〉夫婦+子供1人〈建物規模〉地上2階建て〈主要構造〉木造〈建物竣工年〉1971年〈建築面積〉46.17㎡〈床面積〉1階45.51㎡、2階46.17㎡、計91.68㎡〈設計〉SPEAC,inc.〈構造設計〉長坂設計工舍〈施工〉株式会社匠陽〈設計期間〉5ヶ月〈工事期間〉5ヶ月〈竣工〉2012年
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Hiroyuki Miyabe
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宮部浩幸
1972年 千葉県生まれ。
東京大学大学院修了後、北川原温建築都市研究所、
東京大学大学院工学系研究科助教、
リスボン工科大学客員研究員を経て
2007年よりSPEAC,inc. パートナー。
博士(工学)。
東京大学大学院非常勤講師、明治大学兼任講師。
Sachiko Chosokabe
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長曽我部幸子
1979年 北海道札幌市生まれ。
京都工芸繊維大学卒業後、
安藤忠雄建築研究所を経て
2006年 渡仏。
帰国後09年 SPEAC,inc. 入社。
SPEAC,inc.
東京都渋谷区神宮前
1・21・1・3F
TEL 03・3479・0525
contact@speac.co.jp
www.speac.co.jp
※この記事はLiVES Vol.73に掲載されたものを転載しています。
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