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暮らしの職人たち
記事作成・更新日: 2015年 9月14日

「タイルは宇宙。空間を引き立たせるデザインの可能性は無限です」

[暮らしの職人たちVol.05 デザインを武器に施工までこなす異能のタイル職人 白石普さん]

東京・中野区にアトリエを構えるタイル職人の白石普(しらいしあまね)さん。モロッコでモザイクタイルの修行を積み、帰国後はタイル職人としてデザインから仕上げまでを一貫して行っている。
日本には珍しい、絵画のような美しさを放つタイル作品。斬新なアイデアに溢れた提案を続ける白石さんに、タイル職人を選んだ経緯やものづくりへの想いを伺った。

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デザインから施工までできるタイル職人を志す

東京・中野でアトリエ「ユークリッド」を運営する白石普タイルワークス主宰・白石普さん。元はタイルデザイナーをめざしてイタリアへ留学していたが「デザインしてタイルをつくり、現場におさめるまでを一人でできるようになりたい」とタイル職人として再出発をした。
そのきっかけとなったのは、ある現場で見た職人の技だった。

タイルは焼くと縮んで歪むので、絵柄のあるタイルは絵柄と目地とがなかなか合いません。ふたつをいかに美しく合わせられるかが、職人の腕の見せどころであり難しさです。
ある時、それをある職人が行う現場に居合わせました。
目地が合わないまま絵柄を合わせてタイルを施工し、明日また来いと言うんです。翌日行くとサンダー(タイルをカットする工具)で、目地を切って揃えてしまった。二度と同じタイルは焼けないのに、自信に満ちあふれてなんてかっこいいんだろうと。
その時、素晴らしいタイルをデザインしただけでは素晴らしい作品をつくれるわけではないと悟ったのです。

職人として足を踏み出した時はすでに23歳。
同年代の職人たちに追いつこうと必死だった。
そこで彼らに負けない価値をつけて勝負しようと、タイルデザイナーとしての知識を加えた「デザイン提案もできるタイル職人」として活動することにした。

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現場での作業風景。大理石とオリジナルタイルで装飾し、空間をつくる。
(写真は白石さんからの提供)

人生を決めたモロッコタイルとの出会いと独立

自分が施工すればよい物は提供できると思ってはいましたが、
スピード重視の社会のなかで、
すぐに仕事に繋がるわけではなく…。
そんな時に出会ったのがモロッコの幾何学模様のタイルでした。

モロッコのタイル工房を紹介するテレビの紀行番組に映されたデザインの美しさに魅了され、すぐさまモロッコへ。
モザイクの本場フェズにある国立のモザイク職人養成校に日本人として初めて入り、紆余曲折を経てそのテレビで観たタイル工房にも辿り着いた。
本来、各工房には伝統とする図柄があり、外国人が工房に入ることは許されないという。それほど大切にされているモロッコのモザイクタイルの技術を、彼は2年間かけて習得したのである。

帰国後はタイルの施工会社に勤務。
施工管理や競争入札など現場の知識もすべて学んだ。
振り返ると独立に必要不可欠な経験ばかりでとても役立っていると語る。
そして、どうしてもモロッコ時代のことが忘れられない、自らデザインしたタイルを張りたい、と33歳で独立した。

時代が求め始めたタイルのデザイン性とあたたかみ

独立後は順調だったが、依頼はタイルを張るだけの仕事ばかり。
「デザインをしてタイルをつくり、現場におさめる仕事は何も実現できていないと感じた」。そんな折、ひとつの仕事に遭遇する。
モロッコ風の中庭を再現したいという依頼だった。
空間をデザインし、丹念にタイルを作って現場におさめた。
その仕事を足がかりに40歳で自分のアトリエを持つことを決心。

大きな決断をしたときは皆に言いふらすんですよ。
すると実現しちゃう。ほら吹きになりたくないから自分でそういう行動を起こしているのかもしれませんけど。

モロッコのタイル工房に入れたことにしろ、アトリエを都内に構えられたことにしろ、本気で願うと叶うらしい。
アトリエを持ち、理想としてきた形の仕事も入り始めた。

時代もあるのでしょう。
3.11の震災後に日本人の感覚は少し変わった気がします。
暮らしの豊かさを志向する人が増え、
タイルがその流れにマッチしたんじゃないかな。
家へのこだわりを諦めていた層がネットの普及で僕たち職人を自ら探す傾向も出てきました。そういう依頼だと、建築家より先に僕の起用が決まっていますね。

今ではタイルをベースに建築家と建物の打ち合わせをし、仕上がりまで手がけられるようになった。タイルは存在感が強いため、建物優先で考えると質感やデザインの面で浮きやすい。しかし白石さんのように初期から設計に関わると、違和感なくなじむものになるのである。

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ターニングポイントとなったモロッコ風の中庭を作る仕事。デザインからタイルの制作、現場施工まで1人でおさめた。(写真は上下ともに白石さんからの提供)

武器は、斬新なアイデア。
「他の職人にできないものづくり」を

モットーは、手を抜かず、
自分の技術で最高のパフォーマンスを発揮すること。
デザインから行う時は、他の職人には絶対にできないものづくりを、
タイル施工だけのときも、頼んでよかったと思われるものになるよう
努力する。
また美しさはもちろんだが、はがれない強度もタイル職人としては重要。
1000年保つタイルと同じだけ保たせることが目標だ。

デザインのオーダーを受けると必ず会って話をする。
好きな音楽や絵、国などの趣味趣向、どんな雑貨を置くかを聞き、
好みを把握してデザインする。
『他にはないもの』の提供を謳うだけあり、オリジナルタイル制作も含め、デザインの斬新さでは他の追随を許さない。

宇宙ですよね、タイルは。数学では2次元ユークリッド空間の充填、つまり平面充填というさまざまな図形で空間や平面を埋めることをタイル張りと呼びますし、無限の宇宙をつくる力があるんです。そんな幾何学的要素を用い、空間を引き立てるデザインを考えます。

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白石さんのデザインの源はモロッコ修行時代に描いたデザインノート
(下の写真は白石さん提供)。

タイルを張るだけのベテランはいても、
自らの頭で空間を捉えてデザインを考える職人は珍しい。
おまかせ案件を多く請けたこと、
逆に失敗したことまでも大事な経験となった。
ただ、そういった経験や知識に自らの表現手法を融合させ、
何かを生み出す仕事は並大抵ではない。
報酬だけ考えれば図面通りにやる仕事が楽に違いないが、
それ以上に仕事の楽しさを優先する。
だからこそ「おまかせすると言われると俄然凝ってしまう」と笑う。

今、興味があるのは日本画。イタリアに留学していたこともあり、
西洋美術への造詣は深いが、日本画にはあまり触れてこなかった。
その美しさに最近興味が沸いてきたという。
だからなのか、今後はマットな深い色のタイルにも挑戦してみたいと語る。

普段から実験も兼ねて制作するという白石さん。
工房にある手作りのストーブ用テーブルやオセロ、マラケシュなどのボードゲームがそうだが、マットなタイルでつくった何かも、いつか増えるかもしれない。

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タイルと石を組み合わせてボードゲーム「マラケシュ」をつくった。「マラケシュ」は、モロッコの通貨ディラハムでじゅうたんを売買するすごろくゲーム。「お金をやりとりするゲームですから」と、裏は金のタイルで凝っている。

タイル文化を身近なものに。
後進の育成と暮らしへのアドバイス。

昨年からは後進の育成も始めた。施工を学ぼうと入門した吉永美帆子さん、
モロッコタイルの作品に惹かれて入門した山本智子さんにお話を伺った。

「白石さんは、世界一タイルが好きで、信念を持って誠実に作業する姿がすごいなと。誠実さは一流の証拠ですし、時間がなくても仕上げに粘るこだわりを尊敬します」(吉永)

「そこまで命をかけるのかという追求をされるんです。他にはない仕事をされる師匠からあらゆる技術を学んで、成長していきたいと思います」(山本)

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アシスタントの吉永さん(左)と山本さん。2人は、これから学ぶことがたくさんある。

制作や指導で忙しく活動する白石さんだが、最後にタイルを自宅に取り入れたいと考える人へのアドバイスを伺った。

タイルのことはタイル屋さんに聞きなさいと言いたいです。
デザインが難しく、施工も大変なので、
工務店や設計会社はタイルを使うことを嫌いがちです。
でも、もしタイルが好きなら諦めないでほしいですね。
最寄りのタイル店に聞いてみるといいと思います。
大型マンションなどを手がける野丁場系のタイル屋さんより、
住宅を手がける町場のタイル屋さんを捜すことが鍵です。
タイルもメーカーによりさまざまですし、
いろいろ相談にのってくれるはずですよ。

Text: SuMiKa編集部 Photo:伊原正浩(一部、白石さんからの提供)


白石さんの愛用品

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自分で原型をつくったタイルの石膏型。
タイルの裏側に「ユークリッド」という屋号が入るようになっている。
「隠れてしまう部分ですが、タイルを剥がした時に屋号が見えるのが憧れだったんです。剥がした人が数百年後の人だったりしたらと思うとロマンを感じますしね」


作品

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囲炉裏ふうストーブ用テーブル。友人の家具職人に脚をつくってもらい、ベニヤをくり抜いてタイルを張った。タイルの長所は熱や水に強い点。
「やかんも置けるし、濡れても拭けば元通りになる。手入れも楽ですよ。」
(下の写真は白石さん提供)

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