「暮らしのものさし」では、ただ消費者として暮らしを営むのではなく、自分の暮らしをデザインする、“暮らしのつくり手”たちを紹介しています。
※この特集は、SuMiKaと greenz.jp が共につくっています。
家の中を見回したとき、あなたがつくったものはどれだけありますか?
いま、誰かがつくったものを買うのではなく、
自分でつくるという選択肢も増えているように思います。
広島と東京の二拠点で暮らす建築家で
「サポーズデザインオフィス」代表の谷尻誠さんも、
自身の手でつくることに喜びを感じているひとりです。
谷尻さんが東京に住み始めたとき、家には何も家具がなかったそう。
いろいろとショップを巡ってみたものの欲しいものが見つからず、
自分で家具をつくってみたといいます。
今回は、自分の手でつくる体験から生まれた
デザイン家具のDIYキットストア「MaKeT(マケット) 」について、
谷尻さんにお話を聞きました。
インタビュイーのプロフィール
「SUPPOSE DESIGN OFFICE Co.,Ltd. 代表取締役
1974年 広島生まれ。2000年 建築設計事務所SUPPOSE DESIGN OFFICE設立。
共同代表の吉田愛と共に、広島・東京の2ヵ所を拠点とし、
住宅、商業空間、会場構成、ランドスケープ、プロダクト、インスタレーションなど、
国内外合わせ現在多数のプロジェクトが進行中。
現在、穴吹デザイン専門学校、広島女学院大学、武蔵野美術大学、昭和女子大学等で
非常勤講師、大阪芸術大学准教授も勤める。
近作に「関東マツダ目黒碑文谷店」「広島の小屋」等。
著書に「談談妄想」(ハースト婦人画報社)「1000%の建築」(エクスナレッジ)がある。
つくる楽しさを届けるキットストア「MaKet」
「MaKeT(マケット)」は、 家具をDIYでつくるために
必要な材料をキットで届けてくれる、オンラインストアです。
カットされた木材はもちろん、必要なネジやパーツがセットになっていて、
追加のパーツなどを購入する必要はありません。
届いたキットと工具があれば、誰でも簡単にDIYを始めることができます。
DIY初心者向けに、定規や軍手といった細々としたツール類も
パッケージされているのも特徴的。
道具類を揃える手間やどんな道具が必要かを心配することなく
「つくる楽しさ」をすぐに味わうことができるのです。
また、失敗したときのリカバリーも充実。
つくる過程で木材が割れてしまったり、裁断に失敗した場合でも、
30日以内なら何度でも無料で素材を届けてくれます。
さらに「MaKeT」では、住まい方や部屋のサイズに合わせて、
設計図を無料でシェアしているだけでなく、シェアをする際には、
自由にカスタマイズすることを推奨しているところも魅力のひとつ。
設計図だけでなくつくった作品やアイデアをシェアし合うことで、
「MaKeT」は、実際にDIYをした人、してみたい人が出会う
コミュニティの役割も担っています。
「いざDIYを始めよう!」と思っても、自分でつくるとなると、
デザインが今ひとつ…と不安に思う人もいるかもしれませんが、
MaKeTのコンセプトは「デザインとつくりやすさの両立」。
谷尻さんがつくる実体験からデザインしたのは、
つくる楽しさと美しさを兼ね備えた、仕組みそのものなのです。
欲しいものがないなら、自分でつくろう!
谷尻さんは、自身の家具を選ぶためにショップ巡りをした際、
“違和感”を感じたと話します。
ショップ巡りをして感じたのは、
本当に欲しいのか?という迷い。
お金を払えば買えるけど、なぜか買うに至らない
という経験をしました。
確かに素敵そうに見える家具はあるけれど、
自分の暮らしにピッタリだと思える家具が見つからなくて。その話を知り合いにしたら、
「自分でつくったら?」と言われたことをきっかけに、
テーブルをデザインして、素材を買いに行って、
ペイントをして。
仕上げるまで2時間くらいでした。
普段から
「いい家、いい建築というのは、愛着をもってもらえるもの」
と話している谷尻さん。
DIYで家具をつくるときに、
材料はホームセンターで調達できるし、つくるのは簡単。
何より、つくったものに愛情が沸いてすごくいいなと感じたのだそう。
完成品を買うのではなく、
つくることはとても大切なんじゃないかと思うんです。
自分でつくると愛着が沸いて、ものを大切にするようになる。でも、そのためには、ただつくるだけじゃなくて
「DIYスキル」を上げる必要もあると思ったんです。
それなら僕は、DIYスキルが上がるプロセスや
状況づくりをデザインしようと思って。
その後は、最初につくったテーブルだけでなく、
本棚やハンガーラックなど、
住まいに必用だと思うものをつくり続けた谷尻さん。
ある日、デジタルメディア開発やネット広告、PR代行を手掛ける、
「株式会社CROSS BORDERS」代表の村上亮さんに
「つくりたいと思ったときにすぐつくれるキットが
世の中にあったらいいのに」
という話をしたことで急展開を迎えます。
そうしたら
「実現したほうがいいと思うからやろう!」
と言ってくださって。
そこから村上さんが、材料調達の仕組みやWEBサイトなども、
どんどん現実のものにしてくれました。自分でつくったことの愛情や、
DIYの楽しさとデザインされた設計。
それが最初から一貫してぶれない「MaKeT」のコンセプトです。
クリックひとつで何でも買える時代だからこそ、
誰でも手に入れることができる完成品を手に入れてもつまらない。
自分で手を掛けてつくってみると、愛着が生まれ、
発見があり、何より楽しい。
この喜びを、もっと世の中に広めたいという思いが
「MaKeT」誕生のきっかけとなりました。
自分でつくるからこそ、わかること
「MaKeT」では、DIYでつくる小屋のキットも製作したのだそう。
家具だけでなく、小屋をつくることにはどんな意味があるのでしょうか。
建物を設計していると、雨風をしのいだり、
断熱性を持たせるなど、住宅性能が問われます。
でも小屋なら、隙間風があっても、
ちょっとくらい雨漏りしてもいいんじゃない? と。
人が初めて小屋をつくったときって、
きっとその程度だったと思うんです。DIYの延長に小屋がある。
だから、セルフビルドでつくれる、
建築にならないような小屋をつくろうと思いました。便利すぎると人は工夫をしなくなる。
DIYもまさに、買ってくるという利便性とは違って、
不便さが楽しみに変わっていると思うんですね。
意図的に小屋を“不便”につくった背景には、幼少期の経験もありました。
谷尻さんが生まれた家は、古い小さな町家。
家の中に屋根のない中庭があり、雨の日は台所に行くときも、
お風呂に行くときも家の中で傘をさして歩いたと言います。
自分が育った家はとても不便で、大きくなったら、
大工になってお城を建てると言っていました。
大人になってやっと、
幼少期に暮らした家の良さがわかるようになったんです。
季節や気候の移り変わりを
家にいても感じられる設計になっていたんだなと。
お風呂に入るために薪をくべるのも楽しかった。
そう思うと、
あの家は「いい家だったんだ」と思えるようになって。
「MaKeT」でつくった家具は、
今も自宅で使っていると話す谷尻さん。
つくって終わりではなくて、
「ちょっとサイズが合わないな」と思うと
ノコギリでカットしたりしているのだそう。
自分でつくっているから、ものの成り立ちも、
加工の仕方も本能的にわかってきます。
普段は、つくられたプロセスがわからないから、
そこに潜む領域が見えないというか。
谷尻さんが職業として建築をはじめたとき、
実際に不便さを楽しむ暮らしを経験しているからこそ、
理解した上で“不便さ”の魅力を提案できることに気づいたのだとか。
「MaKeT」も、まさに実体験から生まれたプロジェクトと言えそうです。
手を動かすことを、文化にする
最後に、今後、谷尻さんがやってみたいことについても伺ってみました。
僕は、「MaKeT」でカフェをつくりたいです。
その名も「MaKeT CAFE(マケット カフェ)」。
今はDIYで、お店もつくれる時代。
できると思った人しかできないので、
手を動かすことを当たり前の文化のようにすることは、
世の中を良好にだましていく作業なのかもしれませんね。
2015年4月にオープンした、
MaKeT家具を気軽に体験できるショールーム「MaKeT CAFE」。
現在は完全予約制で、お申し込みフォームからの予約が必要ですが、
「DIYだけでカフェをつくって、おいしいごはんを食べてもらいたい」
と谷尻さんは言います。
僕が実現したいのは、
好きなデザインを選んで、キットの素材を買って、
みんながつくるというシンプルな考えです。
よく、お金の話にもなったりしますが、
目先の利益よりも、このアイデアや手を動かすことの大切さ、
楽しさに気づいてくれることのほうが、
僕にとっては経済性があることなんです。
家具や住まいをDIYでつくることで、
ある種の不便さも楽しみや喜びにかわっていく。
「手をつかってつくる暮らし」は、
普段わたしたちが感じている”違和感”を見つめてみることも新しい一歩。
そこから、誰かの暮らしのヒントにもつながっていくのだと感じました。
自分の手で何ができるのか、
初めはわからないからこそ楽しめること。
これまで難しいと思っていたことは、
意外と簡単にできてしまうかもしれません。
みなさんも、「MaKeT」で
「手をつかってつくる暮らし」の一歩目を踏み出してみませんか?
ライターのプロフィール
greenz ジュニアライター。
広島県出身、鎌倉市在住。デザイナー、ライター。ときどき旅人。
暮らし、働き方、食、ものづくり、地域、学びが
日頃から気になるテーマ。
ものづくりをコミュニケーションの場として捉え、
もの/コト/場をつくるKULUSKA(クルスカ)に所属。
全国各地を訪れ参加型のワークショップ
「旅するデザイン」を展開している。
つくるひとを育む「自分でつくる教室」主催。
地域に仕事をつくること、
誰かと誰かの笑顔がつながる未来をつくることが目標。
暮らしの目線と旅の視点を行き来するリトルプレス
「旅と手紙のある暮らし」を準備中。
※この記事はgreenzに2015年10月6日に掲載されたものを転載しています。