「伊藤菜衣子のDIY的札幌暮らし」は、札幌で日本中のクライアントのための広告制作をしながら、”暮らしかたの冒険” = ”暮らしかたの再編集” をしている伊藤菜衣子さんによる、ちょうどよい暮らしを探す冒険記です。
札幌に住むことになったのは、札幌国際芸術祭2014のゲストディレクターだった坂本龍一さんに、芸術祭の一つのプログラムとして札幌に住んでほしい、とオファーされたから。札幌の家探しは「君たちの暮らしはアート」「熊本みたいに家を直しながら」「おもしろいひとがどんどん集まってくるような」という漠然としたキーワードを元に、始まりました。
「熊本みたいに」ということは古民家かな、と思い、古民家を当たったものの、ゴロゴロと古民家が転がっている熊本と、歴史が浅くそれ自体が希少価値な札幌では「古民家」の意味合いがかなり違うことに気がつきました。そして、札幌では、寒すぎる。では逆に、どんな家がゴロゴロ余っているのか、友人のリサーチャーに聞いたところ「築30-40年」「戸建」というキーワードが上がってきたのです。
「巻き込まれた」状況を最大限楽しむ
偶然にも、わたしの故郷は札幌。普通すぎて、場所が中途半端すぎて、まったく視野に入っていなかった、9歳まで暮らした「元実家」が候補に浮上。両親が約30年前に建てたものの、6年で転勤。その後、賃貸物件にしていた家。借家人が退去するという奇跡的なタイミング…。次に貸すには手直しを結構しなきゃだなと困っていた両親と芸術祭とDIYが、一気に繋がったのでした。その頃、妊娠も発覚、これはなんか呼ばれたな、そんな気がしました。
側から見れば、選んでいるように見えるであろうこの暮らしですが、ずいぶんいろんな状況に巻き込まれて、今、ここ、という感じなのです。
札幌の人にとっては、中途半端すぎる山に囲まれた雪深い住宅街。だけど、東京目線で見ると、新宿と高尾山が15分に凝縮されたような、都市と山の距離感。夜中でもタクシーだと2500円で街から帰れる距離。新宿と明大前くらい。家から500mのところに友だちが借り受けた1000坪近い畑と、2km先に石窯でパンを焼き、ヤギを飼い、半分くらい自給自足な食堂。わたしがそれまで思っていたよりも、はるかに魅力的な立地だった。
家は、風呂のドアが壊れていたり、ファブリーズ臭かったり、謎のお札が貼ってあったり、と、それなりに残念度が高いものの、想定内。熊本の家に比べたら、そのまま住めるだけで有難い、とさえ思えた(笑)。
暮らしの最優先は台所とインターネット
この家は、とにかく台所を整え、インターネット回線を引くところから始めました。水周りが整わないと外食が続いたり、先頭に通ったり、時間もお金もたくさんつかってしまうことをを熊本で学んだからです。台所の壁は、壁紙の上からペンキを塗って簡単に済ませ、もらってきた棚板をつけて、いただいた桐箪笥をアップサイクルして収納にして、と、3-4日で出来上がった。
そこからは、じゅうたんを剥がし、天井を落とし、家中の壁紙をひたすら剥がしまくる。芸術祭のプロジェクトでもあったことから、毎週末訪れる見物人を巻き込んで、ひたすら壁紙と格闘。J-waveでおなじみ レイチェル・チャン様までやってきて、壁紙を剥がしているでないか。という、豪華なDIYもとい「DIWO(Do It With Others)」 が巻き起こり、家は引き渡し時より、汚くなりました(笑)。
妊娠とDIY
そして、このとき、妊娠中であったわたしは、ここで臨月に突入。漆喰塗り約200平方メートル、床貼り50平方メートル。さて、赤子誕生に間に合うか!?というところで、大工さんと塗装屋さん(DIYの漆喰塗りを左官屋に引き継いだら怒られそうだから)をお願いして、来る日も来る日も、ジョニー(夫)とプロが作業。妊婦はひたすらペンキ塗り。
妊婦ともなると、それぞれの経験や思い込みに基づいて、いろいろな心配の声が寄せられる。そんな中「本人がやるって言ってるんだからサポートするしかない」と腹を括っていた夫は、肝が座っていた、というか、わたしの性格をよくわかっている。疲れたら休む、それだけは忠実に守った。こうして、最後にプロのラストスパートがかかりつつ、無事、だいたい赤子が迎えられるレベルまでになったのが1年半前でした。
そんな息子が今は、1歳5ヶ月。フリーランス夫婦は、子どもが家にいても夫婦2人で50%ずつくらい働けるだろう、なんていうのは甘すぎる算段と、すぐにわかった。働ける時間も体力も通常の30%ずつの状態でなんとか仕事をしながら、ギリギリの状態でやってきた。4月から、なんとか保育園に入れたので、やっとやっと、溜まった仕事が少しずつ片付くのでは、という兆しだけで、小躍りしています。そして、DIYの「D」の字も想像できなかった1年5ヶ月を経て、2階の床貼りも、物置状態の和室も…。そして、畑も始まる…。今年の苗は…、前回の妄想玄関はできていない&時間がなさすぎるから、近所の同級生の農家に頼もう…。
子どもがいてもできる理想の暮らしの手に入れ方を、3人4客で模索してみようと思います。きっと全部はできないけれど、想定外の壁にぶち当たって大騒ぎするかもだけど、その試行錯誤な背中は、子どもにも何か伝わるはず。「子どもがいたらできない」の思い込みをひとつひとつ解きほどく冒険は続きます。
暮らしかた冒険家/クリエイティブディレクター
広告製作業を生業とする傍ら、社会に対する不満をいちいち解決する冒険を夫婦+子どもとともに。2014年「君たちの暮らしはアートだ」と坂本龍一ゲストディレクターに使命を受け、札幌国際芸術祭2014にて「札幌に引越して暮らす」プロジェクトを発表。
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