小屋とひと口に言ってもさまざまな捉え方や視点があります。今回紹介する「SURF STASH」は、大分の総合不動産デベロッパ ベツダイが発売した小屋。同社は1000万円からの家づくりと称した規格住宅「ZERO-CUBE+FUN」(以下「ゼロキューブ」)でグッドデザイン賞を受賞するなど、老舗企業の信頼性にマーケティングを駆使した企画力を組み合わせた商品開発が強みです。そんな地場企業が堅実で現実的な視点を元につくった趣味の小屋は、なぜ、どんなきっかけで生まれたのでしょうか。株式会社ベツダイ マーケティング事業部 部長の林哲平さんにお話を伺いました。
メーカーとユーザーの関係変化がもたらした影響
ベツダイの創業は昭和38年。坪単価の高いツーバイフォー住宅を中心に扱い、大分で唯一の総合不動産デベロッパとして成長してきました。実はベツダイは、7年前に経営方針を大きく変更しています。2000年以降のハウスメーカーとユーザーの関係の変化、戸建てのボリュームゾーンのローコスト化などがその理由です。「SURF STASH」開発担当の林さんは語ります。
インターネットの普及でお客様自身がさまざまな情報を収集できるようになりました。ですから、昔のようにハウスメーカー主導での商品企画や提案が難しくなってきたんです
そんな状況の中、新たな視点による企画とテストマーケティングを繰り返して開発されたのが、グッドデザイン賞を受賞した「ゼロキューブ」。開発に関わるさまざまな挑戦を続けるうちに、林さんたちが発見したことがもうひとつありました。戸建ての場合、ユーザーはメーカーよりも『こんな商品のこんなデザインで建てたい』という思いを重視するという傾向です。基本的にローコストがウリの商品ということもあり、小屋などの付帯物は提案しない方向性でしたが、そのスタンスを改めて見直すことに。
今や住宅も一つのエンターテインメントと捉えられているわけですね。コンテンツマーケティングの考え方では、戸建ても小屋もひとつのコンテンツです。だから小屋から住宅の提案に繋がるのがベストですが、小屋だけ売れてもいい。また小屋を売り出すことで、『ベツダイはこんな面白いことをやっている』という情報が潜在顧客に届く可能性も狙いました
地方の地場企業の視点が見出した「リアルな」小屋
小屋の展開が決まった際、林さんは小屋とタイニーハウスの認識を混同した商品が多いことが気になったと言います。
小屋はあくまで納屋もしくは物置であり、住宅設備つきのタイニーハウスとは異なるものです。僕が小屋を納屋と呼ぶ理由は、今でも地方では母屋の横に食料や車を収納する納屋があるから。その延長としての小屋なら、古くから生活に根づいた存在だし現実味も増すのではと思ったのです。日本の戸建販売市場の大半は地方です。そう考えると弊社の考え方や価値観はちょうどいい所を狙えている気がするんです。その感覚を活かしつつ感度の高いお客様に沿う商品を…ということで生まれたのがSURF STASHです
地方ならではの視点が導き出したのは、戸建て住宅の横に置ける規模感と気軽さ。そこにエンターテインメントが詰まっているからこそ価値がある、という主張が聞こえてきそうです。
そういえば、SuMiKaさんも、今のユーザーさんに合ったライフスタイルを、住宅やそれ以外を引っくるめて提案されている。住宅をコンテンツとして捉え、お客様に共感される要素を開発して商品化しアクションしていく僕らとクリエイティブ的に近い気がします
ファッションと紐付いたコラボレーション
そんな背景を持ったSURF STASH。テーマはその名の通り「海の小屋」です。味のある木材に使い古した良さを残したガレージのような外見は、まさに1990年代頃のサーフカルチャーに熱狂した世代に響く仕上がり。
『ゼロキューブ』の購買層を想定したのですが、そこで最も意識したのがファッションとの関係です。90年代は裏原ブームでしたが、当時人気があったブランドを辿ると皆サーフブランドに行き着くんですよね。しかも他社の小屋はコンセプトがオーガニックやアウトドアのものが多く、海を意識したものがない。面白い形で差別化できると確信しました
そして、このコンセプトをより強くアピールするポイントがコラボレーションです。アクションスポーツとファッションを融合して活性化させるプロジェクト「H.L.N.A(HUGE LEVER NEXT AGE)」主宰の中村竜さんを招聘、サーフカルチャーに長けた層から軽い興味を持った人までを納得させる人選となっています。
ご自身もサーファーであり、扱うブランドもプロユース。知る人ぞ知る存在なので、お客様が検索された時にも本気度がよく伝わるのでは
中村さんの自宅にある小屋をベースに、海が生活の一部であるプロたちから機能面やデザイン、価格帯などの要望をリサーチして汎用性のある商品に構成。デザイン担当のnada factoryと制作を進めてきました。ただその際、価格とデザインのこだわりの調整に苦労する場面もあったそう。
例えば入口。跳ね上げ式のドアにしたいと言われたのですが、アメリカ直輸入物で数も少ないし、2トンほど重量があるのでメンテナンスなどのハードルが高くて。こだわりすぎて価格が上がるのも本末転倒なので、その辺の調整が難しかったですね。その一方で、SURF STASHのモデルを撮影した際、価格的な面でなくてもいいと考えていたサイド面の窓ガラスに夕陽が映る光景を見て、『これはヤバい…』と。値段とは別の価値をデザイナーは提案しているんだなと気づけたのはひとついい思い出です
150〜200万円台での販売をめざして絶賛開発中。シンプルながら海に親しむ人の楽しみが随所に詰まったものになる予定です。2016年末には第二弾となる「山の小屋」も販売予定。雪山で活動するスノーボーダーや登山家が欲しくなる小屋をコンセプトに企画が進んでいます。
建設業界がクールな存在になってほしい
本コラボレーションの未来には、もうひとつの目標があると教えてくれた林さん。
建設業をもっとかっこいい印象に、働きやすい環境に変えたいんです。アメリカでは大工をかっこよく描く『カンパニーマン』のような映画もあるのに、日本は荒っぽい人たちが危険を押して稼ぐ場、みたいな印象が強い。それをかっこいい職人が集う場だと意識を変えるきっかけをつくりたくて。SURF STASHのコラボレーションは、その最初の一歩でもあるんです
STASHと平行し、nada factoryの中村豪さん率いる職人集団OSSANSと一緒に商品化を進めるワークウエアもその一つです。
さらには、古い慣習が残る他の不動産業とも違う存在だと伝えたいと熱が籠もります。もともとは他業種からの転職組。だからこそ気付くことも多いのでしょう。
不動産って人生で一番大きな買い物だしお客さんが最も優先されるべきです。なのに、いまだに口約束や紹介が中心だなんて状況は変ですよね。SURF STASHも含めたゼロキューブの仕組みは小売りの合理性に基づく商品でもあります。不動産業界や建設業界が今までと違う存在になる。その気づきを与えるきっかけとして小屋が機能してくれたら…と思います
5月にはサーフカルチャーをテーマにしたイベント「GREENROOM FESTIVAL」への出展が決定。最後に改めて魅力を伺ってみました。
オシャレすぎず、高すぎないところ。今の住宅まわりで一番わかりやすいエンターテインメント商材ですね
地に足のついた商品を、感度の高いユーザーに向けてデザインし、手に取りやすい形で届ける。「SURF STASH」は小屋という存在ながら、今の時代の不動産のあり方を体現した商品なのかもしれません。
Text 木村早苗
Photo KEICO PHOTOGRAPHY