「暮らしのものさし」では、ただ消費者として暮らしを営むのではなく、自分の暮らしをデザインする、“暮らしのつくり手”たちを紹介しています。※この特集は、SuMiKaとgreenz.jpが共につくっています。
こんにちは。新井由己です。軽バンを改造した「オフグリッド移動オフィス」で全国を訪ねている、フリーランスのルポライターです。車中泊を始める前は、新聞配達用の原付きカブに寝袋を積んで、テントなしで野宿してました。いかに快適に、安心して夜を過ごせるかを考えているうちに、ホームレスの人たちと行動パターンがそっくりになって、自分で笑ってしまうほどでした。
そんなときに旅コミ誌『野宿野郎』の存在を知り、親近感を覚えたのは言うまでもありません。その後、都内のイベント後の公園野宿に参加したり、『野宿野郎』第6&7号に掲載されている「第1回多摩川国際トイレ野宿会議」に参加したりしながら、野宿仲間として親交を深めてきました。
『野宿野郎』は、2004年10月に創刊し、2010年3月に7号(6号の補完版)が発刊されていますが、「来年こそは次号?」と決意しつつ、早数年…。次号のテーマは「結婚と野宿」だそうです。そこであらためて、かとうちあきさんに野宿の魅力について伺ってみることにしました。
中学時代に野宿に憧れ、高校2年で野宿デビュー
そもそも、ちあきさんが野宿に目覚めたのはいつだったのでしょうか?
中学生のころに映画『スタンド・バイ・ミー』や『イージー・ライダー』を見て、野宿に憧れたのが最初です。近所の大学生が旅行に行くときに宿を決めてないと聞いたときも、かっこいいと思いました。私は自転車に乗るのも苦手なので、徒歩の旅をしてみたかったんです。
高校1年が終わった春休みに、同級生に「野宿してみない?」と声をかけて、横浜から熱海まで歩いて旅に出ました。お昼過ぎに出発して、1泊目は道路の側溝で寝たそうですが、なぜそこで?
寝るために道(ルート)から外れたくなかったんですよね。側溝はコンクリート製で冷たくて、寒かったです。でも、こんなところでも寝られるんだというおもしろさと、想像していなかった場所で泊まることが楽しくて、友だちとキャッキャッ言いながら、青春っぽさを満喫してました。
野宿のことを何も知らなかったので、マットも持っていなかった(存在を知らなかった)んですよ。2泊目はファミレスの駐車場に寝て、約80kmの徒歩旅行を終えて、電車で帰宅しました。
高校2年の夏休みは、さらに遠くまで歩こうと思って日光の東照宮を目指しました。高校3年の夏には、1か月かけて本州を縦断。青森県の竜飛岬を出発して、木曽路を通って琵琶湖に抜け、山陰側を進んで下関まで。新潟で友だちと別れてから、1日40kmくらい歩いたそうです。
一人旅になって、歩くペースが上がりましたね。6時起床で、17時には寝る場所を見つけて、20時か21時には寝てしまいます。このときはマットの存在を知っていましたが、できるだけ荷物を軽くしたかったので、ゴミ箱から新聞紙を拾って敷いていました。でも体が痛くなるので、結果的に睡眠時間が多くなってしまいました。
50日以上の旅で、ちあきさんは「野宿はこうすればいいんだ」とわかってきました。また、長期で家がない状態が続くことから、旅そのもの(野宿そのもの?)が生活になる感覚が生まれたと言います。
一人だと心細いので、いろんな人に声をかけるようになったんです。それがすごくよかったですね。みんなに心配してもらえるということもありますが、野宿の経験があると、人に優しくなれるんです。
これは、やってみないとわからないことでした。野宿はお金がかからないメリットもありますが、一度経験すると、もうどこでも寝られるという自信がつきます。お金を払ってホテルに泊まると、お客さんのほうが立場が上になりますよね。でも野宿をしていると、むしろ立場がいちばん弱いので、いろんな人との関わりが生まれるんです。
大学に進学して新歓パーティーに参加したら、飲みつぶれた仲間たちと公園で寝ることになりました。それを見て、ちあきさんは「なんだ、みんな野宿するんだ!」とうれしくなったとか。春休みや夏休みなると寝袋を持って旅に出て、四国を一周したり、ママチャリでお城巡りをしたり、国道1号線を行き倒れるまでひたすら歩くというものまで、まさに“野宿道”を極めていったようです。
野宿に必要なアイテムと、場所選びのポイント
そんな野宿の達人・ちあきさんに、野宿に必要なものを教えてもらいました。
国語辞典で「野宿」の項目を開くと、「夜、野外で寝ること」って書いてあるんです。酔っぱらって公園の植え込みに寝るのも、実は立派な野宿なんです。それでも、やっぱりあると便利なものもありますし、何もないときでもそのへんのものを活用すれば、快適に野宿できるんですよ。
ポイントになるのは、「掛け布団」と「敷き布団」を考えること。掛け布団は寝袋で、敷き布団はマットに相当します。寝袋は布団よりもコンパクトになり、持ち運びしやすいので、野宿の必須アイテムです。封筒型は安く買える反面、かさばってあまり暖かくありません。
マミー(人形)型は値段が高くなりますが、羽毛だとすごく小さくなりますし、夏用から厳冬期用までたくさん種類があります。ただし、対応温度はテント内で使うことを想定されているので、寝袋だけで寝る場合は、少し余裕を持って考えたほうがいいようです。
初めてアルバイトをしたときや社会人になったときに、初任給で寝袋を買うのもいいでしょう。もしくは、お子さんが高校や大学に進学したときや、成人したお祝いに、寝袋をプレゼントするのも素敵です。寝袋を持っているのが一人前の大人、という文化になってくれるといいのになぁ。
寝袋を手に入れたら、次は敷き布団になるマットを考えましょう。ホームセンターで売っているキャンプ用の銀マットでもいいですし、登山洋品店でかっこいいマットを選ぶのもいいでしょう。
(側溝に寝た経験から)下に敷くものは重要なんです! でも専用のマットがなくても、新聞紙や段ボールでOKです。古新聞や段ボールは入手しやすいし、段ボール箱を4個くらい連結させると、快適なシェルターになります。
スーパーで段ボールをもらうときは、みかん用を探すといいですよ。みかん用は厚くて、しっかりとした寝心地ですが、ペットボトル用は段ボールが薄くて頼りない感じです。このほか、1.8×1.8mのブルーシートを持っていれば、広げて座るほかに、寝袋に巻き付けて防水と防寒にも使えます。
野宿に必要なものはわかりました。次に、どんな場所に寝ればいいのでしょうか?
最初にトイレを確認すると、その地域の治安がわかるんです。汚かったり、落書きがある場合、ヤンキーがたむろしている可能性があるので、その周辺は避けたほうがいいですね。逆に掃除が行き届いている場合は、早朝に掃除の人が来て起こされる覚悟も必要です。
たしかに、トイレがあれば水道も使えるので、最低限のライフラインを確保できますね。
野宿場所を選ぶときに気にするのは、1)安全なところに寝たい、2)よく眠れそうなところに寝たい、3)怒られないようなところに寝たい、の3点です。このほかに、都会で野宿をするときは、1)ラジオ体操に参加して地域の人と交流する、2)お巡りさんとなかよくして職務質問から逃れる、のが秘訣だとか。
夏の野宿は、蚊との闘いです。これも公園の遊具の上みたいに高いところや風通しのいいところを選べば、快適に過ごせます。冬の寒さは、ホッカイロを腰に貼ったり、フードをかぶったり手袋をして寝るといいでしょう。ペットボトルにお湯を入れて湯たんぽにするのもオススメです。このときティーバックを入れておけば、朝になったらお茶が飲めます。
それでも寒くて死にそうなときは、どうすればいいのでしょうか?
これはいつも葛藤があるんですが、身障者用のトイレに避難する方法があります。高校生のときに3週間くらい野宿旅をして、外で寝るということと、自分が何にも守られていないということに、ふっと疲れてきたんですよね。
そんなときに、目の前に現れたのがトイレだったんです。どきどきしながら寝てみると、ものすごく快適でした。壁という囲いがあり、鍵が閉まることが、こんなにも心落ち着くなんて!
それまで公園や無人駅などのオープンスペースに寝ていた私にとって、トイレはまるで高級ホテルのように思えました。さらに、朝起きるといつも必死にトイレを探していたのに、トイレに寝ていればトイレを探さなくてもいいんです。だってここにあるのだから、という事実に気づいてびっくりです。ああ、なんてトイレはスバラシイのでしょう!
実は僕もトイレ野宿の経験がありますが、身障者用トイレは公共の場所で、緊急に使いたい・使うべき人がいることを考えると理性が邪魔して使えませんでした。それでも、一度その“禁断の扉”を開けてしまうと、ちあきさんが言うように「高級ホテル」のように感じます。
洋式便器に座ればイスになるし、便器のふたを閉めればテーブルになるし、カギを閉めれば裸になって身体をふいたりできるという、素晴らしい(?)メリットもあるんですよ。
野宿を経験すれば、どこでも寝られるという自信が得られることに加えて、どうしようもなくなったら、最後にはトイレの個室があるという安心感も、“野宿道”を極めていくとたどり着く心境なのかもしれません。
野宿仲間が集まる「お店のようなもの」をオープン
さて、そんなちあきさんでしたが、2014年11月に横浜に「お店のようなもの」をオープンさせました。気が向いたら開店させて、何かを売ったり、イベントをやったりしているそうです。もらったり拾ったりしたものが置いてあったり、ネパール製の帽子やレッグフォーマーが並べられていたりするほか、ちあきさんの著者や『野宿野郎』も購入できます。
前にタダ同然で住まわせてもらっていた場所を出ることになって、新しい家を探しているときに、この貸し倉庫の貼り紙を見つけたんです。
10年間、使われてなくて、ここでお店のようなものをすれば、家賃も払えるのではないかと考えて、借りることにしました。売れそうなものを募集したら、けっこうみんな持ってきてくれて、モノってけっこう余っているんだなと思いました。2階にもスペースがあって、そこも利用可能ですが、残念なことに住んではいけないので、今は近くのシェアハウスに暮らしています。
ちあきさんの理想は「働かなくてもいい暮らし」だそうです。車は必要なく、自転車で動ける範囲で、ときどき仲間と集まることができれば幸せだと言います。今は週に1〜2回、介護のアルバイトをしているそうですが、決められた日に出勤するのが苦手なようです。1日なら遊び感覚でできるけど、2日以上だと働いている感じになって苦しくなるんだとか。
「消極的野宿」と「積極的野宿」の違い
社会人になって1年半が過ぎたころ、終電に乗ったつもりが最寄り駅まで行かなかったことがありました。ホテルに泊まるお金はないし、歩いて帰れる距離でもない。しかたなく野宿することにしたんですが、学生時代の野宿スキルがすごく役立ちました。
そのとき、「なぜ1年半もの間、わたしは野宿から離れていたのか」と反省したんです。これからはもっと野宿をしたほうがよいのではないかと思って、近くの公園で野宿するようになりました。
野宿は「夜、野外で寝ること」なので、終電を逃したときにしかたなくする「消極的野宿」から、野宿旅行のような「積極的野宿」まで、けっこう幅があります。そこで、まずは「しかたなくする野宿」から始めて、少しずつ「野宿力」を高めていくといいそうです。
酔っぱらって路上で寝ている人をよく見かけますが、スリの危険性が高くて心配になります。暗い夜道で車にひかれるケースも耳にします。だったら最初から野宿地を決めて、そこで飲んでしまえばいいんですよ。宴会野宿を企画すると、安全に寝られる場所を探しますし、どんなところなら平気そうか、事前にイメージトレーニングもできます。
酔っぱらったにしろ、終電を逃したにしろ、やむを得ず野宿で朝を迎えてみると「なんとかなる」という感覚が芽生えます。それにはまず、一度でもいいから野宿をしてみないとわかりません。
家賃を滞納してアパートを追い出されたとか、家族や同居人とケンカして家に入れてもらえないとか、一人暮らしでカギをなくして部屋に入れないとか、人生いろいろあると思います。そんなときに、野宿の選択肢があれば慌てずにすみますし、少しだけ自由な気持ちになれるはず。いいトシしてとか、こうあるべきという世間体にとらわれていてはいけないんです。
野宿と聞くと、学生や自由人がするもので、苦労話をしたり自慢大会になったり、ちょっとストイックな感じがあります。でも、その辺で気軽に寝て楽しむ「カジュアルな野宿」があってもいいのではないかと、ちあきさんは考えています。実は、飲んで終電がなくなって野宿したのをきっかけに、恋が始まったこともあるそうです!
ちょうどお花見シーズンになりました。夜桜を見ながら、ああ家に帰るのはめんどくさいなあ、このまま朝まで寝たほうが楽なのにと、誰でも考えますよね。お花見の時期は、何をしていても寛大に見てもらえるので、今の時期が、野宿デビューにぴったりなんですよ。
野宿をしたい気持ちはあるけれども、最初の一歩をなかなか踏み出せないという人は、まず「お花見野宿」から始めてみてはいかがでしょうか?
(Text: 新井由己)
ライターのプロフィール
1965年、神奈川県生まれ。フォトグラファー&ライター。自分が知りたいことではなく、相手が話したいことを引き出す聞書人(キキガキスト)でもあり、同じものを広範囲に食べ歩き、 その違いから地域の文化を考察する比較食文化研究家でもある。1996年から日本の「おでん」を研究し、同じころから地域限定の「ハンバーガー」を食べ歩く。近著に『畑から宇宙が見える 川口由一と自然農の世界』(宝島社新書)、『THE BURGER MAP TOKYO 東京・神奈川・埼玉・千葉』(監修・執筆/松原好秀 撮影/新井由己 幹書房)などがある。
http://www.yu-min.jp
※この記事はgreenzに2016年04月20日に掲載されたものを転載しています。