「暮らしのものさし」では、ただ消費者として暮らしを営むのではなく、自分の暮らしをデザインする、“暮らしのつくり手”たちを紹介しています。※この特集は、SuMiKaとgreenz.jpが共につくっています。
何かをたまらなく「好き」になる気持ち。みなさんはどんなときに感じますか?その「好き」はどんな心地がするものでしょうか?
結婚する前、奥さんと一緒に暮らし始めた家に、野良ネコが遊びに来ていたんですよ。ちょこんとサッシに手をかけて、部屋の中を覗いているんです。
仕草がものすごく可愛いわけですよ。開けてあげたら逃げなくて。触ろうとすると、たたたたって逃げて、少し様子を見てとことことこって戻ってくる。ものすごく可愛いじゃないですか。「ああ、ネコがいるよ~」って。
聞いている方も思わず頬がゆるんでしまうような、はしゃいだ声でネコの魅力を語りだすのは、今回ご紹介する木津一郎さん。ネコ専用の賃貸アパート「Gatos Apartment」を運営する大家さんです。
聞いている方も思わず頬がゆるんでしまうような、はしゃいだ声でネコの魅力を語りだすのは、今回ご紹介する木津一郎さん。ネコ専用の賃貸アパート「Gatos Apartment」を運営する大家さんです。
レコード会社でディレクターとして12年間従事したのち、KDDI(株)に転職、LISMO立ち上げに関わる。無類の猫好きが高じ、保護した野良猫たちのために家を建てることを決意、2011年、世界初の猫専用デザイナーズ・アパートメント Gatos Apartmentを東京都杉並区にオープン。現在はネコ賃貸コンサルタントとして、猫専用物件の普及に力を注いでいる。
ネコ好きってね、どんなネコでも好きなんですよ。うわぁ、かわいい!!ってなるんです。この家を建てたのも、この子たちと暮らすためです。
この子たちとは、木津さんが共に暮らすネコのウーと、親ネコのチー。彼らとの出会いが木津さんの人生を狂わせたと言います。「どうやって、今の暮らしがはじまったの?」そんな問いを持って、木津さんに会いに「Gatos Apartment」を訪ねました。
人間とネコがともに快適に暮らせる住まいって?
京王井の頭線高井戸駅から徒歩10分ほど。首都高4号新宿線に面した小径をすっと入っていくと、住宅が集まる静かな空間が広がっています。ここにネコ専用アパート「Gatos Apartment」はあります。
「Gatos Apartment」は、「ネコは大切な家族の一員である」という思いをベースに「人間とネコが快適に暮らせる賃貸住宅」として2011年10月に誕生。現在2組の入居者と木津さん家族を含む、人間6人+ネコ6匹がここで暮らしています。
日本の賃貸物件は、ペットの飼育を禁じているところがほとんどです。ペット可をうたっていても、立地条件などに訳ありの物件が少なくありません。想定されているペットも犬であることが多く、ネコが飼えて、なおかつ住環境の整っている物件は、実は非常に少ないのです。
木津さんはご自身の住まい探しの実体験から、そんな日本の住宅事情を知り、ネコ好きな人にとっての理想的な住環境をつくることを決意。駅からのアクセス、周辺環境などの立地から、採光や間取りなどの空間に至るまで、徹底して住み心地にこだわった「ネコと暮らす」住居を建築家と一緒に設計しました。
いわゆるペット共生型物件というと、飼いやすさを訴求したデザインになっているものの、あくまでも人間の都合に合わせた設計になっている場合が多いのですが、猫専用ドア、洗面所に猫専用トイレスペース、キャットウォークに脱出防止塀など、「Gatos Apartment」はネコにとっての暮らしやすさも同じくらい大切に設計しています。
入居者はもちろん、みなさんネコが大好きな人たち。共通の話題に事欠きません。情報交換をしたり、キャットシッターをお願いしたりと、ネコを通じたご近所づきあいが自然と生まれているそう。ときどき新旧の入居者が集まるホームパーティも催されています。
木津さんは現在、大家業の他に、コンサルタントとして「Gatos Apartment」のようなネコ専用賃貸物件を増やすべく、全国の大家さんからの相談に乗っています。
全国から「ネコの賃貸ってどうやってつくればいいんですか?」って相談をもらうようになって、ああ、世の中に求められているんだな、と分かりました。
だから今、「ちょっとでもネコと人が幸せになるようなインフラを整える手助けになれたらいいな」と思ってやっていますが、社会へインパクトを生み出そうといった強い思いがあるわけじゃないんです。
ネコとの出会いで見つけた、人生のあたらしい選択肢
そもそも木津さんとネコの出会いは中学時代。約12年共に暮らした経験があり、生活にネコがいるのはごく当たり前の風景でした。ただ、その頃はお母さんに世話を任せて可愛がるだけの接し方で終わっていたそう。
家に野良ネコがやって来た時も、飼うつもりはまったくなかったと言います。遊びに来たらごはんをあげて、”猫かわいがり”するだけの関係が1年ほど続きました。
全てが変わったのは、目が潰れた子ネコのウーをくわえて、親ネコのチーが家にやって来たある日のこと。病院へ連れて行くと、切開手術の診断が下されました。そこでしばらくの間、木津さんは2匹を保護します。
当時住んでいたテラスハウスがペット不可物件だったんですけど、ちょっとの間はいいか、って保護していたんですよね。
ところが保護中に、なんとチーが家の中で出産するという事件が起こります。合計5匹のネコを匿う状況になってはじめて「ああ、どうしたらいいんだろう」と思ったそうです。
隣に大家さんが住んでいたので、黙って飼うには後ろめたさがあったんです。だったら、気兼ねなく暮らせるところが欲しいよねって。ちょうど結婚の話も出ていて、家をどうするか、妻と二人で話し合っていた時期でした。
以前住んでいた家は60平米ほどの広さがある庭付きのテラスハウス。木津さんは同じ条件でネコが飼える物件を探し始めました。
しかし都内のどこへ行っても、希望に沿うような物件は見当たりません。唯一見つけた猫専用物件は、20平米のちいさなワンルーム。家族でゆったり暮らせるくらいの大きな物件で、なおかつ猫を数匹飼うとなると壊滅的でした。
そのときにいっそ、家を建てちゃえという話にもなりました。でも僕は、持ち家はいらないという考えだったんです。ものすごい借金を背負いながら暮らさないといけないじゃないですか、ほぼ一生。それがすごく嫌で。この話題でいつも妻と険悪な雰囲気になっていました(笑)
ネコと気兼ねなく暮らしたい、だけど住む場所が見つからない。一軒家がほしい、だけど借金は負いたくない。
だったら、自分たちだけが住む家じゃなくて、ネコ好きな人が快適に住めるアパートをつくろうと思ったんですよね。そこで家賃収入が生まれたら、借金はするけどそれは資産になる。
大家さんに隠れてネコを飼い続けたり、借金して一軒家を建てるという選択をして、すでにある選択肢からほどほどの最適解を選ぶのは簡単です。けれどそれは、ほしい未来とほしくない未来を同時に叶える選択でもあります。
木津さんが選んだのは、自分にフィットする納得解を見つけて「あたらしい選択肢」をつくること。ほしい未来だけを叶える選択でした。
好きなだけでは、大切にしていることにならない
「Gatos Apartment」を建てると決めてから、木津さんが起こしたはじめのアクションは、当時使っていたmixiのコミュニティで「ネコと暮らせるアパート建てるとしたら、どんな部屋がいいですか?」と問いかけることでした。
嬉しいことにばんばん意見が返ってきました。それを読むうちに、自分がいかに無知だったかを知りました。それこそ、ネコに煮干しをあげたり、アロマオイルを使ったりしちゃダメだってことから、殺処分されている野良ネコがいるって問題まで。
「Gatos Apartment」の建設計画は、木津さんがネコとの関係を見直す大きなきっかけを生みました。
アパートを建てようと決めるまでは、本当にダメな飼い主でした。そのときのネコリテラシーはゼロです。ただ単にネコが可愛いというだけだったんです。
実家でネコを飼っていた時も放し飼いだったので、ネコのトイレは外って勝手に思い込んでいたし。それが誰かの迷惑になっていて、摩擦が起きていることすら知らないレベル。今思うとまったく無責任な話です。きちんと勉強し始めたのはそこからでした。
愛玩動物飼養管理士の2級を取得するなど、ネコについて本格的に学び出した木津さんがいちばん心を痛めたのは、殺処分の問題でした。日本では毎年、約80万匹のネコが殺処分されています。そのうちの70%が1歳未満の子猫です。
その子たちを1匹でも少なくしたいな、そのためには具体的にどうしたらいいか、って思うんですよ。殺処分イコール可哀想って言うのは簡単です。だけど一方で深刻な実害も出ています。家庭菜園にうんちやおしっこをしちゃうんですよね。ネコを嫌う人の気持ちもわかります。
無邪気に可愛いと言ってごはんをあげていたら、ネコが繁殖して被害も増えますよね。無知なまま可愛がっているだけでは、ネコ好きも殺処分のサイクルに加担してしまうことを、勉強してはじめて気づいたんです。
そこで「Gatos Apartment」を建てるにあたり、単にネコ好きのニーズを満たすだけではない、社会においても人とネコがお互いにストレスなく共存できる本質的なデザインを目指そう、木津さんはそう考えました。
飼い主のリテラシーを底上げする「住まいのデザイン」
「Gatos Apartment」では入居条件として「室内飼い」を義務づけています。飼いネコが外で糞尿問題を起こすのを防げるからです。また、交通事故や病気をもらってくるリスクからネコ自身を守ります。これは、ネコと人がお互いを守るためのリスクマネジメントです。
その代わり、外に出られないネコがストレスなく暮らすことができるように、部屋の中には生態に合わせた細やかな配慮を施しています。
たとえば、ネコ用トイレは洗面所に設置できるスペースをとっています。本来ネコはとても清潔で、他のネコと同じ場所でトイレをしたがりません。1匹以上で飼うことを考慮に入れて、最低限ふたつ置ける広さを確保。
人間用トイレの隣にあればすぐに糞を流せますし、お風呂場で掃除も済ませられます。換気扇も付いているので臭いもこもりません。人間にとっての快適さも併せて考えた設計です。
飼い主が知識として知っているかどうかって大きいですよね。でも、はじめからインフラに組み込まれていたら、自然とそれがベーシックになっていくと思うんです。
そこには、飼い主の猫リテラシーを高めたい、という木津さんの願いが込められています。
殺処分されるネコを減らすためのインフラを整えたい
猫って、常に無邪気じゃないですか。夜仕事から帰ってきて落ち込んでいる時にヒュッと来て、くるくる回ったりするのに、なぐさめられる感じがあったりとか。見ているだけでも可愛いです。
ビジネスマンとして約20年間働いていた木津さん。レコード会社で音楽ディレクターとしてキャリアを始め、通信系企業に転職後は新規事業を担当していました。「Gatos Apartment」を建てた後も3年ほどは兼業だったそう。
家賃も入ってくるし、自分で働いているお給料も入ってくる状態だったので、実は辞めるつもりはありませんでした。
でも猫ブームも手伝って、ネコ専用の賃貸物件を建てたいという人が増えました。実際に物件を見てみると、売るために企画されている場合がほとんどで、住み心地を追求したデザインにはなっていないんです。
「Gatos Apartment」は、ネコを飼いたいと思っている、都内で一人暮らしをする若い女性、またはカップルがゆったりと暮らせるアパートとして設計しています。このコンセプトを実現するには、収益性の確保に対する優先順位を下げる必要があるため、大手のデベロッパーでは難しいのです。
だったら「Gatos Apartment」のような賃貸物件を増やしたいなって。20〜30代で猫を飼っている人はたったの4%。理由は飼える環境がないのと、ちゃんと飼える自信がないから。そこを僕がサポートできれば、若い子たちが積極的に入居して猫を飼えるようになる。
彼らが殺処分されるネコを引き取ってくれたら、無駄に奪われるいのちが減りますよね。
ネコと人が共生できるインフラを整え、その周辺でコミュニティが生まれれば、その中で知識をシェアし合ったり、助けを借りたりすることができる、と木津さんは語ります。
自分の「好き」を大切にすると誰かの「好き」も大切にできる
「猫と一緒にゆったり住める自分の家がほしい」。自分サイズだったほしい未来が、「ネコの殺処分を減らしたい」と社会サイズへと拡張していった背景には、いったいどんな理由があったのでしょうか?
ネコが可愛いから!!それだけです。ネコは大切な家族なんです。しかも自分のネコだけじゃなくて、みんな家族なんですよね。だからみんなに幸せになってほしい。
屈託ない表情で即答する木津さんを見て、理屈を超えたところにある自分の感覚をとても信頼しているように感じました。思えば、自分の「大好き」がはっきりと分かるのって、案外難しいかもしれません。
今振り返ってみると「Gatos Apartment」を建てるまでは、ビジネスマン以外にも道はいっぱいある、という事実をずっと無視していたなと思います。ものすごく安泰だったから。
だけど安泰な道はあまり面白くなかったです。だからこのラフロードに入っていったら面白いんじゃない?って。
今の暮らしに導いてくれたのはネコたちです。僕らを飼い主として選んでくれて始まった、この大きな流れに乗ってかたちづくられたことが大きい。それはもう、運命みたいなものです。
「大好きな存在」を大切にするとは、自分の行動がもたらす相手への影響を理解し、相手の未来に貢献できるように関わること。そのために、相手のニーズや取り巻く背景を積極的に理解すること。そしてもちろん、実現できるよう具体的に進めていくこと。それらを深めていけば、やがて誰かの「好き」を大切にすることへも自然とつながっていく。
「Gatos Apartment」に木津さんと猫たちの暮らしを訪ねて、私がいちばん嬉しかったのは、この事実に出会えたことでした。
自分の「大好き」を大切にすることによって、自分も誰かもうれしい未来がやって来るのだとしたら、多少ラフな傾斜があったとしても、この道はほがらかに歩んでいきたくなる道だな、と。
みなさんは、「大好きな存在」をどんなふうに大切にしていますか?
ライターのプロフィール
greenz ライター
ライター兼はなやぐ係
唄うように話せたらいいな
絵を描くように書けたらいいな
話すように踊れたらいいな
ほほえむように唄えたらいい
そんな気持ちで日々を生きています。
「心のスイッチを押す装置」をつくる発明家として、現在「大人になった子どもがおかあさんに贈る本」をテーマにギフトブックを制作中。「本を贈る」やりとりを通じて、親子のリアルなストーリーが新たに生まれることを目指しています。
気になるテーマはクロスカルチャー、多様性、対話。
※この記事はgreenzに2016年06月28日に掲載されたものを転載しています。