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暮らしのものさし
記事作成・更新日: 2017年 1月25日

直島の古民家にテントで宿泊するゲストハウス「島小屋」を営む、山岸夫妻の暮らし


「暮らしのものさし」では、ただ消費者として暮らしを営むのではなく、自分の暮らしをデザインする、“暮らしのつくり手”たちを紹介しています。※この特集は、SuMiKaとgreenz.jpが共につくっています。


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水玉のカボチャを見ると思い出す、瀬戸内海に浮かぶ小さな離島。1度は行ったことがあるというひとも、きっと少なくないでしょう。3年に1度、瀬戸内海の島々で開催される現代アートの祭典「瀬戸内国際芸術祭」。そのメイン舞台である、香川県の直島です。

今回は、その直島を移住先として選び、新しい暮らしをつくる山岸正明さん・紗恵さんご夫婦のお話。尽きないひらめきを自分たちの手で実現する、アイデアのモデルハウスのような山岸さんたちの拠点「島小屋(しまこや)」に伺ってきました。

古民家をDIYでリノベーションした、室内テント式のゲストハウス。島の日常と非日常が重なる憩いの場・可動式のブックカフェ。また、東京と直島との二拠点生活など、気になる取り組みが盛りだくさんの、山岸夫妻の暮らしに迫ります。

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岡山県の宇野港から直島の宮浦港までフェリーで約20分。草間彌生さんの作品・赤カボチャがお出迎え!(撮影:yunico)

ブックカフェ&テントステイ島小屋とは

2016年の芸術祭108日間における直島の訪問者数は、山陽新聞によると約25万人。そのシーズンに訪れた人にとっては、国内外の観光客で賑わう特異な島という印象が強いかもしれません。しかし、普段の島民数は約3000人。他の地方と同様に、高齢化と人口減少という課題を抱える、穏やかで小さな島なのです。

そんなオンシーズンとオフシーズンの顔がまったく異なる直島の、古民家が密集した本村というエリアに、ちょっと変わったゲストハウスがあります。入口の看板には“shimacoya BOOK CAFE & TENT STAY”の文字。そう、ここが山岸夫妻の運営する「島小屋」です。

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本村の町並み。普段の直島はとても穏やか。たまに海外旅行者やご年配の方とすれ違います。(撮影:yunico)

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細い路地を進むと、右手にパッと開けた空間。ここが「島小屋」。招き寄せられるように中へ。(撮影:yunico)

「島小屋」は、築120年になる平屋の日本家屋をDIYでリノベーションした宿。屋内にテントを張って泊まります。小さい頃に傘や布を使って、誰もが一度は挑戦したであろう、夢のハウス・イン・ハウスの本格版です。

面白そうだけどテントを持っていない…というひともご安心を。テントや寝袋(シュラフ)はレンタルができ、セットで1泊1人2500円から宿泊できます。追加料金でシャワー利用や朝食をお願いすることも。

国内のゲストハウスを120軒以上めぐった私も、こんなスタイルを貫く宿、今まで出会ったことがありません。ありそうでなかった発想ですよね。

オープンしたのは2013年8月で、芸術祭の年には宿泊者数は年間3000人にものぼるそう!現在の利用者の半数が日本人。意外なことに、今までテントを一度も張ったことがないというひとが多いのだとか。

確かに、キャンプに興味はあるけど屋外テント泊にまだ抵抗があるというひとの、テントデビューにはうってつけかもしれません。

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寒い時期は暖房をつけて冬用の寝袋を。テント持ち込みの方は庭で泊まることもできます。(撮影:yunico)

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テントの張り方の手引き。私も挑戦しましたが、とても簡単。あっという間に完成しました!(撮影:yunico)

地域のひとたちも集える、まちの交流拠点に

「島小屋」は、ユニークな宿というだけではありません。様々な面白い仕組みがあります。まず、宿に併設された可動式のブックカフェ。「simacoya bunco」という名前で、2016年3月から本屋さんをはじめました。

イベントに合わせて気軽に持ち運んだり、晴れた日は庭で古本市を行ったりできる、キャスターの付いた本箱たち。旅やアート、ものづくりや暮らしに関わる本が選書されています。

さらに、壁には友人の絵描きさんによる瀬戸内海の島々をイメージしたアクリルペイント、2人がセレクトした作家さんによるプロダクトの販売スペースなどもあります。

そして時には、テントスペースを日中ギャラリーとすることも。今年の秋は、かつて旅人として「島小屋」を訪れたフランスのイラストレーターによる個展を開催しました。

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こちらがshimacoya bunco。机と椅子があるため、コーヒーを片手に本を眺めることも。(撮影:yunico)

そして、庭先には生活雑貨の無人販売屋台。島内の各家庭で不要になった食器や家電を販売しています。購入ニーズだけでなく、「うちの食器も置いてもらえない?」と近隣のひとから追加の譲り渡しニーズも多いそう。

確かに、処分する手間も省けるうえに、国境を越えて誰かのもとで再利用される可能性があるなら、素敵ですよね。

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山岸さんが手づくりした無人販売屋台、「ほったらかし小屋」。茶碗から黒電話などまで。(撮影:yunico)

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建物の奥には、本を参考に独学で育てている畑。こちらは生ゴミを肥料にリサイクル。(撮影:yunico)

「島小屋」は、気軽に立ち寄れるブックカフェや無人販売を併設しているため、宿としてだけでなく、島民にも開かれた公園のような役割を果たしています。国内外の旅人から、毎日遊びに来る近所のおばあちゃん、「いい魚が獲れたよ!」と魚片手に訪れる漁師のおじいちゃんまで。

そんな日常と非日常が入り混じる、不思議な交流拠点となっているのです。

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毎年GWに開かれるイベント「島小屋パラダイス!」。マルシェやワークショップ、Kino Igluの屋外映画「シマシネマ」を開催。

移住のきっかけは、10年前のひとつの寿司桶

「島小屋」の全体像が見えたところで、東京に住んでいた山岸夫妻が、どうして直島へ移り住んだのか? なぜブックカフェ&テントステイというスタイルで運営しているのか? という原点となる話題へ、コマを進めましょう。

東京育ちの山岸正明さん。大学で建築意匠と都市計画を学び、卒業後は空き家のリノベーションに携わる仕事をしてきました。2004年に建設された建築家・安藤忠雄さんが手掛ける地中美術館を一目見ようと、その年の年末に直島へ旅に出かけました。

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山岸正明さん・紗恵さん。店主の正明さんが移住のきっかけを話してくれました。(撮影:yunico)

せっかくだから島内の店で食事をと、ホテルが提供する夕食を断ったのですが、どこを探しても島内の飲食店は年末年始で見事に休業…。大晦日に空腹で途方に暮れていたその時、島民の中学生3人がやってきて「どうかしましたか?」と声を掛けてくれました。

事情を説明したところ、なんとその中学生たちは、急いで家から食べかけの寿司桶を持ってきて「これで良ければどうぞ!」と初対面の僕に差し出してくれたんです。その無垢な優しさに、胸が熱くなるほど感動。その記憶が直島の良い思い出として脳裏に焼き付いていました。(正明さん)

それから時が経ち、紗恵さんと結婚して、可愛い女の子が生まれます。地域のつながりが希薄化しつつある今の東京、かつてのような地域のひとたちと顔の見える関係性のなかで子育てがしたいと、理想の移住先を探して、週末になる度に様々な候補地を訪問。

ある日、あの大晦日のエピソードをふと思い出し、直島を家族の拠点として選択しました。

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ブックカフェのカウンターにて。このカウンターも山岸さんの手づくり。(撮影:yunico)

日常の魅力を届けたい。テントステイを選んだ理由

移住地が決まれば、今度は家探し。物件を探している時、未来の「島小屋」となる築120年の古民家に出会います。

直近20年間、誰にも使われず、入り口が板で封鎖され、中は見るも無残な状態。次の担い手が現れなければ取り壊す予定だという話を聞き、これはなんとかせねばと、空き家リノベーションの経験豊富な正明さんの心に火が付きました。

活用案を考えるうちに「芸術祭という非日常ではなく、自身が体験したような“直島の日常の魅力”を、この島を訪れるひとたちに届けたい」その思いが炙り出され、日常に密接した素泊まり宿、いわゆるゲストハウスという発想に辿り着きます。

改修前はボロボロの平屋でした。普通にゲストハウスをはじめようとすれば、改修に数千万円の初期費用がかかってしまうような状態。なんとかアイデアと工夫で無理なくスタートできないものかと考えはじめました。(正明さん)

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リノベーション前の「島小屋」。今の姿を知っているひとからは信じられないほど、がらんとした平屋。

もともと旅が好きな正明さん。旅の道中にテントで野宿をしたり、時には友人宅で屋内テント泊をさせてもらったこともあったのだそう。それらの経験から、防寒や通気性に優れたテントというアイテムを取り入れようとひらめいたのです。

テントステイなら高額な改修費用をかけずに、小さなプライベート空間を提供することができます。また、一つ屋根の下、みんなでテントを張ることで、登山の山小屋のような親密感と一体感が生まれたら楽しい。

そんなワクワクを、直島の日常に耳を傾けながら体感してもらえたら。その思いから“島小屋”と名付け、今の案に至りました。(正明さん)

3ヶ月後に開業!? お試し移住と二拠点生活

それは、2013年の第2回芸術祭を3ヶ月後に控えた、絶好のタイミングでもありました。はじめるなら今!そうはいっても、唐突に東京の仕事を放り出すわけにもいきません。

そこで、まずフリーランスで住居などのリノベーションに携わっていた紗恵さんと1歳の愛娘むくちゃんだけ先に直島へお試し移住、正明さんは東京と直島の二拠点生活を経ることに。

紗恵さんは、乳飲み子を育てながら島小屋のオペレーションを。正明さんは、平日は東京で働きつつ、ボランティアメンバーの募集をして仲間を集め、週末になれば直島へ駆けつけてリノベーションを。そんな怒涛の日々を繰り返していきました。

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これまで、のべ300人以上が、島小屋づくりボランティアメンバーとして関わっています。

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宿泊者やボランティアメンバーのみんなで、2013年の芸術祭の時に撮った記念の一枚。

その後、家主であるお百姓さんが暮らしていた当時、周辺に子どもの遊び場がないことを不憫に思い、厚意で自宅作業場である庭を地域の人たちの憩いの場として開いていたという歴史的な思いを継いで、ブックカフェといった周辺地域のひとたちも立ち寄れる仕掛けを、積極的に取り入れていきました。

島民の素直さと多彩な出会い、子育てに良い環境

オープンしてから4年目を迎えた今、正明さんは東京の会社を辞めて、完全に直島に移住。夫婦二人で「島小屋」を運営しつつ、東京で培ったリノベーションの経験を活かして、直島の少子高齢化による空き家問題に向き合い、地域おこし協力隊としても活躍しています。

そして、むくちゃんは直島唯一の保育所に通い、時々「島小屋」にひょこっと現れて、様々な大人たちと戯れる。家族三人、そんな理想の子育て環境のある暮らしを楽しんでいます。

移住先を検討している頃、直島のひとだけはっきりと「この島は子育てに向いている」と明言してくれたんです。実際住んでみて、その通りでした。お母さん同士の関係性が近くて良かったり、ご近所さんが家族のように気にして声をかけてくれたり。

さらに、直島の人柄の良さに加え、芸術祭という特殊な状況が様々なひとをこの島に招いてくれています。娘と海外ゲストが、言語の壁を超えて交流することもよくあるんですよ。(紗恵さん)

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庭に面した縁側。庭の椅子に腰掛けたひとたちともおしゃべりが弾む、特等席です。(撮影:yunico)

ユニークな発想でオープンな拠点を持つことの価値

子育てだけでなく自分たちの暮らしにとっても、直島という場所で、オープンで特殊なコンテンツを持つことが、良い影響をもたらしていると、お二人は話します。

旅をして、様々なひとと出会って、刺激が糧となって新たな挑戦に踏み込める。本来は旅を通じて得られる経験ですが、国内外の多彩な人々が向こう側から、わざわざやってきてくれます。この場所にいながら世界とつながっていく感覚が、本当に面白い。(正明さん)

直島に移住して「島小屋」を開いてから、世界中の様々な文化や職種のひとと出会うようになって。子育ての影響もプラスして、刺激を受ける機会がどんどん増えました。おかげで今では、あれをしよう、これをしよう、と次々アイデアが湧いてくるんです。(紗恵さん)

次は空き家で無人販売の可能性を探ってみたい、時間区切りで複数人で空き家を活用するタイムシェアをしてみたい…など、直島の空き物件の活用案は尽きません。実はすでに、空き家をリノベーションした一軒家の移住体験施設の運営もスタートしたのだそう!

イキイキと働く両親の背中がそばにある暮らし、これぞ理想的な子育て環境ではないでしょうか。

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「島小屋」の小上がりには、むくちゃんの小さな靴がちょこんと置いてありました。(撮影:yunico)

自分にとって一番の拠点探し、一番にする拠点づくり

課題はありますか? という質問に「特にない」と答える山岸夫妻。新天地での怒涛の開業準備、東京と直島の二拠点生活、子育てをしながらのオペレーションなど、自分ごとに置き換えて想像すると、どれも容易く真似られるものではありません。

それでもお二人は、腹を決めた場所をより良いものにすることに集中して、日々積極的に臨んでいるのです。

思い描いた拠点探しに妥協しないこと、また拠点が決まった後も自分たちだからこそできることを追求して、思い描いていたもの以上の拠点づくりに挑み続けること。山岸夫婦の姿は、暮らしの在り方に真摯に向き合うことの素晴らしさを教えてくれているようです。

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(撮影:yunico)

瀬戸内国際芸術祭という非日常な側面だけが注目されがちな直島ですが、直島の日常にはこれほどまでに魅力が潜んでいます。きっとそれは直島だけに限らず、普段私たちが非日常を求めて訪れる他の街にも言えることかもしれません。

各地の日常に触れながら、あなたにとって一番の拠点探しを。そして、拠点が定まったら、自分の特色を地域に織り交ぜながら、あなたにとって一番にするための拠点づくりを。

まずは、芸術祭でも大型連休でもないオフシーズンに「島小屋」を訪れてみませんか?

(Text: 前田 有佳利/だり / Photos: yunico)

※この記事はgreenzに2017年1月11日に掲載されたものを転載しています。

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