家には、暮らしを象徴する個性やスタイルがあります。都市とは違うライフデザインが、インテリアに、もしかしたら小さな道具に現れているかもしれません。地域で上質に暮らすおうち拝見。「ローカルの家と暮らし」(『コロカル』で連載中)より。
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黒磯の文化を自然体の暮らしで継承する。
かつては、天皇陛下が御用邸へと向かう駅として賑わった黒磯駅。
そこから歩いてほどなく、古いガレージのような色あせた建物が現れる。
外から中をうかがい知ることはできないが、
建物の前にあるグリーンや薪の並べ方に洗練されたセンスを感じる。
ここは東京にも店舗を構える古道具店、タミゼの黒磯店。
そして店主の吉田昌太郎さんの住居も兼ねている。
吉田さんはもともと、このショップから数百メートル離れた場所で生まれ育った黒磯ローカル。
昭和天皇が黒磯駅に降り立ち、それを歓迎する地元民。
そんな賑わいを子ども心に感じつつ、新幹線の駅が隣の那須塩原駅にできてからの
寂れていく過程も同時に見て育った。そこに一抹の寂しさを感じるのは当然だ。
かつては古い蔵などもたくさんあったのだが、
今、その多くは駐車場などに変わっている。
「駐車場なら儲かるだろうという安易な発想で
歴史のある建物が壊されてしまうのは、古道具屋としてはしのびない」
と言う店主の吉田昌太郎さんは、ひとつひとつにあったはずの歴史を思い、
「こういう建物を残すことも僕の役目のひとつ。ただ物を売るだけではなく、
まちの歴史や文化もともに助けていきたい」と言う。
確かに壊されてしまっては、歴史は語れない。
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天井が高く、商品を見るにも気持ちがいい。むき出しの梁に歴史を感じる。
もともとこの建物は昭和初期に建てられ、タクシー会社の車庫と整備工場だった。
子どもの頃からこのタクシー会社の前を通っていたが、
古道具屋の視点でこの建物を意識し始めたのは10年ほど前から。
古いものを愛でる感覚は、お猪口だろうが、建物だろうが同じ。
その感性がたまたまこの建物を捉えた。
タクシー会社が30年以上前の家賃で借りたまま、ほとんど使われていなかったのだ。
「不動産屋さんがおじいちゃんだったため、
僕の活動を説明しても、いまいち理解してもらえなかったんです。
何度か交渉しても、面倒くさがって後回しにされていたんです。
あるときタクシー会社のオーナーが代わり、その新しいオーナーに相談したら、
使っていないので、ということで僕たちが使わせてもらうことになったんです。
3年越しで借りられるようになりました」と、黒磯出身の吉田さんでも、
地域に入っていくのに苦労があった。
店舗に入ると、天井が高く、大きな倉庫のよう。
空間を贅沢に使い、小物やインテリアなど、古道具が鎮座している。
ピクニック用のトートバッグ、別荘用の白ワインを入れるピッチャーや花瓶、
旅帰りに電車のなかで読む本や詩集など。
東京の店舗はもう少しマニアックな品揃えだが、
黒磯店では、立地や店舗自体の大きさを活かしたセレクトを提案している。
もの選びの視点は同じだが、より身近で手頃なものが多い。
「東京ではあり得ない、のびのび楽しいゆとりのある生活のため」と
吉田さんは表現する。
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「観光案内所」と呼んでいる黒板には、吉田さんオススメの飲食店情報も。
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スペースシャトルにも積み込まれたことのある「パン・アキモト」の缶詰は、オリジナルラベルで発売。
黒磯で楽しく暮らす意義とは?
ときに、吉田さんはこの店の前の木陰でバーベキューしたり、本を読んだり、
朝食を食べたり、コーヒーをフィルターで淹れたりしている。
「地元のひとからは“何してるんだ?”って感じで見られますね。
昔ながらの素敵なことを普通にやっているだけですが、
これは僕なりにまちのひとに刺激を与えているつもりです」
そういう楽しみ方を失ってしまっている。
地方都市は、車でコンビニに行って、アウトレットに行って、
パチンコ屋に行ってという生活になりがちだ。
「都会のひとのほうが趣味や生活を楽しむということに長けていますよね」と
吉田さんは自分の行動を通して、
豊かなライフスタイルや自然の使い方を感じてほしいと願う。
東京の店舗も、黒磯の店舗もどちらも運営しなくてはならない。
はじめは商売的なことよりも、別荘的な感覚だったという。
主な住まいは東京。恵比寿の店舗は火曜から日曜日にオープンしているが、
日曜日はアルバイトに任せ、
朝は蚤の市に仕入れに行き、13時には黒磯に来て店を開ける。
日曜・月曜と黒磯で過ごし、火曜日の午前中に東京に帰るという生活。
吉田さんの休みはナシになるが、黒磯ではある程度奥さんに店番を頼み、
フライフィッシングやジョギングなど、メリハリのある二重生活を送っている。
そして黒磯では自分たちで薪割りや、家のちょっとした大工仕事など、
“家事”が東京より多い。
暑ければ換気を施し、寒ければ熱を閉じこめる工夫をしなければならない。
すごく当たり前のこと。今年の夏も、窓をひとつ開けた。
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自宅スペースは、白を基調に、窓も大きいので明るい。
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冬は寒い那須、暖炉は必需品。
そんな住居スペースは、店舗と隣り合わせだが、
ガラスで仕切られているだけなので丸見えだ。
生活感を感じさせるコーディネートで、洗練された家具や食器が並ぶ様は、
タミゼの世界観を凝縮したモデルルームと言ってもいいかもしれない。
豊かな生活を提案するという基準で、使って楽しむこと。
「これらのお皿やナイフを使うことで、生活に潤いを与え、
歴史とか文化の楽しさや重さを感じてもらいたい。
そうすれば、料理がさらにおいしくなったりします」
自分の育ったまちの文化を残しながら、
しかも、より豊かなライフスタイルを提案する。
それは今は個人の暮らしぶりかもしれないけれど、
地元・黒磯に影響を与えるくらい愛情がたっぷりなのだ。
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writer’s profile
Tomohiro Okusa
大草朋宏
おおくさ・ともひろ●エディター/ライター。東京生まれ、千葉育ち。自転車ですぐ東京都内に入れる立地に育ったため、青春時代の千葉で培われたものといえば、落花生への愛情でもなく、パワーライスクルーからの影響でもなく、都内への強く激しいコンプレックスのみ。いまだにそれがすべての原動力。
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タミゼ クロイソ
住所 栃木県那須塩原市本町3-13【map】
TEL 0287-74-3448
営業時間 日曜日・月曜日13:00〜18:00
http://www.tamiser.com/