「好きに暮らすってどういうこと?」。建築家は家の設計を通して、この問いかけの解を住み手と一緒に探します。
そんな建築家自身の住まいにおける「好きな暮らし」を覗いてみましょう。
建築家自らが「好きに暮らそう」を体現した「自邸のお気に入り」を紹介する本企画「建築家の棲み家」。第8回は角倉 剛さんです。
こんにちは、角倉剛建築設計事務所の角倉剛です。代々木で仕事をしています。
少し前から、職場の近くのマンションに住みはじめました。歩いて少しの距離感は、毎日の仕事のオンオフに、ちょうど良いです。
このマンションには通りからは想像がつかないような中庭があります。通りから見ると白いタイル貼りのマンションなのですが、エントランスを抜け住戸に入る際に通り抜ける中庭は、対照的に赤い壁で囲われた竹林となっています。
朝晩この中庭を通ることは、私の中では仕事とプライベートを切り替える、生活のリズムのひとつとなっており、また日々の空模様や季節の移り変わりを感じ取る、些細ではありますが、大切な日常の一コマとなりました。ここに住むことにした大きな理由のひとつが、この中庭といってもいいでしょう。
このマンションは、住宅作家としても名が知られた宮脇檀さんが設計しました。建築家ならではの細かいこだわりが随所に見られ、いろいろと考えさせられ、教えられることの多いマンションです。
宮脇さんが、この中庭を赤い壁と竹林の設えにした理由は分かりませんが、ハッキリとしていることのひとつは、ここに住んでいる方に、この建物と中庭がとても大切にされていることです。
そろそろ築30年目のこのマンションは、このたび大規模修繕の時期を迎え、住民でどのようにするのかを話し合う機会が多くなってきました。そのたびごとに感じるのは、お住まいになっている方が、宮脇さんのオリジナルな意匠を大切にしたいという拘りを持ってらっしゃるということです。
どんな修繕であっても、建物のデザインを変えてしまうようなことは許されません。前回の修繕では、鉄部の赤い色の塗り直しが行われたのですが、宮脇さんの赤と変わってしまったと大問題となったようです。
また、今回の修繕においては、一部の方の強い要望があり、この中庭に再び白玉砂利が敷き詰められることになりそうです。
エントランスから、中庭を見たところです。メンテの関係で一度は取り止められた白玉砂利が再び敷き詰められることで、黒い玄晶石の床と赤い壁とのコントラストがよりはっきりとすることでしょう。
このマンションに住む方のほとんどは、おそらく宮脇さんのデザインが好きで、ここに住むことを決めた方々だと、私は思っています。30年前のマンションなので、今の生活に合わせるためには、いろいろと変えなければならないこともあります。それでも、デザインに関することは、自分たちがその理由を理解できないことであっても、けっして変えようとはしない。そこには、建物そして宮脇さんに対する、敬意のようなものがあるような気がしています。
そのようにして守られていく建物の姿は、建築の設計に携わる私に、建築と人々の繋がりの幸せなありかたのひとつを教えてくれ、勇気づけてくれている気がしています。そのような建物に住むことで、自分自身の仕事においても、人々と社会に認められ守られていく住宅や建物を設計していかなければいけないと、思いを新たにさせてもらっています。
Text&photo 角倉 剛/角倉 剛建築設計事務所
プロフィール
角倉 剛
主な作品
Vol.09は、石川利治さんです。