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新たな価値の創出性について

昔は建築家に家を依頼することに敷居が高かったと聞きます。

いまでも直接、建築家の門をたたくことには緊張してしまいそうですが、「敷居の高さ」は随分と低い気もします。

敷居が低くなったことは我々施主にとって大きな利益と思っていましたが、果たしてそうであるか考えることが多くなりました。

当然ながら良いこともある、そうでないこともある。そういった感じをここのサイトで感じるものです。以下に記します。


このサイトを含め、インターネットが建築家の敷居を下げてくれた貢献度はとても大きいと思います。

それは他業種もしかりで、応答の流通性を高め、その多くが競争原理や取捨選択性の機会を与えてくれました。

そうした建築家に依頼することでの敷居を下げてくれたことでメリットは享受したい立場にありますが、一方、施主にとっては「とても安易に依頼する」ケースが非常に増えている現状は、アップされるプロジェクトの多さと、実現したプロジェクトの比がそれを記述しています。

匿名性を援用し、覚悟もないまま、建築家を「利用する」ようにプロジェクトを立ち上げ、建築家への礼節さを著しく欠く対応を私は幾度となく目撃しています。

一方の建築家はそれでも逞しくプロジェクトに手を挙げ、素人からみても明らかに無理であろうコストに対しても笑顔で「がんばりましょう!」と応える様子は出来の悪い喜劇を見せられているようです。
つまり本来、建築家は、コスト的な提言を行い実現性の低いプロジェクトに対しては適切性を指摘し、助言することが建築家の職能を発揮することであり、そうした職能に対し、私たちは建築家への尊厳を与えるのであろうと思います。

実現性の極めて低いプロジェクトを施主は立ち上げ、御用聞きのような建築家が不誠実にそれに群がり、そして今回の事件は起こったのだと思います。

事件と呼ぶことの適切性はそれを読み取る方に委ねます。

みゆりさんのレポート内「ショック」という表題に記述されたそれは当事者でなくとも(今後、住宅を建てたいと思う私たちにとっては明らかに)事件です。

建築家はこうした状況に疲弊しているように感じます。

それとも手を挙げることに他の目的もあって、選ばれないことにも鈍化し、それらもまた日常に成り下がっているのでしょうか。

ただ、手を挙げる建築家もかなり限定的になっていることから、疲弊した「建築家像」がいることも大きな誤解ではないような気がします。

本来は建築家こそ、職能を発揮し、適切な提言を与えたり、プロジェクトの真偽に対する峻別性を磨く必要があると思いますが、やはり、こうした「事件」をこれからに反映させる取り組みを運営者であるハウスコに見直していただくことなどが必要な時期にあるのではないかと私は考えます。

要は「呈示されるプロジェクトと実現化するプロジェクトの数を近づけるためにはどうしたら良いか」という一点に目標を定め、環境整備が行われることを期待するものです。

施主や建築家はどのように感じていらっしゃるのでしょうか。

このアドバイスは、旧HOUSECOの家づくり相談のアーカイブを移行したものであり、現行SuMiKaが提供する機能と齟齬がある場合があります。

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